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バザウ、君は賢すぎる  作者: 下山 辰季
第五部 あるいは 補部
62/115

七空学園と転入生

「……はぁ?」


 美少女は好きか。

 奇抜な魔術師からの突然の問いかけ。


「ククッ……。な、何をいい出すかと思えば。そんなくだらない質問か」


 バザウは警戒態勢とすました面構えを崩さなかったが、彼の内面は大きくゆれ動き、本心では雄弁かつ率直に答えを叫んでいた。

 ……バザウは紳士的だし、欲望を出して良いシーンもわきまえているが、まあ、なんというか……その本質はゴブリンらしさを失ってはいないというか……。生命の脈動に満ちたフレッシュな肉体と精神を持っており……。普段はクールに振舞っているが、異性に対して興味や関心がないわけではなく……。

 もういい、ハッキリいおう。バザウはむっつりスケベだ。美少女大好き!!


 魔術師はニタリと笑う。

 ティモテ=アルカンシェルの創世樹は大きく根を張っていた。今までバザウが直面したどの創世樹よりも強靭に育っている。

 ほんのわずかでも、口に出さずとも。ティモテが掲げる真理に心の中で共感しただけで、ターゲットは彼の創世樹に取りこまれる。問答無用の情け無用で。

 魔術師の問いかけに対し彼の魂が正直に同意した瞬間に、バザウの運命は決まったのだ。バザウの魂はティモテ=アルカンシェルの世界に取り込まれた。


 チリル=チル=テッチェは真面目で用心深い。バザウというゴブリン一匹を確実に抹消するために、チリルは手加減も妥協も容赦も接待も舐めたプレイも一切しなかった。

 ルネ=シュシュ=シャンテやシア=ランソード=ジーノームといった高位の存在からの庇護が届かなくなった好機を逃さず、厄介者の失敗作を始末する刺客を手配する。差し向けたのは、小さなゴブリンなどたやすくひねりつぶせるほどの実力者。

 獅子は兎を狩るにも全力を尽くす、という言葉がある。チリルはゴブリンを狩るにあたってまさにその言葉を実行した。


 バザウはもはや自力では逃げられない。このままゆっくりと作られた世界の中で消化されて、ティモテ=アルカンシェルの創世樹をより巨大に肥やす養分になるだろう。




 ***




 中庭の柔らかい芝生の上で、彼はしばらくポカンとしてた。まあ、当然よね。

 どうやらティモテ学園長が直々に呼んできた転入生みたい。でもこれって、けっこう珍しい事態かも。最近だとわざわざスカウトしなくても自然に男子生徒が増えるようになってきたから……。

 新入りの彼は堅いローファーも圧迫感のある靴下も大嫌いみたいで、座った姿勢でどうにか靴を脱ぎ捨てようと奮闘してる。制服が苦手そう。

 可哀想だけど、生徒はその服を着るのがこの世界のルールなんだよね。


 そこにそっと近づいて、靴を脱ごうと悪戦苦闘してる彼に話しかける一人の少女。


「こんにちは! 転入生くんだよね? 七空ななぞら学園にようこそ!」


挿絵(By みてみん)


 そういってくりりと小首を傾げれば赤いポニーテールがゆれる。

 相手に疑問を介在させないほどのまぶしい明るさでハキハキと自己紹介。じつに手慣れたスムーズな流れ。


「ラブリだよ! よろしくね。ラブリとお友達になってほしいな。名前はなんていうの?」


 ゴブリンは芝生に座ったまま眉間にシワをよせている。

 でも彼は別にラブリのことを邪険に思ってるわけじゃなさそう。考えこんでいる。困った顔をして彼は自分の額に手を置いた。


「俺の名は……。森で産まれて……。……を呼ぶ……? あと、数字と俺以外の誰かの名前が含まれていて……」


 記憶があやふやになっているみたい。ああ、大丈夫、大丈夫。それが普通だから。

 この世界を心ゆくまで堪能するのに、煩雑なリアルの情報なんて必要ないからね。特に既存の人間関係は全部忘れちゃってもかまわない。

 その方が私たちが作業を進める上で何かと都合も良いし。

 たっぷりの沈黙の後、ゴブリンは力なく名乗った。


「……バザウだ」


「バザウくんだね!」


 名前がわかったところで、ゴブリンにぶつかっちゃうんじゃないかってぐらい前に踏み出して、ぐっと接近。

 初対面の相手だろうと、親近感たっぷりの笑顔とボディタッチでグイグイと積極的に攻めていきます。これがラブリの戦法。

 ラブリが近づいてきたから、ゴブリンは焦って立ち上がろうとした。

 でも彼は気に喰わない堅いローファーを脱ごうとあれこれしてたから、バランスを崩して……。

 こけた。


「あ」


 彼のノドから、小さなかすれ声がもれる。

 姿勢と位置関係からすると、ラブリのスカートの中が見えたんだろうなあ。

 というか、表情を見ればわかる。

 見えたんだね。

 ……。

 ラッキーだったね、転入生! こういう都合の良い偶然は七空学園だとよくあることだから!


「きゃー!」


 脳天気さをベースに申し訳程度の恥じらいを絶妙に配合したラブリの悲鳴。


「もうっ、エッチー!」


 ラブリは頬をふくらませ腕組みのポーズをしてみせる。

 これで動揺したのかな? ゴブリンが当惑しながら慎重に謝ると、ラブリは優しそうな笑顔を向けた。


「あはは、大丈夫! ラブリは本気で怒ってないよ。さっきのは事故だもん。わざとやったわけじゃないもんね」


 驚いたり、怒ったり、微笑んでみせたり。ラブリの表情はコロコロ変わる。最後には相手を落ち着かせる優しい言葉をかけてやった。

 はい。そうやって様々な感情を駆使して相手の心を揺さぶっていくのが、ラブリが得意とする戦闘スタイルです。

 印象に残るボーイ・ミーツ・ガールの演出は、打算と計算に基いている。


 ……という転入生とラブリのやりとりの一部始終を見ていたのは、何を隠そうこの私。


挿絵(By みてみん)


 七空学園の女子生徒で図書委員。緑色の二本三つ編みがトレードマーク。この髪は少し癖っ毛なのよね。眉毛は濃くて太い。

 基本的に眼鏡は寝る時と顔を洗う時にしか外しません。細い金属フレームと丸レンズで、アンティーク風なところが気に入ってる。

 顔にソバカスまであるのは、いくらなんでも属性の過剰搭載な気もするけど……。


 私は妖精族の一員、ホブゴブリン。正確にいえば、そういう設定になっている、って感じかな。この辺りの事情は少し込み入ってて複雑なの。

 主にのどかーな農村とかで人間族と平和的に共存しているゴブリンの一種。それがホブゴブリン。

 ホブゴブリンの男の体格は並ゴブリンよりも大型に成長するの。その大きな体格から、ゴブリン族の上位種とみなされることもあるみたいね。

 ホブゴブリンの女は温厚で家庭的な面があることと、成長してもそんなに大きくならないことで一部のマニアには人気です。

 けれどあまりにも特徴的な大きさの耳と鼻、人間ではありえない肌の色から、たいていの人からは絶賛「不人気」だとか「いらない子」認定をいただいております。


 でもって、あの転入生は野蛮で低俗でマヌケなことで有名な並ゴブリン。

 いっしょくたにはされたくないけど、ホブゴブリンもゴブリンも他の種族からは同じに見えるんだろうなー。きっと後でみんなに冷やかされるよ。はあ……、憂鬱だわ。


 でも、ころんだ時にチラッと見えた彼の鼻の穴の形は、けっこう魅力的に整ってた。あの鼻は格好良い……かもしれない。

 大きい鼻が美形の条件なのは、ホブゴブリンでも並ゴブリンでも共通認識。

 鼻孔の形状に関してはゴブそれぞれ好みがわかれるところだけど、私は切れ長タイプが好き。鼻の穴の奥に広がる闇も濃い方が良い。たとえ明るい日差しの中でも、そこだけは夜の帳がおろされているかのように、ミステリアスな闇を宿した深々とした二つの穴……。あのゴブリンはそういう素晴らしい鼻を持っていた。

 オーク族みたいに常に鼻の穴が丸見えの顔立ちはセクシーだと思うけど、なんかロコツだからいまいち萌えない……。

 やっぱり異性の鼻の穴は、ふとした瞬間にチラッと見えてドキッとするぐらいが良いと思うのよね! 鼻の穴がいつも見えてたら、ありがたみが薄れるってもんでしょ?


 あと、あのゴブリンは頭髪が生えない体質らしい。髪でごまかせないから、頭の形がストレートにわかっちゃうのよねー。

 すごい……こんな完璧なハゲ頭ってはじめてお目にかかる。ソラ豆みたいな頭蓋骨が描く曲線は芸術的で、盆の窪のへこみと首筋のラインに私の視線は吸い付けられる。キレイだ。目が離せない。


 彼が生き物だなんて、にわかには信じられそうにない。どこかのお金持ちが一流の芸術家に頼んで特注で作らせた成人ゴブリン男性の彫刻じゃないの?

 うん? ちょっと待って。とすると、実はこの転入生は並ゴブリンじゃなくてガーゴイルだったって可能性も……?

 とりあえず、そうね……。見た目、だけなら、許容範囲内。嫌い……じゃない。

 って、何考えてるんだろう、私! 相手はゲスで悪名高い並ゴブリンなの!!

 ふう。たとえ心の中の叫びでも、気に入らない相手には思いっ切りNOを突きつけることができるって爽快!


 それにしても……。この学園せかいにゴブリンがやってくるなんて珍しい。それも偶然迷いこんだわけじゃなくて、学園長直々のスカウトとなると……。

 ティモテ学園長は、どうしてこんなゴブリンなんかを引き込んだんだろう? なんだか、わけありの予感。


 でも結局は、どんな事情があろうとなかろうと、私たちが好むと好まざるとにかかわらず、……学園にやってきた転入生は歓迎してあげなきゃいけないわね。


 放課後になったらみんなで特別温室に集まらないと。気は進まないけど、ミーティングに遅れたら針のムシロだから。あーあ、面倒だな。読書の時間が減っちゃうじゃない。

 あのゴブリンが登場しなかったら、放課後にゆっくり読めたはずの本の表紙を丁寧に撫でてから、私は軽いため息をついた。

 私が読みたかった本の内容は、見しらぬパリという都市の19世紀の公衆衛生対策に関するものだ。




 予定どおり放課後に温室にいく。学園の敷地内に設置されたオシャレな外観のガラス温室。一般生徒の立ち入りは禁止されていて、内部に入れる生徒は決められた七人の女子のみ。

 温室にはすでにラブリの姿があった。軽く手を振る彼女を見て、私はさりげなく腕時計を確認する。大丈夫。私は遅れたわけじゃない。

 用心しないと。どんな些細なことでも弱みや非は見せない方が良い。いつどこで誰が私の揚げ足を取ろうとするか、わかったものじゃないもの。


 温室の中央には、見る者を圧感するようなウツボカズラが鎮座している。七つのツボには虫を溶かす蜜がたっぷり。この植物は蠱惑的でフェティッシュな雰囲気をかもし出していた。

 ティモテ学園長がとても大切にしている植物だ。

 巨大ウツボカズラの鉢植えを囲むように、生き物を模した金銀銅のオブジェが静かに輝いている。金のツルに銀のネコ、そしてさえない銅の鳥。この醜い鳥の名前は、ヨタカというらしいわ。


 チラホラといつものメンバーが集まってくる。ウツボカズラを取り巻くように置かれたアイアン製のガーデンチェア。それぞれの定位置に着席。

 これで七空学園の七人の娘がそろった。


 赤のラブリ。ポニーテールと笑顔がトレードマークのサキュバス。

 彼女のその笑顔は、見る側が男か女かによってまったく別の印象を与えることでしょうね。

 その人気の高さから学園のヒロインの中でも特に大きな発言力を持っていて、私はどうも苦手……。


 橙のレム。明るいオレンジ色のショートヘアだから、パッと見はボーイッシュな感じ。

 でも中身まで元気印ってわけじゃなくて、むしろ性格はクール系とかミステリアス系に属すると思う。

 レムの目はすごく大きいけど一つしかない。SFに出てくるロボっぽいけど、設定ではあくまでもファンタジーのゴーレムなんだって。


 黄のヤコ。キツネの耳と尻尾が生えている。耳と尻尾があるだけでマズルはない。爪は鋭いけど手足はモフモフしてない。

 ところどころ和風だけど地毛の金髪が目立つから、全体的には和洋折衷っぽくなってる。

 生徒会長ってポジションでよく威張ってる。だけど私がそんなにムカついてないのは、それが彼女の虚勢だって見え見えだから。


 で、緑の私。ノーコメント。次いきましょ次。


 青のセーレ。歌が得意。お上品でお優しいお嬢さん。

 しょっちゅう自分を悲劇のヒロインに仕立てあげて悦に浸っている。自分可哀想ごっこをするためなら、無関係の人間に悪役を押し付けることもいとわないというステキな根性の持ち主。

 ……嫌なヤツなんだけど、彼女がこうなった経緯を考えると少しは同情したくも……いや、やっぱ無理だわ。


 藍のウルル。子供っぽくて泣き虫なバンシー。白肌に鮮烈な赤目。

 ずるいところもあるけど、たいてい本人の浅はかさが原因で抜けがけは失敗する。イライラさせられる時も多いけど、無能さゆえに無害な存在だから私はそれほど嫌いじゃないかな。

 ただ、本の延滞がしょっちゅうなことと、ようやく返ってきた本のページにお菓子の食べかすが挟まっていることが多いのは許せない。


 紫のザンビナ。保健室の常連。体のあちこちにツギハギ状の傷がある。体からはほのかに火葬場と大病院の待合室の臭いがする。

 いうまでもなくゾンビです。以前の彼女は、近づきがたい見た目に反してけっこう気立てが良かったりして、友達付き合いしやすいタイプだった。

 今は……ある事件を境に変貌してしまった。もう前みたいには関われない。


 私たちは七空学園の七人の女子生徒。稀代の魔術師の手によって光のプリズムから作られた娘たち。

 消えたくないなら、人気者にならなくちゃ。

 光輝くためには星が必要。この学園にやってきた転入生が、私たちに星の輝きを与えてくれる。転入生から与えられた星……すなわち獲得した人気の量こそが私たちのヒエラルキーに直結する。

 この学園において、人の好意感情は星という形で実体化する。


 だから私たちは星を渇望する。奪い合う。策謀を巡らせる。

 この学園に迷いこんだ者の心を勝ち取るために、ありとあらゆる手段を使う。

 温室のウツボカズラの中では、ねっとりとした消化液に浸されて、たくさんの虫の死骸が折り重なっている。


 さあ。新しい養分をめぐって会議がはじまるわ。

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