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バザウ、君は賢すぎる  作者: 下山 辰季
第六部

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87/115

信奉者と千匹獣座からの声

 アルヴァ=オシラは軽蔑して目を細めた。


「見下げ果てた根性だ」


「俺はいつだってソロでアウェイのエメリだよ。アイツと俺じゃあ違いすぎる」


 バザウの仕事ぶりは期待以上だった。

 非がないとわかっていても、バザウを見ているとエメリは重苦しい嫌な気持ちになるのを抑制できない。

 バザウが苦手で、嫌いで、憎い。


 その瞳は絶望に濁ってはいないし、その小さな体は力強く柔軟で、その声は涼やかで自信にあふれている。

 バザウという命が産まれた時に自然の法則が彼にあらゆる祝福を授けた。そんな空想をするくらい、あの生き物は活力に満ちて美しい。

 そんな外見をした生き物が自分のすぐそばにいて、当たり前に話しかけてくるということが、それだけでエメリの精神を不安定にさせた。


 声をかける勇気がわいてきたのは、見世物試合で何も得られずに暗い路地裏にいたバザウから馴染んだ臭いを感じ取ったからだ。

 みじめで、ないがしろにされて、途方に暮れている。それらはエメリがよくしる感情だった。


 エメリは革の仮面の内側で卑屈な笑みを浮かべている。

 仮面の下に隠されているのは、バザウやアルヴァやククミラと同じものだ。皮膚で覆われて、耳がある。目玉が二つ。鼻が一つに口一つ。

 ただし少しばかりエメリのそれらは歪ではあったが。


挿絵(By みてみん)


 目というよりもそれは顔に走る斜めの傷跡を思わせた。左側が極端な垂れ目になっていて、目の形は左右非対称。瞳の色だってちぐはぐだ。

 鼻の穴の深さも足りず、鼻腔内部の肉が正面から見えるのもいただけない。

 灰色がかった分厚い唇は一部は乾燥し、一部は唾液でじっとり湿っている。口を動かすたびに顔面で二匹のナメクジがねちゃねちゃと結合するようだった。


 エメリは自分の容姿の美醜自体にはじつはそこまで重度のコンプレックスはない。美醜自体には。

 問題はエメリが顔をさらしている時の疎外感だ。どんな集団にまざっていても際立つ異質さだ。自分は世界に受け入れられない存在なのだと感じてしまう隔絶だ。

 彼が自分の顔のパーツでも特に好きになれないところが二ヶ所ある。オークにしては細長い耳の形と、幻想めいた妖精色の薄ピンクの髪。

 体にエルフの形質が表れているのが嫌で仕方がない。お前はエルフとオークの間に産まれた命なのだと肉体が突きつけてくる。


 革を組み合わせて作られた仮面は、エメリが見たくなくて見せたくもないものを隠してくれる。

 いかなる時も仮面をはずさず状況に不適切な言動ばかりしていれば、たしかに奇異な目で見られはする。

 が、それは演じられた振る舞いに対しての批判と拒絶であり、厳重に秘匿されたエメリのありのままの人格は周囲の圧力から防衛される。


 一日に少なくとも十回は、自分は死ななくてはならないという心の声につきまとわれる。ドブ沼のようなエメリの心にそれは何度も何度も浮かび上がる。

 気づかないふりをしたり、死のシチュエーションを夢想してみたり、真っ暗な部屋の中で床に倒れてみたりと、やり過ごすすべは持っている。

 浮かんだ泡をつついて壊す方法ならいくらか持っている。だが、泡の発生を根本からなくすことはできない。

 自分が自分である以上、自分という苦しみから自分が逃れるすべはない。


 さっさと死んだ方が良いことは幼少期から繰り返しわからされてきたのに、それでも踏ん切りがつかずに決断をダラダラと先延ばしにしている。

 日々の生活の中で、治りきらない傷口に塩をすり込まれるような痛みや、熱を持った膿が流れ出す苦しみを感じた時に、精神の沼から浮かんだ泡はささやく。

 この苦痛は自尽という義務を怠ったことに対する罰なのだ、と。


 死にたい、という思いが願望だとすれば、死ななければならない、という思いは義務なのだ。

 エメリは痛いのも苦しいのも大嫌いで、死ぬのだって怖くてたまらない。

 だが他の命たちは、その言葉や行動で一つの同じメッセージをエメリに送り続けてきた。


 お前にはまったく価値はなく、お前の居場所はここにはない。


 力と蛮勇を尊ぶオークの社会から。

 幼年期のエメリを労働家畜代わりに買い取ったコボルトの一族から。

 エメリを産み落としたことを恥じて姿を消した母親からも。

 たわむれになんの責任も持たずに行為を済ませ、エメリの顔や名前どころか誕生した事実すらしらないでいる父親からも。


 死ななくてはならない。それは長年にわたってエメリが周りから教えこまれた規則で、一度それが身についてしまうと容易には崩せない。

 シャルラードから能力を評価され、同じ神を信じる者同士の親しみと寛容で応じられていることもわかっている。

 カスラーはルールを重んじる彼の理念と美意識から、エメリを他の客と同様に公平に扱っている。

 あの日、すべてを受容するエヴェトラ=ネメス=フォイゾンと出会ったことでエメリの中の死にたいは鳴りを潜めた。


 けれど、死ななければならない、は消えてくれなかった。

 死ななければならない気持ちの原材料は他者から投げつけられる悪意や冷淡な無関心。外部からの評価。

 それはエメリの心の持ちようでコントロールできるものではない。良い評価を勝ち取るために自分を変えようとするなら、まず自己の存在を極限まで薄くそぎ落としその上からたっぷりと虚偽を盛りつけて仕上げには無意味と空虚で表面加工を施す必要がある。


 そこにいる、というだけで周りから攻撃される。

 異物だからだ。

 努力はしたのだ。好かれるように、受け入れられるように、馴染むように。

 努力を続けた。浮かないように、目立たぬように、気づかれないように。

 気配を消して逃げ隠れが上手くなったところで、エメリの心の拠り所がないことには変わりなかった。


 エメリは自分が産まれてきた意味を確信している。産まれてきたことの意味は、そもそも間違いだったと。




「氷の彫刻の処刑方はだいぶ大人しくて品があると思うのだがな。それとも、この森のエルフたちの手で情け容赦もなく裁かれるのを望むか? 緑肌小鬼ゴブリンは生きたまま木に変えられた」


 バザウの外見が苦手だ。生きていても良い、という存在肯定を自然界から受けているかのように出来の良い肉体。その誕生は祝福されている。

 バザウの利発さが嫌いだ。たいていのことは何もかも上手くやれるように見えるし、孤独や疎外感とは無縁に違いない。

 バザウの包容力が憎い。エメリは自分よりも弱い者を尊重しない。そんなことができるバザウの精神の余裕に憎しみを覚える。そんな余裕が持てるのは、周りの善意に恵まれた境遇だったからだ。バザウは理不尽な悪意に振り回された経験などないのだろう。


(だけど俺個人の好き嫌いの感情は関係ないわけ。約束をかわした以上は……)


 行動を共にしても、バザウのことを心から仲間だとは思えなかった。

 同じ時間をすごせばすごすほどに、エメリの劣等感は濃さを増していった。


(約束は……別々の命と命がお互いに心から了承した取り決めは……とても脆いけどすごく大切で)


 世界は強大で、生き物に対して勝手だ。

 命はわけもわからないまま産み落とされて、納得できなくても刻一刻と歳はとる。

 エメリの気持ちなどは無視して規則的に夜と朝はやってくる。

 同意してもいない決まりに縛り上げられて、決まりにそぐわない命は壊死して剥離していく。


(俺はね、俺という命の根幹さえも虫歯の歯かよ! ってくらいグラグラでボロボロで不確かなんだけどさ。そんな俺でも、や、俺だからこそ、かも? とりあえずだ。一つ確実なのは……)


 太陽が西に沈むことに、放った矢がいつか止まることに、漠然と定着した集団の常識に、エメリの意思は関係しない。

 しかし約束が果たされる否かはエメリの行動次第だ。

 約束の履行にはエメリの存在が必要不可欠なのだ。


(俺は、俺の約束だけは守りたいのよ)


 どこにも居場所を見つけられなかったエルフとオークの子は、他者とかわした約束の中に自分の在処を見出した。




 古さが至上の価値となるアルヴァの世界。

 エメリも一つだけ古いものを持っていた。

 豊穣神に捧げるつもりで買った妖精の埃石。石というものは非常に古い起源を持つらしい。コボルトがそう話していた。


(でもこれは古代生物の死体でもない。形が面白いだけで珍しくもないクズ石だ。大鎌も失った。俺の持ち物で一番古くから存在してそうなのは、もうこれっきゃ残されてない)


 弱者に残された意地。すがりついたかすかな希望。最後の悪あがき。


(切り抜けたい。助けてくれ。この状況を変えたい)


 敗北と服従の姿勢から一転、エメリは反撃へ。

 妖精の埃石はエメリの手から放たれる。


 アルヴァの古剣がきらめいた。

 平和な世に産まれたため戦いには不慣れな彼女は、本気で人を拳で殴った経験もない。それでも根源世界の中では古剣を持っているだけで歴戦の猛者に相当する。

 剣の一振りで小石を百個に寸断することも可能だったし、その礫を突風と共に送り返すこともできるはずだった。


 だがそうはならなかった。

 古剣は折れた。

 埃石に当たって。 


 轟音。やがてゆるふわメロディ。

 閃光。転じてカラフルエフェクト。

 衝撃波。それはタンポポの綿毛を乗せた春風。


 覚悟を決めてエメリが投じた石は、空気を切り裂きながら鋭く飛んでいき鮮やか水色の火花を散らしエレクトリックパープルのソニックムーブを放つは星型サイケのプラズマをまとうは大地は切り裂くは進路上のものをことごとく綿あめ状に溶解させていくというファンシー極まりない狼藉の数々を働いたあげく、はるか遠くに見える灰色の凍てついた海に虹色の水柱を立てて落ちていった。


「……」


 窮鼠猫を噛むの境地で最後の抵抗的に石を投げたが、こんな異変が起きるなんて予期しなかった。

 エメリもアルヴァも。


「……えっ、あの……何この世界怖い」


 あまりの変化に埃石を投じたエメリ本人もドン引いている。

 アルヴァは冷静に対処しようと努めるが、内心では大いに動揺している。


 水柱が崩れて微細な水が霧雨状に降ってくる。

 巻き上げられたのは冷たい海水のはずなのに、霧雨にまじってシャボン玉が落ちてきた。

 海特有の生臭さはなくて、代わりにかすかなもぎたてフレッシュオレンジの香りがふんわりと漂った。


「どういうことだ」


 根源世界の主たるアルヴァは世界に起きた重大なエラーの原因を探っていた。

 より古くから存在している。それだけの理由で、アルヴァ=オシラの根源世界においては絶対の価値が付与される。

 この世界においては、ブリリアントカットのダイヤモンドのアクセサリーよりも、原始人が身に着けた貝殻の首飾りの方が絶対的かつ客観的に美しいのだ。この世界では、最新技術の詰まった電脳板よりも、石板や粘土板の方が多くの情報量を保存し読み解けるようにできている。

 物理法則もアルヴァの真理を阻害しないように調整されていて、経年劣化ではなく経年良化現象が発生する。

 たとえば食べ物であれば腐ることはない。放置すればするほど味わいは複雑かつ芳醇になる。ただし埃が降り積もることは防げないので、ハタキが必要になる前に食べてしまうことをオススメする。


 だから、ありえないのだ。

 こんな世界では、完全無欠の古の剣が折れることなど、ありえないのに。


「……私の先祖の剣は千年以上前に、宇宙から降ってきた隕石の鉄から作られたんだぞ……」


 アルヴァが大祖父から繰り返し聞かされてきた話だ。

 隕石は非常に古い。宇宙規模の歴史を持つ。45億年の悠久の時間をすごしてきた。


「あんな……あんなくだらないものが」


 エメリが授かった神器よりも。アルヴァが受け継いだ剣よりも。


「……より価値があるとでも?」


 アルヴァはかすかな引っかかりを感じながらも口を閉ざした。

 いくら精神を統一してみても、変異したイメージを修正できない。

 そうしている間にも世界がパステルカラーで塗り替えられる。

 アルヴァが練り上げたイメージは崩壊していき、エメリが投じた石によって勝手に変化を遂げている。

 寒々しい空にはキラキラ光るラメが散らされて、雲は本物の生きたコブハクチョウだ。

 大地から雪と氷が消えて、優しいマーガレットと可愛らしいアカツメクサの絨毯が広がる。


「異物を取り除かなくては」


 アルヴァは精神を分散させて探索へと切り替えた。

 自分の根源世界に限り、アルヴァは視認できない場所も捉えることができる。

 海の中でチカチカと発光している妖精の埃石の場所を特定する。アルヴァにはその様がありありとした映像で見えた。

 石は沈み込みも浮かび上がりもせず、流れ星の渦巻きの中心に位置している。


 問題解決の糸口を見つけようと集中していたところに、背後から声……のようにも聞こえる可愛らしくて悲しい音がした。


「わあ☆ つながりました! 聞こえますか?」


 仮面の奥から、ざわついたノイズと共に何かの声がする。

 エメリの声ではない。木琴とオルゴールが真夜中にこっそりおしゃべりをしている。そんな音だ。

 仮面からは光がもれ出していた。


 中身を理解してはいけない。何もかも不可解なことが続く中でそれだけははっきりとわかった。


「誰かいませんか? ☆☆☆声のお手紙を☆☆お星さまの波長に乗せて☆送っています。 ・。** 千匹獣座の向こうから **・。」




 重圧からの嘔吐をこらえ。

 恐怖心で冷や汗をかき。

 アルヴァは根源世界から異物を摘出、排除することに成功した。


 尻もちをついた姿勢のエメリと発光が治まった埃石が、禁足の森の湿った枯葉の上にドサリと別々に落とされる。


「アル……」


「その石をっ」


 何事かと声をかけたククミラを制してアルヴァが叫ぶ。


「とめてくれ!」


 アルヴァ=オシラのただならぬ様子に、その場にいたエルフたちは一見なんの変哲もない埃石に視線を向ける。

 エルフたちは素早く警戒の姿勢はとったが、石をとめるという指示に戸惑いを見せる。

 根源世界から排出された時点ですでに埃石に謎の力は働かなくなっていた。

 軽い錯乱状態に陥っていたアルヴァはものの十秒で平静さを取り戻した。


 その十秒間にエメリはすでに逃げていた。


 ククミラはため息の後でアルヴァを問いただす。


如何いかににぞや? さしも惑ひして」


「……予期せぬ事故が起きた」


 禁足の森にとってエメリは非常に厄介だ。あのままずっと封じ込めておくべきだった。実際、アルヴァは最初そのつもりでいた。

 だが、あの異変だ。

 根源世界は創世樹の宿主にとって、真理と定めた自分の価値観の礎である。そんな精神空間を不可解な力で改変された。アルヴァは恐怖した。異変の原因と思しき存在を根源世界に留め置けるわけがない。




 死地から何度も生き延びた経験があるエメリだが、こんなに惨めな気持ちを抱えての帰還ははじめてのことだった。

 これまでエメリにとって逃走は、任務の成功と危機からの解放を意味するものだった。今は違う。

 依頼主シャルラードに状況を説明する。失態ばかりの報告は気が重い。


「まず俺の落ち度でエルフに見つかって、精霊みたいなのに変な空間に飛ばされて、……ネメスの大鎌は壊されちゃった……」


「な……っ!? 神器が壊された? いったい何が起きたというんだ?」


 精霊や魔法に関しては専門外で不明な点も多い、と前置きしてからエメリはぼつぼつ報告した。


「冷気かヤドリギの精霊に飛ばされた変な空間……が、関係してるんだと思う。経年良化とかいう非常識極まりない現象が起きるふざけたクソ世界だ。鎧娘ご自慢のガラクタ剣で……あの方の慈愛は打ち砕かれた……」


 パン種みたいに肥えて白い手がエメリの肩に置かれた。

 気遣うように暖かく、励ますように力強く、そして悲しみを分かち合おうというように静かに。


「……」


 エメリは小さく身じろぎして半歩分ほど遠ざかる。同じ神を信ずる盟友から。

 もっちりハンドの置き場所を失ったシャルラードは、その手を自分のたぷたぷの顎に当てて状況の分析に戻る。


「そんなことができる精霊には心当たりがないな。ただ一ついえることがあるとすれば、エルフと結託しているその精霊は特定の空間内においては神に匹敵する力を持つ、ということだ」


 シャルラードはしばらく考えこんだ後、エメリに先を話すよう静かに促した。

 だぷっとした肉に手を当てて思案するシャルラードの仕草は普段ならけっこう笑える光景で、エメリはよく無礼にからかったものだが、口から出てくるのは暗く重苦しい声だけだ。


「その後空間がいっそうおかしなことになって俺も途中から記憶がない。気づいたら禁足の森の地べたにいた。エルフどもが揉めてるみたいだったから、その間に退散。今に至る」


「そうか。その状況でよくぞ生きて戻った」


 もし他のオークが同じ言葉をエメリに向けたのならそれは非難と罵倒だろうが、シャルラードの声に叱責の響きはない。

 この大物の厚意と寛大さが、今のエメリにはひどくひどくつらい。

 エメリは誰かの失敗を大目に見ることもできないし、そのくせ自分はスカウトとして完璧に仕事をこなすこともできず大きな失敗をした。

 まぶしい。光は嫌いだ。自分の精神の矮小さがまざまざとわかってしまう。


「……」


 シャルラードはバザウが報告の場に不在の理由をとうに察していた。

 エメリにとっていい出しにくいことだともわかっていたが、森に進攻するオーク全体を指揮する者としてシャルラードは聞かねばならない。


「バザウはどうなった」


「……森に取り残されてる。エルフに木に変えられたらしい」


 肉体の変化を元に戻す手段ならある。

 森のエルフの怒りで樹木にされた者はネハミダの毒の唾液から精製した薬品でその変化を解くことができる。

 ネハミダはこの辺りに生息する毒蛇の一種だ。地中や水辺の環境に適しており、肉食性なのだが食事とは別に大木や古木の根をかじることを好む習性を持つ。

 どうしてそんなことをするのかは解明されておらず、ネハミダに聞いてみないとわからない。根をはんでいる最中この蛇は怒っているように攻撃的だ。

 また空を飛ぶオオワシにむけて罵り声に似た威嚇音を出す。


 貪欲の市場にはありとあらゆるものが売られている。

 怪しげな薬屋にいけば多少のコインと引き換えにネハミダの薬はすぐに手に入るだろう。

 問題は、肉体の変化は戻せても精神の変化を元に戻す作用はこの薬にはないことだ。


 エルフに木に変えられた者は気が狂う。

 運良くすぐに薬が間に合った者なら心身共に回復が期待できる。

 ここでいうすぐに、とは五分以内のことだ。

 十分経過なら、気力の強い者なら耐えていられる見込みがある。

 救出が三十分以上に及ぶとほとんどが精神に異常をきたし、数時間後に助けられた者は本当の意味では誰一人として助けられなかった。

 生き物の心は植物の状態に耐えられるようにできていないのだろう。

 コボルトがおこなった感覚遮断実験の結果が示しているとおり、動物的な感覚をすべて奪われた状態で何時間も正気をたもっていられるわけがない。


「待て。どこにいくつもりだ」


 フラフラと森に引き返そうとするエメリをシャルラードがとめる。


「冷静になれ。その消耗具合で森にいけば今度こそ間違いなく命を落とすことになるぞ」


「……それで何か問題でもあるんですか? ネメスの大鎌もない俺に、わざわざ生かしておく価値があるとでも?」


「お前がそういう気に障る話し方をする時は相当危険なサインだな。……普段の話し方が感じが良いというわけでもないが」


 シャルラードは渋い顔つきになり、ふーっと長い息をはいた。


「エメリ。お前に課していた禁足の森潜入の任を解く。禁足の森の進攻と封印の破壊は、大皿の神器を持つ私直々に実行する」

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― 新着の感想 ―
[一言] 千匹獣座って確か凶星だとかなんとかだっけ? 遙か遠くの凶星から来た得体のしれない存在に作られた声のお便り、そりゃあ古いですわ
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