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バザウ、君は賢すぎる  作者: 下山 辰季
第五部 あるいは 補部

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七空学園と埋葬の時間

 穴を掘るのって腕が疲れるわ。指も汚れちゃうし。

 でも、あのままほったらかしにしたら後でもっと大変なことになるの。ハエがたくさん卵を産み付けにくるし、体の穴という穴からは腐汁が染み出てくるわ。周りにはひどい悪臭がこびりつく。

 私はウルル。哀愁のバンシー。今は運悪くぽっくり逝っちゃった動物さんのお墓を裏庭に作ってるところ。

 はあ……。こういう作業ってすっごく気が滅入るの……。

 だって! 地味で汚くて全然華やかさがない。私が優しく動物さんのお世話をしているシーンなら、見せびらかしたいぐらいなんだけど。


 誰かが近くにいるみたい。

 向こうの方で私と同じように土を掘ってる生徒がいた。

 ハゲでチビのゴブリン発見!

 ふむふむ。アレが今回の転入生ね。あんなのに好かれなくちゃいけないなんて、どんな罰ゲームって話なの。私がメイン担当じゃなくて良かったー。


 あれ? 私って、少女会議でメイン担当を任されたことって一度でもあったっけ?

 ……ない! 一回も!

 ふわわわ……。この学園にはびこる悪質なイジメの実態に今気づいてしまったわ……。本当にこの学園の女どもって、性格がどうしようもないの。

 今度、格好良い男の人が転入してきたら、その人の星を全部ウルルのものにできるように、会議でドンドンガンガン発言してやるのよ。


 ゴブリンはまだ向こうの方で穴を掘ってた。足元には小さめの箱がある。何かを入れて持ち運ぶのにちょうど良さそう。

 セミの幼虫でもほじくり返して食べてたりして! ……ふわー、汚い。リアルに想像しちゃったの。

 何をしてるのか確かめたくなってきちゃったから、抜き足差し足忍び足でこっそり近づいちゃうのよ!




 ゴブリンは、何かを土に埋めているみたい。一定の深さになるように、いちいち目盛りのついた棒で測ってるのがすごく面倒くさそう。ていうかキモイの。私なら途中で飽きるの。

 で、何を埋めているのか、もっと近づいて覗きこむことにした。

 ゴブリンの足元の箱の中身は……。


 こんがり焼いたソーセージ。グツグツゆでたソーセージ。縦半分に切断されたソーセージ。横半分に切断されたソーセージ。皮だけ剥がれたソーセージ。等間隔で斜めの切れ目を入れられたソーセージ。カラカラになるまで水分を飛ばされたソーセージ。


 ふっわぁあああっ!? 何これ、これを土に埋めて……る、の? な、なんのために!?

 猟奇事件だわっ、サイコな香りがするのー!

 逃げようにも時すでにお寿司……。

 私はあまりにも狂気のソーセージゴブリン野郎に近づきすぎていたの。膝がガクガクブルブルして、ちゃんと走れない。

 絶体絶命乙女のピンチ!


「……何をそんなに見てるんだ?」


 気づかれた! 因縁をつけられて、私も地面に埋められちゃうんだわ!


「ふえぇ」


 脚が震えてその場で尻もちをついた。スカートがぺろりん。

 でも大丈夫! 私のプリティーなコットン100%のパンツが、邪悪なゴブリンの穢らわしい目玉に入ることはないの。

 なんだかしらないけどサキュバス女が野暮ったいダサダサスパッツを履くようにうるさいから。冬場には、もこもこの毛糸のパンツをプレゼントしてくるのよ……。きっと嫌がらせに違いないの……。

 ゴブリンはちょっとの間ただ黙っていたけれど、やがて私の魅力に耐えられなくなって手を出してきたわ!


「どうした? ……立てるか」


 ほらね! 見えスケスケの魂胆なんだから。

 そんな手には乗らないわ。私はぷいっと顔をそむけ……、後ろから体をつかまれたの! ふわーっ!? 誰!?

 私の脇に腕をとおす感じでぐいーんと持ち上げられて、強制的に立たされる。


「探したわよ、ウルル」


 振り向いたら、図書室の三つ編み女が私のことを冷めた目で見ていた。

 たしかこのフニンキが今回のメイン担当ヒロインだったっけ。緑色同士でお似合いのカップルだと思うの。


「やっぱりここにいたんだ。校舎内にも飼育小屋のそばにもいなかったから、裏庭でお墓を作ってるんだと思って」


「ふわ? 私に用事なの? ゴ……、転入生のお兄ちゃんにじゃなくて?」


「私の姿を見てもまだ気がつかないなんて、本当に純粋なあなたらしいわ」


 ふわ? いつもイジワルな図書委員が私のことを褒めるなんてすごく珍しい……。

 わかったわ! そばに転入生のゴブリンがいるから、ぶりっ子してるんだ。まったく学園の女たちの意地汚さにはトホホホあきれ返るばかりなのよ。


 フニンキはちゃきっと眼鏡をかけ直した。


「貸出期限……といえば、いくら頭の鈍いあなたでもわかるわよね?」


「ふわっ!?」


 そういえば私ったら忘れてた。主人公の女の子が不思議な世界で冒険する楽しいお話を借りてたわ。

 でもね、でもね! 本を読むのは好きだけど、私はそれ以外にもやらなくきゃいけないことがたくさんあるから、つい貸出期限をすぎちゃうの。それはイカしタコないことなのよ……。

 飼育委員だから、毎日動物さんたちのお世話をしてあげないといけないし、学園の生徒らしくお勉強や宿題もしてるし、本以外にもマンガも好きだし、見たいアニメもあるし、やりたいゲームもあるし、いっぱい遊んで眠たくなったら寝なくちゃいけないし。

 ほら、こんなにこんなに忙しいの!


「……」


 フニンキのヤツ、黙って私のこと睨んでる。

 こ、怖くなんてないわ! でもそういう偉そうな態度にすごくムカつくの。

 だってフニンキって他の女子にはどこか遠慮がちでオドオドしてるところがあるのに、私にだけこういう態度で接してくるのよ? まったくお腹がスタンドアップ!


「お願いだから、もうちょっとだけ待ってほしいの」


 それに私には本を返せない理由があるんだから!

 アイスクリームを舐めながら本を読んでたら、うっかり手が滑っちゃったのー。

 急いでティッシュで拭いたんだけどベタベタが広がっただけで、慌ててタオルで水拭きしたらページがさらにボロボロになったのよ。

 ね? これじゃ返したくても返せないでしょ?


「読む気がないなら、今日中に返して」


 うーん、フニンキのヤツしつこいのー。

 なんとか撃退しなくちゃ!

 私は転入生の背中にサッと隠れた。


「ねえ、お兄ちゃん! あの人怖い……」


 舌足らずな声を出す。ダメ押しで腕にしがみついてみた。


「それはっ! ……もっと前に優しく注意してあげた時はあなたってば調子の良い返事だけして、けっきょく今日まで延滞したからじゃない……」


 ふわわー。良い気味、良いざま、良い気分!

 フニンキのヤツ、あからさまに困ってるのよ。


「あの人ね、いつも私のことイジメる……。とっても怖いのぉ」


 あのね。私、しってるのよ。

 男の人は、若い女の子が好きなんだって。若ければ若いほど、幼ければ幼いほど、女の子は商品価値があるんだって。

 私はこの学園で一番価値の高い小さな女の子だから、男の人は私を他のイジワルなババアどもから守ってくれるはず。


「ククッ……。たしかに怖いよな。俺も初対面で叱られた」


 やったー! 転入生は私の味方になってくれたのー!

 でもでも、フニンキったらメイン担当なのに転入生を叱るってどういう作戦? ヒロインは男の人から気に入られなきゃいけないのに。初対面で叱るなんてしたら、嫌われちゃうに決まってるじゃない。

 顔だけでなく性格までもブスなんて、フニンキには良いところが一つもないのー。


 私はそんなことを考えていたから、しがみついていた手を振りほどかれたことにしばらく気がつかなかった。

 ゴブリンはかなり手加減した力とゆるやかな動作で、私の手を払ったの。


「え?」


 どうして? 私の味方になってくれるんじゃなかったの?

 ……ということは転入生は私の敵? フニンキといっしょになって、私のことをイジメるんだ……。やめてほしいの! 可愛がられる系の私はそういうポジションじゃない。

 ニヤッと笑って、ゴブリンが私に振り向いた。

 口から牙が見える。

 怖い。嫌だ。やめて。近づかないで。何度でもゴメンナサイするから許してほしいの。


「……顔面蒼白だな……。怖い怖い図書室の番人さまのお怒りを鎮めたいなら、さっさと借りた本を返すことだ。俺からの助言はそれだけだ」


 愉快そうにクッとノドを鳴らしてゴブリンは静かに私から離れた。

 私、気が抜けてポカーンとしちゃった。

 ゴブリンは自分が持ってきた道具の数々を片付けて、この裏庭から立ち去ろうとしている。

 フニンキとすれ違う時、転入生はからかうような軽い調子で話しかけた。


「ずいぶん怖がられてるようだぞ」


「よっ、余計なお世話っ! 図書室のルールを守るためには、時には利用者に厳しくするのも必要なんだからね!」


 わからない。

 二人がどんなことを思っているのか、全然理解できなかった。


 わからない。

 二人は仲が良いの? 悪いの? どうしたらそんな関係を作れるの?


 私には、わからない。

 その場にいるのが耐えられなくなって、気づけば私は走って逃げ出していた。




 ***




 あの後で図書室に戻ったらカウンターの上に本が置かれていた。ウルルが延滞していた本だ。

 よしよし、と思った矢先に嫌な予感。本からはやたらと濃厚なバニラの香りが漂っている。

 恐る恐る本の状態を確認する……。


「……やってくれたわね。ここまでボロボロだと、もう修復は無理そう……」


 本が置かれていた下に小さな便箋を折った手紙があることに気づいた。ウルルからの手紙だ。

 おおかた本を汚損したことを謝っているのだろうと思って読んでみれば……。


「良い根性してるじゃない」


 手紙に記された内容は、私がメイン担当を務めていることに異議を唱え、少女会議のやり直しを要請するものだった。




 温室には私とウルルしかきていなかった。


「な、なんでなの? ちゃんと全員にお手紙送っておいたのに……」


「当然でしょうね。こんなバカげた余興に付き合うほど、みんなヒマじゃないのよ」


 誰もくるはずがない。

 正当性に欠けるウルルの主張。今になって少女会議をやり直したところで、他のメンバーにはなんのメリットもないのだから。

 私は一応、名指しされた当事者としてこの場にやってきてるけど。


「……」


 ビクビクした目でこっちをうかがっているウルル。

 右手でゲンコツを作って、無言でブンっと振り上げる。


「ぴぇっ!?」


 涙目になってウルルは頭をかばってうずくまる。

 その様子にちょっとだけ胸がスッとする。もちろんただのポーズだ。少し怖がらせてこらしめてやりたいだけで、本気で殴ったりするつもりはない。

 それにケンカ慣れしてないのに暴力を振るったら、自分の手の方を痛めちゃいそうじゃない?


「もー、ダメだよ! 二人共ケンカしないで」


 今度は私がビクリとする番だった。

 後ろから明るい声で注意される。

 ウルルの顔に薄い笑みが広がった。


 手を振り上げてウルルを脅かしているところをラブリに目撃された。

 ……き、気まずい。

 実際にぶつつもりはなくてただ驚かせていただけ、って今さら言葉で説明したところで、言い訳がましくなるだけだし。

 ウルルはラブリのスカートにすがりついて、私の悪行を並べ立てた。


「ラブリ、きてくれたのね! あのね、助けてほしいの! ここに呼び出されて、凄惨な殴る蹴るの暴行を七時間にわたって受けていたのよー」


「すぐにバレるようなウソをついて、その場をやりすごそうとするクセは直そうね!」


 ウルルは怯んだようにラブリのスカートからパッと離れる。


「ウソついた私のこと……お、怒ってたりする?」


 涙目でラブリの様子をうかがっている。


「ううん! ラブリは少しも怒ってないよ」


 ラブリはウルルをなだめるように微笑みかけると、制服のポケットからハート型のポーチを取り出した。エナメル風の加工で表面はツヤツヤした赤い色。


「ウルルちゃん。お星さまを少しわけてあげるから、それで泣き止んでね」


 ポーチから輝く星の結晶が一粒取り出されると、ウルルはパッと眼の色を変えた。


「ふわーい! ちょうだい、ちょうだい!」


 図々しいだとか見苦しいなんてことは一切考えずに、無心で手を伸ばすウルル。


「あのね、ウルルちゃん。小さな女の子が好きな男の人もたしかにいるけど……、そういう人がウルルちゃんのことを本当に守ってくれる良い人だとは限らないんだよ。大切なことだから、覚えておいてほしいな」


 ウルルはコクコクと素早く頷いた。あの様子じゃ、ラブリの言葉の意味なんてロクに理解してなさそう。

 ラブリは笑顔のままであきらめに似たため息をつくと、ウルルの小さな手に星を乗せてやった。


「もらった! これはもう私のよ!」


 はしゃぐように騒ぎ立てて、ウルルはスキップして温室から出ていった。お礼もいわずに。




 温室には私とラブリだけが取り残された。


「……」


 正直、居心地はかなり良くない。私は自然に立ち去るタイミングをうかがっている。


 様子見をしていたら、ラブリと視線が合ってしまった。

 すぐにそらしたけど向こうは私の方を見て笑顔を向けてきている。

 うう……。これを無視し続けるのも、感じが悪いと思われるわよね。仕方がなく私もラブリに愛想笑いで応えた。


 彼女はニコッと笑って。


「はい。あげるね」


 さっきウルルに施したように、一粒の星を差し出してきた。


「っ! いらないわよ!」


 反射的に出た自分の言葉に戦慄する。


「あ、ええと……、違うの。何もしてないのにタダでそんな貴重なものをもらっちゃうのは悪いから受け取れない、って意味だから……ね?」


 しどろもどろになって弁解する。

 冷や汗をかいて失態を取り繕おうとしている私に、ラブリは思いもよらないことを口走った。


「うん。きっとあなたには断られるって思ってた」


 どういうこと? 何がしたいの?

 満足そうに笑うラブリの真意が、私には理解できずにいた。

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