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バザウ、君は賢すぎる  作者: 下山 辰季
第四部

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53/115

ゴブリンと一筋の爪痕

*流血描写あり。全年齢程度の表現ですが、血が苦手な方はお気をつけください。

 デンゼンは老人を保護する気もなければ、自分の身を守るつもりもないらしい。


 何も臆さぬ接近。

 獣の側面へと陣取る。

 そして躊躇なく繰り出される、頸部を狙った一撃。


 筋肉と骨格がぶつり合う鈍い音がした。


「無茶な!! 丸腰だぞ!?」


 館の中で誰かが叫んだ。

 身一つで人間が野獣に勝てるわけがない。


(……掌底か?)


 デンゼンの動きを見て、バザウはまず最初にそう思った。

 絶叫に似た咆哮が獣の口からほとばしる。

 激しく身をよじり、暴れ狂う。

 ケガを負った老人は這って逃げ出す。

 デンゼンは獣の首をつかんだまま微動だにしない。


(なんだ……?)


 獣の毛皮が、じょじょに体液で赤く染まっていく。

 デンゼンの指は牙だった。

 彼が突き出した指は毛皮を貫き、獣の肉にまで喰いこんでいた。


(……!? こんなことは、尋常な人間の力ではありえない!!)


 バザウの見間違いではない。

 その証拠に。

 デンゼンがその腕を引いた時に、毛皮ごと肉片が削ぎ取られていったのだから。


 獣は激痛にひるむことなく猛然と牙を剥き爪を振るう。

 果敢な抵抗。


 デンゼンの体から赤いしぶきがほとばしった。


 獣は本気でデンゼンにむかっていった。

 先ほどまでの、わざと老人を痛めつけていた時のような遊び半分の動きではない。


 野生の感覚で、獣にはわかっていたのだろう。

 デンゼンは獲物ではない。

 全力を出して退けねばならない天敵なのだと。




 まるで嵐の晩のように。

 屋敷の外では、二つの力がせめぎ合っていた。


 怒りに満ちた唸り声が聞こえてくる。

 これは果たして獣のものか。それともデンゼンの声なのか。

 バザウにもわからない。


「バザウさま……。怖いね」


 恐怖と不安で今にも泣き出しそうな子供。


「デンゼンは勝てるのかな?」


「……ああ、きっと」


「きゃあっ!」


 突如、少女の悲鳴が上がる。

 屋敷内の誰もが、ぎょっとしてそちらに振り返る。

 視線の先には、自分の手を押さえた涙目の少女と、すまなそうな顔をした母親がいた。


「あ……っ、その、こんな時にお騒がせして申し訳ありません。大丈夫ですから。本当に大したことじゃないんです。うちの娘が、飼いネコをついキツく抱っこしすぎただけで。それでネコが怒って暴れたんです」


 母親の弁明のとおり、すっかり憤慨した様子のネコが混雑を避けて家具の上に陣取っている。

 少女の手には、鋭利な刃物で裂かれたような赤い筋が並んでいた。

 不機嫌な飼いネコでさえ、前足をちょっと動かしただけでこの始末。

 本気を出した大きな大きな野生のネコなら、前足一本の一振りで人間の体なんてズタズタにしてしまう。




 永遠に続くかと思われた戦いは、夜明け前に決着がついた。


 薄明の中、デンゼンの体から白い湯気が立つ。

 それだけ激しく動いたせいだ。


 地面に横たわる獣の傷口からも湯気が出ていた。

 肉体に残った熱はもうじき冷めることだろう。


「もうドアを開けても良いでしょう」


 リコ・ピンの判断で厳重に閉ざされていた屋敷のドアが開かれる。

 ドワーフたちの図体をかき分けてバザウは一目散に外へ飛び出す。

 バザウの後には逃げ遅れた老人の家族が続く。

 その他は誰しも屋敷の中にとどまったままだった。

 村をおびやかしていた人喰いの魔物は、英雄によってまさに倒されたというのに。


「デンゼン!! ケガを見せろ!!」


 戦いには勝利したものの、デンゼンもかなりの傷を負っていた。

 膝をついて、荒々しく息をしている。

 赤く濡れた体。どこまでが彼の血で、どこまでが獣の血なのか。区別がつかないほどに。

 

「ダメだ。くるな。バザウ」


「……俺はお前をたった一人で戦わせた。力の差がありすぎて、加勢をすることさえもできなかった。せめて……傷の手当ぐらいはさせてくれ」


 デンゼンはうつろな視線をさまよわせると、首を横に振った。


「バザウ。小さなヒスイの神。俺に、触れてはならない。俺は、赤く、穢れた。だから、いけない」


 朦朧した目。

 幾筋もの深い傷。

 呼吸のたびに上下する肩。

 そんな状態でもデンゼンは信仰心をないがしろにすることはなかった。


「……」


 バザウは黙って豪奢な飾り帽子を脱いだ。


「……自らが穢れる……という理由で、病んだ者や傷ついた者を振り払うのが、お前のいう立派な神の条件か……?」


 バザウは静かにデンゼンの腕をとる。

 彼の手は震えていた。

 デンゼンがひゅっと息を飲んだ。

 赤く汚れた口元がわなないている。


挿絵(By みてみん)


「なら俺は神になどならない」




「お爺ちゃーんっ!」


 興奮した少年の声。


 ケガをしているのはデンゼンだけではなかった。

 逃げ遅れ、獣に傷つけられた老人だ。

 手足や背中にいくつもの傷がある。彼にも治療が必要だろう。ただ不幸中の幸いで、痛々しくはあるがどれも致命的なものではなさそうだ。


「良かった。お爺ちゃんが生きてて良かった! デンゼンは命の恩人だよ!」


「うう……っ。……ろ……しい……っ」


 老人が小さくうめく。


「どうしたの? あっ、傷が痛むんだね?」


 心配そうな問いかけ。

 だが、彼の孫の推察は見当違いのようだ。


「デンゼンは……いかん。アイツは恐ろしい……」


 バザウの長い耳にはヒソヒソと小声で話すしゃがれ声もよく聞こえた。


「どうして? 危ないところを助けてもらったのに。デンゼンは英雄だよ!」


「あの若者は獣を打ち負かした。たった一人で、力任せに」


 老人は枯れ木のような腕をギクシャクと伸ばす。


「知恵でも……、技術でも……、数頼みでもなく……」


 指し示す先には。


「力でだ」


 激闘の末に息絶えた魔物の死体。


 バザウの耳には、困惑したドワーフたちのささやきも届いた。


「あの若者の強さをこの目で見たが……。どうも腑に落ちんものがある」

「ああ……。いくら頂の民随一の猛者とはいえど、生身の人間には限度があろう。武器や罠を用いずに、人が猛獣に勝てるとは思えん」

「ヌァッハッハッハッ! そうとも! 我らたくましきドワーフならともかくな!!」

「……」

「……」

「……ヌハハ……」


 精鋭ドワーフから見ても、デンゼンの戦いぶりは異常に映ったらしい。


「でもデンゼンは実際に一人で悪い獣を倒しちゃったよ! 凄い戦士じゃないか!」


 無邪気に英雄を称える少年の声だけが響いた。

 少年のほかは、誰もデンゼンを褒め称えはしない。

 村人たちが目にしたもの。

 それは獣に挑む勇者の姿ではない。

 二頭の猛獣による争いだ。

 その二頭を恐れ、気性の荒い村の番犬たちすらも近寄れずにいた。


(……好き勝手にいってくれるものだ)


 バザウはデンゼンの顔へ視線を戻す。

 周りがなんと騒ごうと、今はボロボロのデンゼンを休ませてやりたい。


「傷の手当をしなくては……」


「バザウさま。これを使いなせえ」


 一人の老人が酒の大ビンを持って近づいてきた。


「ありがとう」


「や。お安い御用で」


 老人はバザウに対して一礼したが、デンゼンと目が合うやいなや、そそくさとその場から離れていってしまった。


「……」


 ただでさえ村人から忌避されているデンゼンだが、全身を血で真っ赤にした今はさらに近づきがたい異様な雰囲気を放っている。


「少し、しみるかもしれない」


「ん」


 屈んでいるデンゼンの頭に酒をそそぐ。

 少しずつ血が洗い流されていく。


 獣の爪によって削がれたのだろう。

 血と泥で汚れきった彼の顔には深々とした傷が残っていた。

 鼻梁を真横に走る、一筋の爪痕。

 その傷はこの村の成人の儀式で施される証に酷似していた。


「……戦士の傷……?」


 バザウは思わずつぶやいた。

 その声を耳ざとく聞きつけて、少年がひょいとやってきた。


「わあっ、すっごい! これって正真正銘、戦士の傷だよ! デンゼンは本当に戦士になったんだ! この村の英雄、バンザーイ!」


 遠巻きに集まっていた村人たちがどよめく。

 だが、そこには恐怖や嫌悪だけでなく、かすかな畏敬の念が含まれはじめた。


 デンゼンは粗暴な上に、人間離れした強さを持った青年だ。

 彼はバザウというヒスイの神と出会い、そしてついに人喰いの魔物を討ち倒した。

 たしかにデンゼンは特殊で異質な存在である。しかしその異常さは悪いものではないかもしれない、と村人たちは考えはじめたようだ。

 デンゼンは神に選ばれた特別な英雄だと。


「忌まわしき呪われた者よ」


 テオシントが姿を現すまでは。




「ぅ、グル……ッ、テオシント!」


 デンゼンは口と鼻から血を垂らしながらも、テオシントに挑みかかろうとした。


「……やめておけ。ジッとしていろ」


 バザウがそれを止める。

 今のデンゼンの体で戦うのは無理だ。まだ応急処置の止血さえ不完全なのだから。


 落ち着きのない群衆の中に混じって、ただ一人。

 リコ・ピンだけは怖いほどに冷静な眼差しでこの状況を静観していた。


「……」


 バザウはそれとなく移動する。

 戦いで消耗したデンゼンと、テオシントの間に。

 何があっても自分がすぐに対処できるように。


「フン……。ずいぶんと遅いお出ましだな。人喰いの獣が襲来する中、お前はいったいどこにいた?」


 テオシントは軽く目を閉じて答える。


「私の魂は狂った虹にいざなわれ、夢の世界を飛んでいた」


(ルネ=シュシュ=シャンテの干渉か……)


「……傷ついた者がいるようだな。シャーマンとして、適切な対応をしよう」


 テオシントはこの小さな村の貴重な癒し手だ。

 だがデンゼンがその恩恵を受けることはない。

 ついこの前まで、デンゼンは自分で傷を舐めて治す手段しかしらなかったぐらいだ。

 テオシントはデンゼンを無視して獣の襲撃騒動でケガをした人々に近づいていく。

 まずは獣に引きずられて重症の老人に、次は逃げる時に足をくじいた者、その次は転んで額にすり傷を作った者。


「ううん、まあ、いや……。ありがてえんだがよ。あー、……あっちは良いのか?」


 比較的軽症の村人が戸惑ったような顔をして、デンゼンの方を指さした。

 テオシントは心底憎らしげに、傷ついたデンゼンを睨みつける。


「私がヤツの傷を治すなどありえない。できるものなら、今すぐこの手でその悪魔を地獄へ送り返してやりたいところだ」


 バザウは全身に緊張を走らせた。

 いつテオシントが不穏な動きをしても即座に対処できるように。


「だが、それは……かなわぬ願い」


 呪術師は憎悪の視線をスッとそらした。

 もっとも、デンゼンヘの敵意を消したわけではない。


「力づくで息の根をとめたところで、本当にその悪魔を殺したことにはならぬ」


 ルネ=シュシュ=シャンテも、デンゼンについて同じことをいっていた。

 デンゼンは創世樹の宿主。強さという価値観を養分とした一本の心の大樹。

 より強い力で叩きのめしたところでその根本の価値観は揺るがない。

 さらなる強さを求めて、創世樹は深く根を張り、枝葉を伸ばす。


「皆の者、惑わされることなかれ。それは我が村の英雄などではない。黒い流れを生きる穢れた悪魔だ」


 はりのある声でシャーマンは告げる。


「戦士の傷を授けるのは、父から子へというのが古よりの習い。人喰いの獣がデンゼンに傷をつけた。デンゼンは人喰いの獣を殺した。やはりこの者は呪われている。デンゼンは野獣の息子であり、同時に父親を殺す者だからだ」


 テオシントの発言に大半の村人が無言で頷く。

 デンゼンを見る村人たちの目は、もはや英雄へむけられるものではなくなった。

 脳天気な少年だけは、意味がわからないといった顔をしてポカーンと突っ立っていた。


 バザウは苦々しく思いを吐き出した。


「……だが忘れるなよ。デンゼンが血を流して戦っている間、俺も含めてほとんどの者が安全な場所に隠れていたことを」




 バザウ一人がデンゼンを家まで連れて帰るのは、ぐったりするほど大変な道のりだった。

 デンゼンはなんとか自分の足で歩けたが、杖代わりになってその体重を支えるのは小さなゴブリンの体にとってかなりの負担だ。

 その上、無事に家についた後も……。


「おい……。さっき巻いばかりの包帯が、床に落ちている理由を説明してもらおうか?」


 バザウが少し目を放した隙の出来事。

 寝床に横たわりながらデンゼンは包帯を引きちぎり、腕にできた傷を舐めていた。


「ぺっ。まずい」


「それはそうだろう。薬が塗ってあるからな」


 デンゼンに治療を施すのは野生動物を手当てするぐらい困難だった。

 

「あー、もう! 傷をいじるんじゃない! 大人しく寝ていろ!」


「眠れない。ヒリヒリする。肉が、空気にさらされて、痛い」


 バザウにできることはごく基本的な傷の処置だけだ。


(……俺にできることなど、たかがしれている……)


 デンゼンの苦痛を取り除くこともできなければ、その痛みをほんのわずかでも共有することもできない。


「フン、ガマンしろ。結局はお前の生命力次第だ。せいぜい自分の体を信じることだな」


 バザウはデンゼンの頭部へと、ぶっきらぼうに手を伸ばした。

 彼の短い髪をなでるとパラパラとたくさんの砂粒や土くれが寝台の上にこぼれる。


「俺がお前にしてやれることは……もうない」


「いや、違う。バザウ。大事な役目が、まだ残ってる」


 デンゼンは鼻筋を裂いた爪痕に指先で軽く触れてみた。


「傷をしっかり残すために、炭粉で色をつける。それは、一生消えることのない、戦士の傷」


「ククッ、そうだったな」


 デンゼンが一休みして体力を取り戻したら、すぐにでも儀式に取りかかってやりたい。

 戦士の傷を得る。それこそがデンゼンの望みだった。

 バザウは儀式に必要な品々や手順を思い返した。


「でも、バザウから、傷を授かる資格が、本当に、俺に、あるんだろうか?」


 ふいにデンゼンの声が暗くなる。


「何をいっている。テオシントがどういおうと、お前はまぎれもなく俺が見こんだ英雄だ」


「そのことじゃない。俺がもっと強ければ、こんなケガ、しなくて済んだ」


「……」


「俺がもっと強ければ、俺が流した赤い血に、ヒスイの肌が、触れることも、きっと、なくて……。そして、神聖な……、尊い……。でも、穢れた。汚い。俺は、汚いから」


 デンゼンは牙をむき出して、髪の毛を逆立たせた。

 彼が心のタブーに触れてしまった時の発作だ。

 不規則な荒い呼吸。

 目を見開き、バリバリと自分の体を引っかきはじめる。

 閉じかけていた傷がまた開いて、ジワリと包帯を染めた。


「やめろ! 落ち着け、デンゼン。大丈夫、大丈夫だから……な」


 暴れるデンゼンの手を抑えつける。


「……お前が気に病むことは何もないんだ。何も……」


 バザウは意を決すると静かに口を開いた。


「デンゼン、大事な話だ。真実を明かそう。……俺は……、本当の俺は、お前に信奉されるような崇高な存在などではない」


 言葉の一つ一つがバザウのノドにはりつく。

 それでもバザウは話を続ける。


「ゴブリン……という種族は、産まれつき緑の肌を持っている。この山の人間たちはゴブリンのことをしらないようだが、大多数の人間はゴブリンを取るに足らない生き物だと蔑視している。……俺はそういう存在だ」


 恐ろしかった。

 いつデンゼンの怒りがむけられるのか。

 手負いの状態でもデンゼンがその気になれば、ちっぽけなゴブリンの命など簡単に奪えるはずだ。


「……俺はお前の誤解を解かず、ヒスイの神の伝承を利用した。全ては自分の欲を満たすためだ」


 それでも殺される前に、これだけは伝えておかなくては。

 震える舌を動かして、バザウはデンゼンに告げる。


「だから……お前は神聖なものを穢したわけではない。それは保証する。……浅ましく意地汚いゴブリンが、これまでお前の信仰心につけこみ騙していただけの……、ただそれだけのこと」


 バザウは呼吸を整えて、目をつぶった。

 いつでも報いを受ける心の準備はできてきた。


 だが、なかなか拳が飛んでこない。


「……」


 恐る恐る、バザウは目を開けてみる。

 デンゼンは不思議そうな顔をしてベッドの上で半身を起こしていた。

 パカッと口を開いて彼はいう。


「んん? 本当のバザウとはなんだ? 俺には、少しも、わからない」


「……真剣に秘密を明かしたのが、バカみたいだ」


「俺は、ちゃんと、バザウの話を聞いていた。だけど、わからない」


 デンゼンは恐怖の発作から抜け出して平静さを取り戻していたようだ。

 あまり感情の表れない四白眼が、しっかりとバザウにむけられている。


「俺は山で神としてのバザウを見出し、バザウは実際に村で多くの者たちの助けになった。俺にとって、それこそが事実。他の部族の人間が、ゴブリンをどう思っているのか。そんなことは、俺たちには全然関係ない。俺とバザウには、それは何も関係のないこと、だろう?」


「……」


「それに、どうして伝承のヒスイの肌をした神と、自分が別物だっていい切れる? 昔からの伝説は、ゴブリンのバザウが現れるってこと、そのことを予告していたのかもしれない」


 デンゼンにしては筋道だった話だ。


「バザウは、俺が見つけた神。キレイで小さなヒスイの神。俺の弱さ、不甲斐なさが、その神聖さ、穢してしまった」


 バザウはニヤリと笑う。


「たとえお前の血を頭からひっかぶったって、俺はちっとも穢れはしない。なぜなら俺は、お前の身が不浄だなんて、これっぽっちも思っていないんだからな。まあ……時々、石鹸だらけの風呂桶にぶちこみたくはなるが……。おっと、そんな絶望的な顔をするんじゃない。冗談、冗談だ」


 バザウはデンゼンの額や頬をペタペタ叩いた。

 話をしているうちに気分がほぐれたのか、デンゼンはうとうとし始めた。

 体を丸めて布団にくるまる。

 その姿勢は胎児のようだった。


(寝た……のか。今はただ安らかに眠るが良い……。猛々しい狩人。比類なき戦士。そして俺の英雄)


 デンゼンが寝ついたのを見届けると、それまで押しこめていた疲れがどっとあふれてきた。

 獣の牙から村人たちを守るために走り回ったり、ケガをしたデンゼンを家まで運んだり、今日一日の諸々の疲労が小さなゴブリンの体にのしかかる。


(ああ……疲れたな。俺も、少し、休まなくて……は……)


 自分用の寝台まで移動するのさえ億劫だ。

 襲いくる睡魔に全てをまかせて、バザウはコテッと眠りの世界に落ちた。


 ヒスイの肌を持つ者。孤絶した漂泊者。ハドリアルの森の産まれし、震撼を呼ぶヘスメの十二番目の息子バザウ。

 厄介な運命をその背中に抱えたゴブリンは、今はただ安らかに眠る。


挿絵(By みてみん)

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