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 面白味の無さそうな女と言うのが第一印象だった。

 顔も身体も人並み以上。なのにそれでも全くそういう対象としてみていなかった女が今アギトのとなりに全裸で横たわっている。


 卵のようにつるりとした頬に思わず触れたくなるが思いとどまる。たった今情を交わしたばかりなのにどこか遠慮のようなものを感じている自分に苦笑いを浮かべる。


「どうかしましたか」


  寝ているのかと思っていたのにいきなりパッチリと目を開けてルルはそのまま起き上がる。全裸のまま隠そうともせずにベッドからおりると脇に乱雑に脱ぎ捨てられていた服をてきぱきと身に付けている。


「帰るんですか」

「はい」


 瞬く間に着替えを終えると何事もなかったかのように無表情のままピンと伸びた背筋で部屋を出ていく。相変わらず愛想も何もない女だ。心地よい疲労感にそのまま眠ってしまいそうになるが一応衣服は身に付けておこうとため息をつきながら起き上がり、その辺のものを適当に身に付けそのままベッドに潜り込む。情交のあとが生々しく残るベッドからは微かにルルの香りがした。


 恋人と呼べるほど心のかよい合う関係ではない。

 ただ月に何度か体を絡ませ合うだけの。

 それだけの。


 *******



 二人ともシオン付きの使用人とは言えさして接点があるわけではなかった。

 しかし一日のほとんど屋敷にいて交際範囲が限られているせいかもしれないが使用人同士の恋愛沙汰は結構ある。本人たちが隠していても周囲の人間はそういう雰囲気をなんとなく察知する。そして休憩時間に色々な噂が飛び交うことになるのだがひっきりなしに新しい恋の噂を振り撒く使用人もいればルルのように全く浮いた話のない人間もいる。

 二十歳そこそこでシオンつき使用人の取りまとめをしているせいもあるのか、他の同年代の使用人たちと必要以上に交わることをせずに一線を画したその姿勢が煙たがられているルルは使用人の中でも浮いた存在だった。

 対するアギトといえばそれなりに使用人たちとも打ち解けあい、休みの日には町に呑みにでかたけたりする仲間もいる程度には上手くやっている方だと思う。


 どちらかと言うとアギトは才能だけでここまで来たタイプで飄々と人生を歩いてきた。何でも人並み以上にこなし、ヴィングラー家のご子息の護衛の職にありついたのもたまたま運がよかったからだ。アギトがこの屋敷に来たときにはすでにルルはここで働いていた。年齢は三つほど下だがルルの方が立場は上だった。

 はじめて挨拶したとき、整った顔立ちなのににこりともせずに「よろしくお願い致します」と頭を下げたルル。この時に面白味がなさそうな女だな、と思った。これまで付き合いのあった女たちはわりと朗らかなタイプの女たちばかりだったので、最初からルルのことは対象外だった。豊かな胸やくびれた腰が無駄だななどと内心思っていた。


 アギトもルルも住み込みの使用人だが住み込みと言ってもルルはともかくアギトはそんなに拘束されているわけではない。朝の鍛錬の相手と外出時の護衛。線の細いおぼっちゃまだと内心馬鹿にしていたが、彼はどうしてなかなか優秀な生徒であった。アギトの指導によって剣術体術ともに上達し、三年が過ぎるころには教えることなど何もないくらいになっていた。それでもシオンは週に何度かは朝アギトと打ち合うことを望んだ。思うにシオンのそれは彼にとって鍛練ではなく遊びの延長のようなものだった。幼いころからヴィングラー家嫡男としての振る舞いを求められ、およそ子供らしい遊びなど出来なかったであろうシオンは剣術や体術を学ぶ時は子供らしい笑顔を見せることもあった。

 そういうことをルルに話したことがあった。寝物語のついでに。可哀そうな子供だな、といった具合に。

 するとルルは少し眉をひそめながら

「わたくしは主の心情を予測し噂することは好みません」

 きっぱりと言い切られた。

 なるほど、ご立派だ。使用人の鏡だ。茶化そうとしたが何となくできなかった。


 そう、始まりも些細なことだ。

 その日他の住み込みの使用人たちと呑みに出かけてかなり酔って帰ってきた。途中で合流した女がなかなかにいい女で調子づいて呑みすぎた。しかもその女には最後の最後でさらりと逃げられて久しぶりに女を抱ける予感に浮かれていたアギトは行き場のなくなった欲望がくすぶった状態で屋敷に戻ってきたのだ。

 北棟の裏口のドアを解錠してくれたのはルルだった。住み込みの使用人たちは外出の際大体の帰宅時間も知らせておくことになっている。そうしないと鍵を開けてもらえなくなる。


「予定の時間をかなり過ぎておりますが」

「あー。すみません。待っていてくれたんですか。ありがとうございます」


 酔っ払いの気易さで軽い調子で言うと、ルルは目をそらした。

  

「かなり酔っていらしてますね」

「はい。まあ、そうですねー」


 ヘラっと笑みを浮かべるアギトにルルは少し眉をひそめ、それを見たときになぜかくすぶっていた欲望が膨れ上がった。

 

「ルルさんもたまにはどうですか?一緒に呑みに行きましょうよ」

「わたくしは屋敷から離れるわけにはいきませんので結構です」

「んー。じゃあ、俺の部屋で呑みません?これから」


 勿論速攻で断られることは承知の上だった。単なる酔っ払いの戯言だと受け流されると思っていたのだが、意外にもルルは「では少しだけ」とアギトについてきた。

 人気のない廊下を連れ立って歩きながら、アギトは少し酔いの冷めた頭でまさかこんな展開になるとは、と内心焦っていた。

 このまま部屋に入ってしまったら、行きつくところまで行くのは目に見えている。大丈夫か、俺。地雷を踏んだのではないか。今ならまだ引き返せるぞ、と誰かが囁く。引き返す…選択肢はありなのか?いや、部屋に連れ込んだからと言ってやると決まったわけではないではないか。お互い日頃の労をねぎらって酒を酌み交わす。それのどこがおかしいのだ。

 など思っているうちに部屋に着く。


「あー、じゃあ、まあ、どうぞ」

「お邪魔します」


 勿論やった。

 やらないわけがないではないか。

 部屋に入って酒など酌み交わすことなく押し倒した。ここでルルが泣いて嫌がったならば話は違っていただろう。いくら酔っていて自制がきかなくなっていてもそこはまあ死ぬ思いで途中下車していたはずだが、ルルは押し倒されても表情一つ変えずに淡々とアギトを受け入れた。

 無駄だなと思っていた豊かな胸やくびれた腰張りのある尻を十分すぎるほど堪能させてもらって。言い訳などしようがないくらいに、やらせていただいた。


 それからなぜかずっとそんな関係が続いている。 


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