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バザウ、君は賢すぎる  作者: 下山 辰季
第五部 あるいは 補部

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七空学園と消毒の時間

 裏庭に埋めたソーセージは、バザウが思ってもみなかった変化をとげていた。


「なんだこれは……」


 掘り返された土。消え失せたソーセージ。

 ボロボロの制服を身にまとった少女が、壊れたオモチャのような動きで体をゆらす。

 彼女の口元からは泥混じりのヨダレが垂れていた。

 それが紫のザンビナとの遭遇だった。


「Take it easy!!!」


「……お前の仕業か?」


「May be ネ」


 悪びれもせずに笑っている。




 ***




「っていう変なヤツに出会ったんだが、今後どうすれば植えたソーセージを保護できると思う?」


 バザウから持ちかけられた相談に私は顔面蒼白になる。

 思わず読んでいた本を机の上にドサッと取り落とした。


「ザンビナを見たの?」


 七空学園のヒロインの中で、ザンビナだけは特殊な方法で転入生から星を採取する。彼女の姿を見ただけでも非常にまずい流れに近づいている。


「彼女には指一本触れてないわよね!?」


 遠目に見ただけなら、まだ回避できる望みはある。


「俺が植えたソーセージを掘り返して食べたことを認めた上で一切反省していなかったので、ムカついたから三回くらい腕にシッペして追い払ってやった」


 ああああ、ダメだったー!


 七空学園のヒロインは転入生の好意感情と生命力を星の結晶にして採取する。

 ザンビナは好意ではなく、自分に向けられた嫌悪感や蔑みといったマイナスの情念を星に変換可能なの。

 彼女は少女会議で担当者が決まった転入生にはあまり会わないように行動してるようだけど、完全に学園から姿を消してるわけじゃない。

 ザンビナが偶然バザウと鉢合わせる可能性はあった。

 彼女の危険性についてそれとなく会話の中でバザウに教えておけば良かった……。今さら後悔しても遅いけど……。

 状況の深刻さをわかっていないバザウは上手いシッペのコツについて得意げに話してるけど、マジでそんなノンキな事態じゃないんだからね!?




 あの日のことは忘れもしない。

 七空学園に連れてこられた転入生は全員が善人の好青年とは限らなくて、むしろ曲者率が多い。多少性格に難があるのはまあ許容範囲内だけどね。学園のヒロインだって別に完全無欠ってわけじゃないでしょ。

 その転入生は元気で明るくて……それから理由をつけて誰かを苦しめることが大好きだった。


「はあ、ウルルちゃん可愛い。マジ天使」


「照れちゃうのー」


 ソイツはバンシーのウルルがお気に入り。それだけならまだ良かったんだけど……。


「てか、バンシーとゾンビじゃキャラかぶってね?」


「蕪ってる……? 蕪でも私たちは仲良しよー?」


「いや、同じロリ枠だし。なんていうかさー、ザンビナって微妙なキャラじゃね?」


 一部の人間は自分が好きなものに特等席を与えるために、他の何かを貶めて引きずり落とさなくちゃ気が済まないみたいね。

 ただ素直に何かを好きになるのってそんなに難しいことなのかしら?

 ウルルとキャラがかぶってるザンビナに新しい個性をレクチャーするって名目で、ソイツの異常で粘着質な行動がはじまった。




「君ってゾンビ娘じゃん? なら、服とかもっとボロい方が雰囲気出ると思うんだよね。汚すの手伝ってあげるよ」


「いつも死臭を漂わせてるとかどうよ。きっとゾンビファンが喜ぶんじゃね? ほらほら、笑ってー。笑えよ。空気読めねえな。しらけるし」


「物陰からこっちに歩いてみようか。ダメだ、違う! もっとキモく!」


「ザンビナ用に台本を作ってみた! ヤベッ、俺って文才あるんじゃね? はい、演技、演技! 頭をシェイクして、化け物じみた鳴き声シャウト! うはwwwキモイw」


「はいこれプレゼントー。食べ残しのパンと、賞味期限がちょっと切れてるヨーグルトでーす。大丈夫、いけるって! ほら、君ゾンビだしさ!」


「ザンビナが普通にしゃべってると、激しい違和感w 基本鳴き声で良くね?」


「生ゴミ喰えよ」


「エアガンの的を発見」


「可哀想? え、何、俺が悪者系? それは誤解だってば、俺悪くないから。これは正当な駆除だし。俺はゴミを掃除してんの! は? いや、だから不快な汚物キャラなんだから、こういう扱いされて当然だろ? 愛誤乙www」


「いや、良いんだよ。何したって。アイツは虐待されるためにいるんだから」




 キャラクターとしてかけがけのない基板。設定を改ざんされる。

 そうして勝手に醜く作り変えたザンビナに対して、ソイツは指導や掃除や駆除と称して暴力を振るった。

 ザンビナを助けようにも、もはや学園ヒロインの権限では異常な転入生に太刀打ち出来なくなっていた。

 緊急事態ということでティモテ学園長に応援を頼んだ時は、ようやくこの悪夢は終わるんだって私たちは安心してた。


「……スミマセン」


 両手にあふれるほどに歪な星を抱えたザンビナが学園長を出迎えた。

 彼女の頬には放射状に広がる真新しい傷ができていた。切れ味の悪いナイフかあるいはかぎ針みたいなもので、力づくでつけられたんだと思う。記号の*に似ていた。


「身の危険を感じたノデ、強引に転入生の溶解作業を遂行してしまいマシタ」


 あの転入生が溶けて消えたと聞いて皆心から喜んだ。

 でもすぐに変だって気づく。

 好意感情を勝ち取ったわけでもないのに、どうしてザンビナがあの転校生を溶かすことが可能なのか。彼女が得た星は通常のものと少し違っていた。


「強制的な溶解……。ふふーん? 転入生はウルルの方に好意を抱いていたようだが?」


「はい、ソウデス。私は、私に向けられた強い憎悪を材料にシテ、転入生の命を星に変換しマシタ」


 ザンビナは学園長の顔色を慎重にうかがいながら、付け足す。


「……緊急措置デシタ。ソレニ少し、事故のような面もアリマス。その……何も問題がないと良いのデスけど」


「実に興味深いケースだ!」


 ご機嫌な顔でティモテ学園長はマントを広げる。


「特定のキャラクターに対する過度の憎悪! それは執着という点で、好意に通じるものがあるのかもしれなァい」


 ティモテ学園長はザンビナが抽出した変種の星をつまみ、モノクルに近づける。


「ふふーん? なるほどォ。この星も利用できそうだ」


「利用……ト言いますト?」


「創世樹を肥え太らせるのに、これも利用できるといったのだが?」


 ザンビナは黙っている。

 私達も何もいえずにいた。


「この素晴らしい世界をより強固なものにするために、ザンビナ、もちろん協力してくれるだろうね?」


「……」


「オゥ……。無理強いはしないよ。ああ、だが! 創世樹が無事に育つかは、とても不確かで危うい道のりなのだよ。誰かが協力を惜しめばその分だけ、この世界の維持は難しくなってしまうなァ……」


「……」


「この学園に七人のヒロインを用意したが、すべての転入生が七人の中からお気に入りを見つけられるとは限るまい。そうなった時にアンチやヘイトの心情から星を回収できる娘がいれば、とても助かると思わないかァい?」


「……」


「憎悪感情を星に変換する! ザンビナがその役目をこれからも続けてくれれば、この学園を支える創世樹はもっと豊かになれるのだがね」


 ザンビナが答えを出すまで、ティモテ学園長は延々としゃべり続けるんじゃないかと思った。


「はい……。私は学園のタメニ、私の役目を遂行シ続けマス」


 彼女は両手で顔を覆い隠す。その手に隠された下でザンビナがいったいどんな表情をしているのか見るのが嫌で、卑怯で臆病な私は目をそらした。


 ティモテ学園長がザンビナの頭に軽く手をかざす。

 そうすることができるはずなのに、ティモテ学園長はボロボロになったザンビナの服も引き裂かれた頬の傷も修復しなかった。


「Eternity Vanity」


 ザンビナが顔を上げる。

 小さな声でつぶやいたかと思えば、けたたましく叫ぶ。


「A B しぃ でぃ E F G!」


 こうしてザンビナの設定に手が加えられた。

 胸糞の悪い転入生が勝手に言い出した根も葉もない非公式設定が元だったけど、学園長からも認可されたことで、真っ赤なウソが事実と同じぐらいの重みを持つようになった。


「……私が原因なの?」


 かつて仲良しだった友達がヨダレを垂らして頭をガクガクさせて笑っているのを見て、あの日のウルルは呆然と立ち尽くしていた。




 それ以来、もう以前のようにはザンビナと付き合えなくなった。

 この一件について、今のウルルに質問しても返答は期待はできない。

 事件のあった後に心配して声をかけてみたところウルルの反応はこうだった。


「ふわ? なんのことだかサッパリなの? 何を聞いてもムダよ。私、なんにもわからない。わからないな。ふわふわー」


 あの後。ウルルがいくら泣いて頼んでもティモテ学園長はザンビナを元に戻してくれなかった。

 もともと幼く設定された彼女だったけど、それ以降は輪をかけて知能や情緒が退行した。




 授業の合間に私は保健室に顔を出してみる。


「Take it easy!!!」


 ザンビナは髪を振り乱しベッドのシーツにくるまりながら、保健室の床の上を転がっていた。シーツで体がすっぽり隠れて見ようによっては生首っぽい。


「ザ、ザンビナ……。話があるの」


「キョーモ ゲンキニ C C C!」


「お願い。少しの間で良いから正気に戻って」


「曇らせ。断罪。厳しめ。リョナ。黒化。キャラ崩壊注意。注意書きを無視して見た場合の苦情は一切受け付けません」


「バザウのことは……。あの転入生は放っておいて」


「愛誤厨キター?」


 ザンビナは頭痛に苦しむように頭を抑えてうずくまった。


「そ、そ、ソーリー……。てー……てんにゅせーの……憎ぉおお、は……、ワタしぃにも管理デキますセン」


 俯いたままで声を絞り出す。


「わ……た。わたCは、タダの……映す、ダケ。心ヲ……Deathゥ」


 ザンビナがゆっくりとある一点を指さす。

 そこにあるのは一枚の鏡。




 ***




 図書委員の子がいなくなった保健室で、我他死≪ワタシィ≫は一人、考えてイマス。

 さっきのメッセージはちゃんと彼女に伝わったでしょうカ……。心配なのデス。言葉を話すこと。設定が変わってから、難しくなってイルます。


 ワタCは新しい設定にしたがって、相手の嫌悪感を掻き立てる行動をシマス。たくさん。

 でも人の嫌いな気持ちを完璧にあやつれるわけじゃないのデス。


 学園のヒロインは、それぞれ集めた星を入れておく容器を持っていマス。


 赤のサキュバスは、エナメル風のハート型のポーチ。

 橙のゴーレムは、スライド式の缶ケース。

 黄の妖狐は、金箔漆塗りの小物入れ。

 緑のホブゴブリンは、豆本に似せたデザインの小箱。

 青のセイレーンは、貝殻の形をしたコンパクト。

 藍のバンシーは、収納スペース付きのオバケの縫いぐるみ。


 紫のゾンビは、手のひらサイズのミニ棺桶を使いマス。でも、ワタしぃはソレを持ってはいません。


 わたCの棺桶は、私を見た者の胸に置かれマス。

 我他死≪ワタシィ≫を嫌う気持ちが、その人の胸の中で大きく膨れ上がっていった時、わたCの棺桶は歪んだ星デ満たされる、デスゥ。


 タクサン嫌われるヨウに、ワタしぃは努力シマス。

 デモわたCという存在をどれだけ蔑めるかは、その人の素質次第。


 今回の転入生に設置した棺桶の中身、ダメです。スカスカです。

 彼は、自分の怒りと相手への憎しみヲ、きちんと区別できるようなのデスゥ。

 こういう相手は我他死≪ワタシィ≫、不得意です。ヘイトを稼げマセん。


 だから今回の転入生なら心配することはないって、この保健室にきてくれたあの子に、チャント伝えたかったですケド、言葉、声に上手く出せませんデシタ。


 バザウ。転入生の名前ナンテ、いつもは覚えないケド、覚えておきマス。

 ……我他死≪ワタシィ≫の設定が醜く変えられる前に、彼と会いたカタ……です。




「ザンビナちゃん。いるかな?」


 保健室のドアを開けたのは、赤のサキュバスでした。

 以前わたCは藍のバンシーと仲良しでしたが、今では赤のサキュバスといっしょにすごすことが多いデス。……我他死≪ワタシィ≫も彼女も同類ですから。


「えへへ! いっしょにお弁当食べよう!」


 特に何をするわけでもないデスが、ただお互いがそこにいる、というだけで魂の傷の痛みが癒えるのです。

 赤のサキュバスは虚ろな目をして醜くヨダレを垂らすわたCの口に、甘い卵焼きを食べさせてくれました。

 いつもの我他死≪ワタシィ≫なら鳴き声や唸り声を返すだけなのですが、血ョット頑張っておしゃべりします。


「こ……コウ、でぃ は……」


「何かな? えへへ」


 彼女の好感度抜群のスマイルが、なんだか痛々しくて見てられなくて。

 上手く動かせない震える腕で、真っ赤なポニーテールの頭をなでます。


「コッ、こ では、演じな苦ても Dieじょうブ……」


「……」


 わたCは数々の憎悪を集めると同時に、他の学園ヒロインに過度の憎悪がいかないよう守るをしているます。

 赤のサキュバスは学園内で人気の頂点に立つと同時に、他の学園ヒロインをその身で守っています。

 役目を降りることはできなくても、せめて同類の我他死≪ワタシィ≫の前ではつらい役目を忘れていてほしぃ。


 カタリ、とイスが音を立てました。

 ワタしぃの体は赤のサキュバスの腕の中にありました。

 彼女は卵焼きよりも良い香りがします。


「はりついた笑顔はもうクセになった演技だけどね、あなたに笑いかけたいと思ったのはラブリの本心なんだよ」


 優しく抱きしめられるぬくもりを感じながら、ワタしぃは心地良く目を閉じました。

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