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バザウ、君は賢すぎる  作者: 下山 辰季
第六部

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神々と堂々巡り

 ルネは退屈だった。非常に眠たかった。

 ネイルがほどこされたピカピカに輝く自分の爪を見るのにもいい加減飽きてしまった。

 ルネは今、この世界の主要な神々が集まる会議の席にいる。

 出入口のない閉ざされた鍾乳洞で無数の神々が、腰かけ、佇み、這いずり、根を張り、浮遊する。


「このリ-9界での捜索をくまなく続けていますが、チリル=チル=テッチェの居場所はようとしてわかっていません」


 オオカミが落ち着いた声で告げる。

 増殖する(あぎと)の神。森狼よりも小柄な白銀の体には、ところどころ歪な線が走る。それらはすべてこの神の口だ。

 集団の統率を得意とする顎のオオカミは、噛み傷をつけた相手を限定的な眷属に変えて部下を増やす。

 神々の中の知恵者と称えらる三賢神の一柱。


「イ-1界からの報告も異常なし続きだ。足取りを追う手がかりがない」


 ワタリガラスは苦々しく翼を打ち鳴らした。

 黒い羽根の立派なカラスだ。一見、通常のワタリガラスと見分けがつかないが、時折その翼の中で瞬きをしている無数の目があることに気づくだろう。 

 三賢神の情報取集担当。真面目でしっかり者の気性のせいか神々の中ではよく苦労している。

 他の二柱から便利なパシり屋扱いされることもあるが、そのことに関しては不満はない。彼は飛び回り旅をすることが好きだ。


「チリル=チル=テッチェのア-36界からの魂の持ち出しは、以前として続いておる。困ったものよ」


 年老いたキツネが黄金色に輝く尻尾の束をゆらす。

 やせ細った貧相な体には不釣り合いに長く大きな尻尾。根本は一つだが、先が九つにわかれている。

 薬作りの名手で、キツネはよく色んなものを愛用の鼎でグツグツと煮こんでいる。

 三賢神の中でも一目置かれている存在である。


 チリルが創世樹の宿主として選定した命は、別の宇宙から運ばれてくる。

 宿主となり得る最低限の条件は、言葉を用いて思考ができる生命であることと、心の内に一つの真理を持っている……と本人が本気で信じていることだ。

 ネグリタ=アモルのように魂だけでやってきて、そのまま意識ある霊体として活動する者。

 デンゼン=ヤグァラは何度も死を繰り返すことが前提の宿主だった。輪廻転生は世界の理ではあるがデンゼンは同一性を保ったまま転生し続ける。強さを求めるための無限の苦しみは幕を閉じた。

 ティモテ=アルカンシェルは生身のままで二つの世界を行き来する。彼は特殊なケースで、チリルが見つけるよりも先にコンタクトをとってきた。生身での移動もティモテ自身の素質によるものだ。


 創世樹計画の魂の輸入先は特定の宇宙からだ。

 神々の間ではア-36界としてしられる場所で、ルネはよくショッピングや高級エステを楽しむために訪れる。現地語でチキュー。

 そしてこの宇宙はリ-9界。反乱者チリルという厄介な問題を抱えた上、テレビもなくラジオもなく車もそれほど走ってないというなんともしけたつまらない惑星がルネの出身地だ。


 神々は特定のナンバーを持つ宇宙間の空間跳躍が可能だ。

 直接行き来ができるのは約数倍数の関係にある宇宙同士。それ以外のナンバー間は中継地点をはさむ必要がある。

 1のナンバーを持つイ-1界は神々の駅として再開発された。その分原住生命体の活動範囲が追いやられることになったが、神の利便性の前では実にささいな問題だ。

 

 世界のナンバーは発見順でも優位順でもなく、各世界にいる数値を司る神が持つ目の最大の数によって決定される。どの世界もそれぞれ別の数を割り振られていた。なお数値の神の目というのは生物的な目のことではなく、サイコロ的な目のことだ。イ-1界の数値神は他の世界の数値神たちから、そんな形ってありかよ、と総ツッコミを喰らったそうな。

 数値には未発見の欠番も多く、リ-9界から直接転移ができてなおかつ思考を発達させた生命体がいる宇宙は、イ-1界とア-36界に絞られる。

 イ-1界はその駅としての性質上神々の監視と管理が行き届いているため、チリルの暗躍の舞台はア-36界に集中。


 ルネはこの結論の出ない会議がいつ終わるのかとぼさーっと物思いにふけっていた。


「チリルをとらえるのは容易ではないけれど、創世樹計画の妨害は順調……だよね? ルネ=シュシュ=シャンテ?」


 高座のシア=ランソード=ジーノームが、緑の双眸を突然ルネへと向けた。

 ルネは枝毛がないか調べていた手をピタッととめる。


「えっ、は……。はいはーいっ、何も問題なしでぇーす!」


 可愛い子ぶったポーズをしてみせてもシーンと無反応。

 人めいた姿をとっている神はルネとシアくらいのものだ。

 ルネの左ではオオマリコケムシの神がぶりょぶりょしているし、右では南の島の波の神がちゃっぷちゃっぷしている。

 あらゆる動植物や無生物から発生した神が集まっているが、人間の神の姿はこの場にはない。ゴブリンの神はそもそも存在していないし、エルフにもドワーフにもフェアリーにも神はない。


 丁寧な言葉で話しながらオオカミは鋭い牙をのぞかせる。


「創世樹を枯死させるためには宿主に物理的な危害を加えても意味がなく、掲げた真理を折る必要があります。しかし、それは通常の神には不向きな仕事です。殺して終わり、なら話は簡単なのですけれど」


 チリルの創世樹計画がはじまった時、神々はこれに対抗した。

 ただ本当の意味で心を折るには、それだけ心というものを理解していなければならない。

 ほとんどの神にはこれができなかった。神は自然の現象、物質、生命から発生したものだが、命から産まれた神でもその精神のありようは元の生き物とはかけ離れてしまっている。


「心を読み取り、心を的確に折っていく。そんな器用なマネをこなせるのは、心の神の片割れたるお前さんだけというわけだが……。このところ、どーにもたるんでおるのでは?」


 キツネの指摘に内心焦りつつも分厚いフェイスの皮で笑顔で応える。

 仕事のほとんどを神でもない一介のゴブリンにおまかせしてまーす、なんていえない。いえる空気ではない。それに許可を出したのはシアだが。


「えっとぉ、最近はですねー、ア-36界に出向いてチリルを探してるんですー」


 即行でワタリガラスがクチバシをはさんだ。


「チリルの捜索? それはお前でなくてもできることだろう。だいたい俺の部下からの報告によれば、お前はあちらで遊び惚けてばかりじゃないか。花の都の有名レストランでエスカルゴを堪能したり、自由の国の宝石店ショーウィンドウ前で朝食のパンをかじったり、カワイイ文化の最新発信地で異様にカラフルでデカい綿あめを食べたり……他にも……」


「クソッ、あのカラスの精霊! うるさいヤツには黙ってろっていったのに、しゃべりやがったね!」


 やっぱり落ちたパンくずをわけただけでは、精霊を懐柔するのに効き目が弱すぎた。


 神秘的な鍾乳洞で開かれた神聖なる会議は、不真面目なルネを糾弾するだけで幕を閉じた。いつものことだ。

 有意義な意見は一つも出ず、新たな発見は何もなかった。これもまた恒例のこと。




 無意味な会議が解散した後、ルネは憂さ晴らしのために特に罪のない人々に不幸を振りまきに出かけた。

 ささいな言葉の受け取り方の違いで恋人同士を仲違いさせる。

 一生を左右する大事な面接を受けている学生の脳裏に突然笑える言葉を吹きこんだ。

 災いをもたらす時のワクワクした高揚感は嫌なことを忘れさせてくれる。

 自分の力を再確認できるし、弱くてとるに足らない者が手のひらの上でうろたえる様は愉快だ。


 それから、ひどく深刻なケンカをして険悪になっている双子の兄弟がいたのでルネは……。


「……」


 ルネは彼らには何もせず、人里で不幸の旋風を吹き荒らすのを中断した。


 絶海の孤島。海鳥のねぐら。

 派手好きなルネにはあまり似合わないさびれた小さな島だが、誰にも顔を見せたくない気分の時によくくる場所だ。

 海の果ての水平線を眺めて佇む。


「あなたは寂寥感にとらわれた」


「うわ、出たよ」


 その神は逆巻く泥水の水柱と、それに支えられた泥の小島の姿をしていた。小島は青々としたアシ草を背負っている。


「狂気に飲まれた者がいくら集まり語り合おうとも、真実にたどり着かないという意味でそれは不毛である」


「あー、あれね。最高に時間の無駄。それとアンタとの問答もね」


 ルネは忌々しげに吐き捨てた。

 アシの島の神は意に介さない。


「神々の中で唯一正気をたもっているニジュ=ゾール=ミアズマが参加しないのでは、幾度話し合おうとも正しい成果など出るわけがない。イ=リド=アアルはそう結論づけた」


「正気? ごめん、誰が?」


「当時の正確な記憶を保持している神は、ニジュ=ゾール=ミアズマだけだとイ=リド=アアルは発言した」


 ルネはパッと髪をかき上げてせせら笑う。


「記憶。そりゃあね。アンタご自慢の記録でさえ改ざんされて、アタシやチリルはそもそもその時はまだ世界に顕現していなかった。唯一の記憶保持者って意味じゃ、たしかにニジュは正気といえるんだろうけど……」


 ルネはそこで一度言葉を切った。


「アタシにはどうしてもニジュと正気って言葉が結びつかないのさ。あの根暗なオッサン……ああ、今は可憐な少女って呼んであげた方がよろしいのかしらねぇ? ニジュは病んでて、すっかり狂っちまってるよ」


「そうなったのもチリル=チル=テッチェとルネ=シュシュ=シャンテの双子神が、戦争のさなかに無害で無関係な神の片手片足を奪い取ったことに起因する。……左腕を持ち主に返してやる気はないのか? イ=リド=アアルはあなたにそう尋ねた」


「チリルとの力の均衡をたもつには、アタシも仕方がなくそうするしかなかったんですー。……この言い訳をするのって何億回目だろうね」


 アシの小島は水柱の上でくるりと一回転した。


「記録者イ=リド=アアルが答えよう。それは三万と五十二回目であると」




 ***




「情報がいるな」


 バザウは神々のことをしろうと思った。

 創世樹を枯らすだけなく、その先にあるチリルの意図とルネの思惑に触れるために。

 ゴブリンが神話を紐解くことになるなんて旅立った時には思いもしなかった。

 そして試しに幸先を祈ってみた。もしかしたらいるかもしれないし、いないかもしれないゴブリンの守護神に。


 ゴブリンが神々について調べるのは難しい。

 そうそう軽々しく日常の話題に上るものではないので、人間たちの話を盗み聞きするというやり方は非効率すぎて使えない。

 どうしたものかと腕を組んだ。


「……ああ、そうか」


 人間を頼れば良いのである。

 バザウには、それができるぐらいの信頼を築いた人間の友がいるではないか。

 それも学問関係に強そうな者が。

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