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バザウ、君は賢すぎる  作者: 下山 辰季
第四部

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ゴブリンと退屈と危険

「へえぇ! そいつはご高潔な決意だこと!」


 ルネはバザウに背中を見せた。憎らしいことに、薄っぺたい尻をクイッと振って。

 バザウは表面上は冷静さを維持した。

 覚悟だけがあれば良い、というわけではない。自分の要求を通すにはそれなりの手順がいる。それだって上手くいくかの保証はない。

 ここは創世樹の領域ではない。個人の心のあり方次第で世界法則さえも覆せる? そんな夢みたいなことは起こらない。

 けれど、いかに微力であろうと世界に干渉すること自体はゴブリンにだって可能である。生きている限りは。


「これから俺が話すのは互いの利益となり得る提案だ」


 ルネの所業を糾弾するのは時間のムダだ。バザウもルネも、単なる綺麗事に貸す耳など持ち合わせていない。

 話の喰い付きを良くするために、バザウは利益という言葉を強調した。


「まず確認しておこう。そもそも計画の妨害作業は……、お前にとって苦労の多い面倒事でしかないのでは?」


 以前ルネが何気なくこぼした愚痴をバザウは聞き逃してはいなかった。


「ルネ。自分本来の願望を思い出してみろ。毎日ゴロゴロ自堕落にすごせる未来と、頭を悩ませるしんどい作業が続く未来……。どちらがお前の理想だ?」


 即答で。


「毎日ゴロゴロ!!」


 予想通りの回答にバザウはひとまずホッとする。読みは外してなかったようだ。

 ルネ=シュシュ=シャンテは生真面目な性格ではない。創世樹計画の妨害は、さらに上位の神から与えられた義務のようなものだと、うんざりした顔で以前いっていた。

 職務遂行への熱意だとか責任感だとかは、ほとんどなし。


「ならこれは、面倒で気苦労の耐えない厄介な仕事と距離を置く絶好のチャンスじゃないか? 抱えた仕事を肩代わりしてくれる存在なんて、そうそういやしないぞ」


 空中にふわっと浮かび上がり、ルネは腹ばいの姿勢で頬杖をついた。

 少し考えこんでいる様子だ。おそらく損得勘定の計算でもしているのだろう。


「んー……。そうねー……。妨害するのもわりとかったるいんだよねぇ。なんでこのアタシが人間ごときの気持ちを考えて行動しなくちゃなんないのー? ってムカツクことも多いしー。アタシだって好きでやってるわけじゃないしー。上位の神にせっつかれて、しょーがなーくこんなことやってるわけよ。おわかり?」


「ああ。わかる」


 ルネは笑みを深めてバザウを見た。


「その過程でちょいと誰かの人生を破滅させてやるのが、良い息抜きだったよ。ストレス解消にピッタリ!」


 爪が喰い込むほどに拳を握る。だが、殴りはしない。

 今バザウが立ち向かっている相手は、どんな罵声も暴力も通用しないし、一般的な倫理や常識など歯牙にもかけない者だ。

 バザウにできるのは利害関係を問いて交渉すること。状況を自分の望む方向へ変化するよう促すこと。それだけだ。

 軽く牙を剥き出した口元を動かし、歪な笑みへと作り変える。


「その苦労を俺が肩代わりしてやろう。悪い話ではないはずだ」


 ルネは寝そべった姿勢から空中で座りこんだ。猛禽の爪先をぴっこぴこ動かしている。

 極彩色の渦巻く瞳で品定めをするようにバザウの表情をジッと見た。


「ふむ。ちょいと上の者の意見も聞いてみるとするかね」




 岩場には奇妙な地層が連なっていた。まるで岩や鉱石で作られたパイ生地のようだ。

 その神が姿を見せると同時に周囲一帯の空気が震撼する。古代の地層は声にならない声を上げこの神を畏れた。


「縞状鉄鉱層。美しい模様だよね。懐かしいなぁ、ここも大昔は海の底だったのさ」


 人に近い形態で出現したが、人ではない。

 シア=ランソード=ジーノーム。

 気の遠くなるほどの昔から存在し、世界に大規模な変化をもたらした、ある藻類が神格化したものだ。


「久しぶり。あの時のゴブリンくん。名前はたしか……バザウ、だったね」


 バザウとは一度面識がある。


「まあ、とりあえずはメロンソーダでも飲もうじゃなあないか。話はそれからだ」




 創世樹計画の妨害をルネに任せているのは、シアの考えによるものだった。


「ルネ=シュシュ=シャンテに計画を妨害させているのは、対の神が実行中の反逆行為への罰ってだけじゃないんだよ。一番適任だと判断してのことなんだ」


 バザウが疑問を挟むより先に、シアは説き伏せるように話を続ける。


「ゴブリンくんはすでに身を持って理解しているだろうけど、この任務はけして爽快にヒーロー気分を味わえるようなものじゃない。ドロドロとした他者の情念に触れ、時には怨讐の念を浴びることにもなるだろう。最重要目的はあくまでもチリル=チル=テッチェの計画の妨害。その過程でとった行動が仮に誰かを救済または破滅させる結果になったとしても、それはその時だけの偶然でしかないんだ。どうでもよいことだね」


 一口分ほど、シアはメロンソーダをストローで吸い上げる。


「僕がこの任務の執行者に期待したいのは、善意ではなく悪意なんだよ。ふてぶてしさもあると良い」


 シアとバザウは、全く同じタイミングで全く同じ者に視線を向けていた。

 視線の先にはご機嫌な様子のルネがいた。


「アッハァ! 見て見て! サクランボの茎、舌で結んじゃった」


 シアはちょっとあきれた顔をした後に咳払いをして、バザウの方へと目線を戻す。


「そう。魂や感情の動きというものを理解したその上で、強い意志を持った者を嘲笑い、大切な信念に泥を塗り、必要あらば躊躇せずに誰かの命だって簡単に奪えるような。そんな神材じんざいこそがふさわしい。まあ、身も蓋もないいい方をすれば、嫌がらせにやりがいを見出すぐらいの性根の悪さじゃないとこの役目はマトモに務まらない。ルネ=シュシュ=シャンテ以上の適任者はいないと、僕はそう思っているよ。何か反論はあるかい?」


 ルネの挙動には怒りを感じるし、デンゼンの死を思うと悲痛な思いにかられる。

 バザウはルネを非難するため頭をフル回転させて考えた。デンゼンを生かしたまま創世樹計画も妨害できる名案があったのではないかと。そしてルネよりも自分の発想が優れていると証明したかった。

 しかしどれだけ考えても、最善の方法は見つからなかった。デンゼンに課せられた食の戒律は、彼の命と強さへの固執に密接に絡んでいる。


「……」


 バザウは自分の頭脳の限界を感じた。デンゼンを救う方法を見つけられない。強さの創世樹を枯らすには、デンゼンを餓死させるしかなかった。

 感情的には納得できないが、理屈の上ではこう認めるしかない。強さを信じる悪魔を餓死させた。創世樹の芽をつむという意味において、今回のルネの行為は……必要悪であった。


「現状維持こそが君の魂にとっての安全地帯になるのさ。ルネの駒でしかないって立場は心を守るための砦だよ。自分が実行者になるより、あくまでもルネ=シュシュ=シャンテが使う駒の一つという立場でとどまっていた方が、君にとって断然心理的負担が少ないと思うけど」


 シア=ランソード=ジーノームはこう締めくくって、バザウの反応を待った。


「頭の良い人間なら、きっとその忠告どおりにするのだろうな……」


 バザウは脱力したようにぶら下げていた手を固く握りしめた。


「だが俺は欲深いゴブリンだ。失敗も、苦悩も、罪悪も……自分のものにしたいんだ」


 飾り立てずに正直にそう答える。

 バザウを突き動かしているのは、清らかな義憤でも慈悲でもなく、自己の運命の主導権を持ちたいという欲望。

 自分の運命を自分で選択できないもどかしさが一番の理由だ。デンゼンの死を、自分を立派に飾り立てる言い訳にはしたくはない。


「俺は創世樹のことやチリル=チル=テッチェのことを……もっとしりたい。自分の意志と考えで動くために」


 神の機嫌を損ねれば、ゴブリンのちっぽけな命など簡単に消し飛んでしまう。

 神々にとってのバザウの存在が不利益であったり無用であった場合も、この小さな命の存続は危うくなる。

 シアが説明したように、不満を感じても大人しくルネにあやつられている方がマシなのだろう。


 それでも二柱の神を前にしてバザウは宣言した。

 バザウは神の判断がくだされる瞬間を静かに待つ。

 メロンソーダを堪能していたシアの唇が、ストローから離れた。


「そう。ゴブリンくんの愚かな決意はわかった。利口な人間なら、まずしないような決断だね」


 遠い世界のとあるゴブリンにまつわるこんな話がある。

 隠れ場所でジッとしていたそのゴブリンは、やがて退屈よりも危険の方がマシなのではと、真剣に思い始めたという。

 人間たちはそのゴブリンを愚かだと笑う。

 だが今のバザウは、そのゴブリンを笑う気は少しもない。

 バザウの魂が欲しているのは、死んだような退屈から得られる安楽ではなく生きた挑戦とそれに伴う危険だった。


「シア=ランソード=ジーノームの名において、新たな一歩を踏み出した君を祝福しようじゃあないか! ルネの運命劇場芝居の駒で収まっているには……。バザウ、君は賢すぎる」

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