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バザウ、君は賢すぎる  作者: 下山 辰季
第五部 あるいは 補部

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七空学園と萌芽の時間

 突如、学校中のスピーカーが鳴った。


「非常事態です。これは避難訓練ではありません。繰り返します。これは避難訓練ではありません」


 聞こえてきたのは無個性な声。


「学園に、ゾンビ型ウィルス感染者と武装したテロリストと悪の科学者が作り出した究極の破壊兵器が攻めてきました。全校生徒は落ち浮いて先生の指示にしたがい……」


 ふざけているとしか思えない放送に、ラブリは動きをとめる。


「……え? 何これ……バグ?」


「屋上に避難してください」


「はぁあっ!?」


 今、屋上に入られては困る。

 よくわからないが、学園のモブよりもヒロインの方が権限は上だ。あしらうのは簡単だ。ラブリが何かいえば教師だろうと追い払える。

 ゾンビとかテロリストも、モノクロのダレカが一時的に変化しているものなら、本当の脅威になりはしない。

 モノクロのダレカは普段モブ生徒や教師として学園内で過ごしているが、イベントに合わせて役割を適宜変える。授業参観イベントでは家族役になったり、雨の日に子犬や子猫の姿になってダンボール箱に入っていることもある。

 脅威ではない。だが全校生徒分のモブが屋上に集まるのはマズい。


 とりあえず、屋上にモブが集まるのを防ぐことが先決だ。

 倒れているゴブリンをぴょいんとまたいで、ラブリは屋上のドアを目指す。

 本来なら数秒もかからない行動に予想外の時間を要した。


「ううっ!? ……お、重い……っ!」


 ティモテ=アルカンシェル。彼の芸術の才能と魔術の訓練によって培われた空間認識能力によって、この仮初めの世界は構築されていた。

 平常時は緻密でリアルな映像美となめらかな動きを両立している。


 ただ、その処理能力を上回る負荷がかかった場合……。

 たとえば一ヶ所にあまりにも多くの人数が集中したり、そこで複雑な動きをすると……、学園では奇妙な現象が発生する。

 前兆として、動きがカクつく。移動している人がワープする。遠くの人が表示されなくなる。


 屋上のドアが開き、モノクロのダレカがなだれこんできた。

 ヒロインのデータに比べて、モブ一体ごとの負荷は軽い。

 しかし、ここまで集まってこられるとその影響は無視できない。


 ゾンビにはそれぞれかなりリアルな特殊メイクが施され、同じデザインのものはいない。

 モブなんてコピペで良いのに、どうしてムダに細部までこだわるのか。


 やたらポップな服に身を包んだテロリストチームが、楽しそうにインク入りの水鉄砲をチュペペペペっと掃射した。

 粘性のある液体の物理演算で高度な処理が要求される。


 処理の不可を軽くする手段もあるにはあるが……。


「お、オブジェクトの影を表示しない! エフェクトの単純化! 画質は最低に! ……ウソでしょ……これだけやっても、まだラグい……」


 追いつかない。

 重たい世界で、ほとんどとまった状態で、もがいている。

 チカチカ明滅しながら、三体並んだロボが複雑に変形しながら笑う。


「You are an idiot! Ahahahahahaha! Ahahahaha!」


 膨大なデータの処理に追われて、魔術師の幻想世界は遅延した。




 ***




 モブを煽動するのは一応上手くいったけど、それと同時にもう後戻りできないってプレッシャーが重くのしかかってくる。


「……」


 迷いさえ振り切ってしまえば、こちらの動作はいたって軽快……とまではいかないけど、ラブリよりは早く動ける。モブ化ならではの恩恵ね。

 混雑の中で私はバザウを探す。

 ゾンビや武装テロリストやロボがうじゃうじゃいるけど、あれらは実質危害を加えることはない。

 通常ならいくらモブになっていても、屋上に侵入したらすぐにラブリに気づかれるのがオチ。

 私単独で乗り込んだ場合ならね。

 これだけ大量にいるモブを全員確認してる余裕は、今のラブリにはないはずだ。

 処理を軽くするために、モブは表示しない画面設定に変えてるところかもしれない。油断は禁物だけどね。


 で、このモブを視界に表示しない画面設定を私が使うと……。

 この驚異的な過密状態の中でラブリとバザウの位置だけを検知できる。

 モノクロのダレカがひしめく中、私はバザウを見つけた。ぐったりと倒れているけど呼吸をしているし形もたもっている。まだ溶解されていない。


 ラブリはラグに対処するのに精いっぱいで、無抵抗なバザウには注意を払っていない。

 この隙にバザウを屋上から救出してみせる。

 急ごしらえで考えた作戦の割には今のところは順調。


 ……私にそんなこと、本当にできる?

 失敗したら? 途中でバレたら?

 セーレが受けた罰よりも、もっと重い処置が待っているだろう。


 恐怖で震える手を握りしめる。

 もう覚悟は決めたでしょ。

 モブになったとしても、この先に何が待ち構えているとしても。


 私はここにいるんだから。


 私はバザウに近づいた。

 手負いの獣のような眼光で、彼は私がいる方を見ている。敵意と恐怖に満ちた眼差しで。

 彼の警戒を解かないと救出は上手くいかないわね。激しく抵抗されたら、ラブリも異変に気づくでしょうし……。


「……」


 スカートのポケットに手を入れて、青と灰色のチェック柄のハンカチを取り出す。そのハンカチで脂汗がにじんでいるバザウの顔をそっと拭く。彼の目から殺気が消えた。

 ラブリがトラブルの対処で気を取られてる隙に、私とバザウは屋上から脱出した。




 二人で図書室へと籠城。

 バザウの体調を考えると保健室で休むのが一番良いんだろうけど、あそこはザンビナの領域。彼女が味方になってくれるかわからないし、仮に協力が得られたとしても、何かあった時にザンビナまで巻き添えにしてしまう。

 これからラブリよりももっと怖い相手を敵に回すんだから、他の娘の力は頼れない。


 バザウは床に直接座って、本棚に背中を預けている。

 私は、外部から図書室に侵入可能な箇所、ドアや窓辺に注意を払っていた。


「……ずいぶん影が薄くなったな。お前の身に何があった……?」


 う!

 バザウはモブ状態の私の正体を見抜いちゃってるみたい。そりゃバザウにはわかるわよね。あのハンカチを返して図書室にこもるよう案内するのは私しかいない。


「ククッ……。その姿もなかなか無難かつ無個性で良いんじゃないか? ソバカスも見えないしな」


「……」


 抗議するようにペシペシと、バザウの頭をごく軽く叩いた。

 見た目をからかうんじゃありません。


「俺が悪かった! ……そうだな。まずは、あの屈辱的状況から助けてもらったことに、礼をいうべきだった」


 赤い瞳が、存在感の希薄なダレカをしっかりと映す。


「感謝する。ありがとう」


「どっ……どーいたしましてっ!」


 私の声は文章としてバザウに伝わっているけど、声にはなっていない。

 ボイスなしのテキスト表示のみ。この状態でも会話は問題なく成立する。


「さて……これだけ無謀なことをしたからには、何か計画があるんだろう?」


 口ごもりながら、控えめな声――極小の文字サイズ――で答える。


「半分は、勢いかな……」


「何ぃ!?」


 バザウが驚く。まあ、当然の反応だよね。


「一応、ある仮説に基いて計画を立ててはいるのよ。ただ時間的猶予がなくて、充分な検証や準備はできなかったってこと」


 不安になって固く手を握りしめる。

 緊張で足がガタガタする。

 綱渡りをしてるような気分よ。


「今のところは上手くいってる。屋上からあなたを救出するまでは思惑どおりに事が運んだわ。……かなり強引なやり方だったにも関わらず、ね……」


「……」


 バザウは言葉を失ってるみたいだった。

 こんな無茶な見とおししかなくてあきれてる?


「……その仮説というのは? 情報交換だ。そちらが望むのなら俺がしっていることも話そう」


 しっていること、って言葉が引っかかった。

 学園長に記憶を封印されてるはずの転入生が何をしっているというの?

 それじゃバザウはまるで……。


「黙っていてすまない。俺はこの学園≪せかい≫のカラクリに気づいている」


 なんていって良いかわからなくて、私は吹き出しに!マークを出し、衝撃的な効果音を鳴らして、画面を一瞬だけシェイクさせた。


「……そう。私がどういう存在かわかっていて、その上で情報交換を持ちかけるなんて……。騙されてるかもしれない……って不安はないの?」


 私はこんな姿なので、他のヒロインや学園長が化けてるって疑いを向けられてもおかしくはなかった。賢く用心深い者なら、なおさら警戒するんじゃない?

 あとは……私そのものが信用ならない、って判断するのもバザウの立場なら妥当よね……。私も学園ヒロインの一人だもの。

 バザウはニッと目を細めた。


「なんでも疑うのは、なんでも信じるのと同じくらい無思慮だな。仮に……あの大掛かりな一芝居がサキュバスでなく俺を騙すためのもので、俺がそれにまんまと引っかかった……というのなら」


 ククッとバザウがノドを鳴らす。

 これは彼が笑う時のクセなんだ。彼のことをまた一つしれて心臓が高鳴った。こんなに追い詰められた状況なのにね。


「名演技を褒めながら、息絶えるとしよう」


「騙しとおした観客に最期の声で賞賛されるなんて、役者冥利に尽きるでしょうね」


 彼が放つ言葉のキャッチボールにはトゲが仕込まれていて、おまけに変化球。

 だけどそんなボールを打ち返すのが楽しい。他の人とはこんな会話は続けられない。

 ずっと楽しく話していたい。そんなことは叶わないけど。




 バザウは、創世樹について話してくれた。


 創世樹なるものがこの学園を作り出しているんだっていう漠然とした知識が、学園ヒロインにはあった。

 でも創世樹はティモテ=アルカンシェルが育てているもの以外にも存在する、っていうのは初耳。

 恋愛に価値を置くネグリタ=アモルと強さにこだわり続けたデンゼン=ヤグァラの木をバザウが枯らした、とも教えてくれた。

 その話を聞いてすごい快挙だと思ったけど、バザウの表情には誇らしさよりも苦いものが張り付いていて、私は口をつぐんだ。


「この学園世界は最初、学園長が信じる美のイデアのために創立されたの。まあぶっちゃけてしまうと、萌えの世界って思ってくれて構わないわ」


「も……、萌え……か」


「萌え、よ」


 遠い目をしているバザウに念を押すように伝える。この世界は萌えを中心に回っているのよ。


「創世樹を枯らすには、宿主が抱いている価値観を打ち壊すのが最適なのだが……」


「学園のヒロインは学園長の価値観を壊す行動はとれない。モノクロ状態であってもね」


「……ならば、俺が動くしかなさそうだな」


 たしかにこれまでの会話から導き出される結論はそうなんだけど。


「えっと……。バザウにはできないと思うわ」


 立ち上がろうとするバザウを手で制する。


「……なぜだ?」


 バザウは怪訝そうに瞬きした。


「あなたが転入生としてこの学園にいるっていう時点で、もう学園長の価値観に魂の根底で同調した……ってことだから。価値観の否定は難しいと思う」


「!」


 不思議そうな表情から一転、気まずい顔をしたかと思うとバザウは明後日の方に視線を向けた。


「逆境……だらけだな……」


「そうね。でも勝ち目がゼロってわけじゃない。向かい風は視点を変えれば追い風になるわ」


 私は一筋の抜け道を見つけたから、こんな無茶なことをしている。

 その道を上手く進めるかまではわからない。不確かな未来に挑んでいくしかないんだけど。


「策はあるんだな? ……俺もできる限り協力しよう」


 機転の効くバザウにサポートしてもらえたら心強いんだけど、彼の助けは借りられない。

 バザウは情報交換しようっていってくれたけど、私が何をするつもりなのか彼に教えるつもりはないんだ。……ごめんね。


「じゃあさっそく、バザウにしかできないことを頼みたいんだけど、協力してくれるかしら?」


 意味なんてない行為に。


「……あなたに触れても良い?」


 バザウが体をこわばらせるのが、空気でわかった。

 自分の身を守るように巻きつけた腕。白いYシャツの袖が血で染まっている。

 呼吸を整えて、彼は反射的に湧いた恐怖をほぐそうとしているように見えた。

 体に触れられることに抵抗感があるみたい。


「ごめん。大丈夫! 無理にとは言わないから」


 彼に触れたいというのは、私のワガママでしかない。


「……こんなことで良いのか?」


 笑みを作ってバザウは私に手を伸ばしてくれた。


 貴重なものに触る時みたいに、恐る恐るその手に自分の指先を重ねる。

 バザウの手はしっかりしてたけど、今は少しだけひんやりしていた。それが、なんとなく儚げに思えてくる。

 ドキドキしながら、バザウの手をぎゅって握る。

 それだけで、勇気がわいてくる。なんでも乗り越えられそうな気持ちになる。


「ありがとう」


 わずかに残っていた迷いが消えるのと同時に、私の震えはとまった。

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