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ゴブリンとコボルト

 プロンは森狼のボスと同格以上のヒエラルキーに位置していた。

 小犬のような見た目のくせに、狼を相手にするプロンの声や態度には支配者の風格がある。

 群れのどの狼も、プロンに対して親しみと敬意を抱いているようだった。

 あの孤独なザンク以外は。


 洞窟の外。

 バザウは、プロンから森狼の統率の仕方を習っていた。

 高い社会性を持つ狼の群れは、無節操なゴブリンの一団に比べてずっと秩序があった。

 もしかしたら、普通のゴブリンよりも森狼の方が頭が良いのかもしれない……。


 実際に数頭の群れをバザウが指揮して、プロンから課せられた目的に挑戦していく。

 訓練の内容は、ターゲットを追い立てて足止めさせたり、ターゲットを翻弄して仲間が逃走する時間稼ぎをするといったものが主だ。

 コボルトもゴブリンも嗅覚がかなり優れているので、わざわざ森狼の鼻に頼るまでもない。森狼に求めているのは数の力と走力と持久力。

 弱い相手を追いかけたり、強敵から逃げ延びることを重視して動く。


 バザウと森狼の連携を見て、プロンはこう評価した。


「最初のころに比べると良くなってるわ。狼の習性をちゃんと把握してる。あなた、飲み込みが良いもの」


 プロン先生はそう誉めた後で、でも、とつけくわえる。


「狼たちがあなたの指示についていけてない。あなたの方も、理解が追いつかずに困惑している狼に、歩みを合わせるつもりがない」


 反論の余地はない。的確な指摘だ。

 プロンは肩をすくめて、ちょっと伏し目がちでぼやく。どこか諦めがにじんだ声だった。


「周りの力をアテにしないで、自分で全部やってしまおうとするんですもの。あなたの部下についた狼は可哀想」


「痛いところをつかれたな」


 バザウは苦笑を浮かべる。


「……俺は、人望ある統治者にはなれそうもない」


「バザウはリーダーよりも、参謀や助言役って感じよね。あるいは……」


 寄ってくる森狼の背をそっとなでて労わってやりながら、プロンがつぶやく。


「孤絶した漂泊者かしら」


「詩的な二つ名だ。ゴブリンの身にはあまる」


 バザウはプロンの言葉を受け流す。

 この話を終わらせようとしたが、プロンの方はまだ言いたいことがあるようだ。


「目的のない旅なんて、私には考えられないわ」


「……」


「ゴブリンの街は、私の本当の居場所じゃないかもしれない。本当の居場所じゃなくても私は幸せ」


 プロンはコボルト族だ。

 そんな彼女が一人きりでゴブリンの群れに混ざっているということは……。

 彼女の口から直接身の上話をされることはなかったが、おおよその予想がつく。

 

「私は今ここにいる。この街が好き。森狼の力を借りて、この街での私の暮らしを守っていくの。それが当面の私の目的ね」


「立派な志しだな」


「あら? それって皮肉かしら?」


「いや。他意はない。素直な感想だ」


「コボルトやゴブリンの平穏なんて、もろいものなのよ」


 独り言のように語りながら、プロンは草地で花をつみはじめた。


「私たちは弱くて、あらゆるものにおびやかされてる」


 青い花だけを揃えてプロンは耳を飾る。


挿絵(By みてみん)


「その色……、好きなのか?」


「コボルト族の矜持よ」


 コバルトブルー。

 青にも様々な色合いがあるが、プロンが厳選した花はコバルトを思わせる青さだった。

 彼女が今でもコボルトの血を大切に思っていることがわかる。


「だから、みんなで協力して……」


 プロンのお説教はそこで中途半端に終わった。

 彼女の口を閉じさせたのは不吉な虫の羽音。


「ハチぃっ!?」


 恐怖と驚きで上ずった声が、プロンのノドからもれる。

 コボルトとゴブリンの平穏は、たしかにもろい。

 ハチ一匹の登場で阿鼻叫喚の地獄へと叩き落とされた。

 プロンだけ。


「ひやあぁっ! ど、どうしてこっちにくるのよーっ!!」


「……花が好きなんじゃないかな……」


 バザウの冷静な解説。

 近くに巣も見当たらないしハチは威嚇行動をとっていない。

 ミツ集めにいそしむ、ただの熱心な働きバチだろう。


「プロン。騒いだり暴れると、かえって危険だ。……ジッとしていろ」


「そ、そんなのムリッ!」


「……。なら、俺のところにこい」


 バザウの懐に全力ダッシュでプロンが飛び込んだ。

 小犬のような体を優しく抱き止めた。


「ハチが、ハチが、ハチがっ! 私のこと追ってくるぅ!」


「静かに」


 バザウは毛皮のマントを自分の肩からはずす。

 プロンの小さな体を覆い隠すには充分だった。


「ありがと……って、バザウ! あなたはどうするの?」


「……だから。こっちが変に刺激さえしなければ、このハチは何もしない……」


 心配するプロンにマントをそっとかぶせて、バザウはゆったりと草地に座る。

 すぐそばをハチが旋回する。軽い金属が高速で振動しているような羽音を堪能できるほどにバザウは落ち着き払っていた。

 ハチはやがてどこかへ飛び去っていった。


「ハ、ハチは、どっかにいったみたいね」


 ひょこりとマントからプロンが顔を出す。

 少しばつの悪そうな顔をしていた。


「うー……。あなたに助けられちゃったわ。もちろん感謝してるけど……、ちょっと悔しいわね」


 毛皮のマントを手渡しながら、プロンがうつむく。


「結局私もあなたの足手まといにしかならないのかしら」


「……別に気にすることじゃない」


 バザウの古くからにして最初の友達であるサローダーは「太陽がまぶしかったから」という意味不明な理由で、毒バチの巣に石を投げたことがある。

 そして大量のハチに追われた状態で、サローダーはバザウのもとを訪れた。

 あの時の騒動に比べれば、プロンのちょっとしたパニックなど可愛いものだ。




 その日の昼頃。

 ゴブリンの居住区にて。


「うーむ。困ったわね」


「どうした?」


「薬師が薬の素材をほしがってるの。珍しいものじゃないから、すぐに見つかるし、同じ場所で採集できるんだけど……」


「何も問題ないのでは?」


「素材は五種類あるのよね」


「……ああ。なるほど」


 三つ以上数えられるゴブリンは少数だ。

 メモを持たせるにしても文字も読めない。

 ゴブリン族もごく簡単な記号を使う場合があるが、その記号は群れや個体による差異が大きく、人の文字ほど厳密に統一されてはいない。

 その記号は平易な象形文字……。単純で可愛い絵文字みたいなものだ。


「手の空いている者の数が多いなら……。五人のゴブリンの手を借りて、採集する素材を一人につき一つずつ覚えてもらうか」


 バザウの頭にもう一つの案が浮かぶ。


「そうでなければ……、俺がいくか」




 薬師から必要なものを教えてもらい、バザウは出かけていった。

 薬師が注文した素材はバザウも見覚えのある薬草だった。

 どんな場所に生えているのかも、だいたいの見当もつく。

 この辺りの自然は豊かだ。薬草の採取は順調に進んだ。荷物袋にはもう充分な量が入っている。


(そろそろ切り上げても良さそうだ)


 ふとバザウの視界に深い青が入る。

 足下に青い花が咲いていた。


「……」


 バザウは屈み込み、武骨な手でその花をつんだ。




 ゴブリンの洞窟へ戻る途中、バザウは獣の気配を感じて振り返る。

 そこにいたのは黒にも銀にも見える美しい体毛の持ち主だった。


「ザンク? その姿は……」


 現れたザンクの姿は、あきらかに異常事態を告げていた。

 ザンクは傷を負っている。

 狼同士のケンカや自然の中での事故ではないことは明白だった。


「……いったい何があった……?」


 ザンクの体には数本の矢が刺さっていた。

 ゴブリンが使うような粗悪なものではなく、洗練された高い技術力を感じさせる矢だ。


「待っていろザンク。今、手当てをする」


 不幸中の幸いというべきか、ちょうどバザウは複数の薬草を持っていた。

 血止めの作用がある葉での応急処理ならできそうだ。

 だが、ザンクの返事は唸り声。

 牙をむき出し威嚇する。


「治療するだけだ……。警戒しないでくれ」


 懇願は無駄だった。

 よろめきながらもザンクは木々の間に姿をまぎらわせた。

 立ち去る寸前にザンクはバザウの方を振り向く。

 それから、ゴブリンたちが暮らしている洞窟の方を顔で示した。


「……っ」


 嫌な予感がした。

 バザウはゴブリンの街へと駆ける。

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