ゴブリンと巣立ち
「……で、具体的にどう動くつもりだ?」
「ガツンといって、ブッとばす!」
豪快に笑いガッツポーズを決めるピーチ・メルバ。
二の腕の筋肉は女の体にしては適度に引き締まっており、しなやかな強さを感じさせたが……。
「却下」
そんな無謀な行動をして死なずに済むほどの無類の力だとは思えない。
「それなりに……勝算がなければ、俺も協力のしようがないぞ」
バザウとて同じこと。
ゴブリンの戦士の中では多少頭が回って腕が立つ、という程度。
英雄でも勇者でもない。
「バザウよ。これが洞窟の様子だ」
ウィロー・モスが杖で地面を叩くと、立体的な泥の迷路が形作られた。
入口は狭く、そこから奥にむかって扇状に広がっている。
地面地図には一ヶ所くぼんだ部分がある。
「ふご。ここが地底湖である。数多の命を飲み込んだ墓所だ」
「族長の間は?」
地図ではそれらしい場所は見当たらない。
たいていのゴブリンの洞窟では、最奥部の広場が族長の居場所、と相場が決まっている。
が、この洞窟にはそれに値する場所がない。
あることにはあるのだが、その空間は族長ではなく地底湖が占領してしまっている。
「地底湖へと続く大回廊ですわ」
「……ふむ」
多少の壁や遮蔽物はあるものの、大ざっぱにいってしまえば入口から真っ直ぐの位置だ。
「俺が族長なら……、防衛のために多くのワナを設置するが」
「一度洞窟内へ入ってしまえば、ワナの心配はそれほどないと思いますわ」
「うん? その根拠は?」
「ふご。居住区には身重の女が年中うろついている。産み落とされる幼子の数も多い」
「ああ……、そういうことか」
育児所と化した洞窟居住区へワナは仕かけられない。
設置したところで好奇心旺盛な子供相手に誤作動するのがオチだ。
「ワナを警戒すべきは、入口付近と族長の回廊であろうな」
「了解した」
バザウは地面に作られた地図を頭に叩きこんだ。
特に入り組んだ居住区のエリアを重点的に。
「彼我の力量は、どれぐらいなんだ?」
「ヒガってなんだ?」
ピーチ・メルバからの悪意のない横槍。
「……むこうとこちらの戦力の差」
「はあ? 敵のジョーホーならともかく、自分らのジョーホーならいらなくね?」
「……」
「うちら三人、地底湖より深い友情と結束で結ばれちゃってるし? あ、アンタも入れてあげちゃう。四人、四人組ねっ。もうお互いのこと、わかり合ってて当然? 今さら確認するまでもねえよっ」
「……」
「ていうか、だいたいよー、おっぷっ!?」
泥玉がべしゃりとピーチ・メルバの顔に炸裂した。
一瞬バザウは、キレた自分が無意識に投げたのかな、と思ったがそうではないらしい。
ウィロー・モスが杖を動かしていた。
「あにすんだっ、モス!」
「ピーチ・メルバよ。しゃべる時は自分の発言に夢中になりすぎぬことだ。それを聞かされている、相手の様子にも目をむけるのだな」
(……ああ、良かった)
バザウはひとまず溜飲を下げる。
頭にビキビキ浮かんでいた血管に、気づいてくれるゴブリンがいて。
「私、胃痛に効くハーブティーをいれてきますわ」
ベラドンナがそう断って席を外した。
「ありがとう。とても助かる……」
もし、仮に、可能性の一つとして、この先ピーチ・メルバが族長となった場合を想像する。
(……この二人の友人からのサポートは、必要不可欠だろうな……)
「私は薬師をしておりますわ。まだ修行中の身ですけれど」
バザウにお茶のカップを渡しながらベラドンナがいう。
細く長い繊細な指だった。
「争い事などという、乱暴で野蛮なことはあまり得意ではありませんの」
なよなよっとした仕草で、まつ毛をしばたかせる。
彼女独特の紫色の瞳が妖しく光る。
「だからこの子たちに助けてもらってます」
この子とはムカデだった。
ベラドンナの首に巻きつき、普段はアクセサリー役に徹している。
「用意をすれば戦士アリや猛り毒バチも呼べますわ」
ゴブリンの淑女は微笑を浮かべる。毒花のあでやかさ。
「虫の……、匂いか」
「あら、お気づきになりまして? ゴブリンの鼻でもわからないよう、工夫したつもりでしたのに。甘い匂いで覆い隠して」
「嗅覚で気づいたわけじゃない。偽装は完璧だった。ベラドンナ」
彼女が薬師であること。
自作とおぼしき香水をつけていたこと。
多くの虫が匂いで世界を知覚すること。
それらの知識を組み立てれば、おぼろげに事実の輪郭が見えてくる。
ベラドンナは虫の感覚に働きかける匂いを作り出し、虫を操作している。
「護身目的なら、とても優秀なボディガードなのですが……。こちらから積極的に攻めることって、あまり経験がありませんの。複数種類の虫を操るのも、匂いが混ざってしまう懸念がありますわ」
ベラドンナは困り顔で腕組みをした。
「かといって……こうして悩んでいても解決にはなりませんわね。洞窟襲撃までの準備期間中に、実験を重ねるのみですわ」
ふわりと微笑んでベラドンナは乙女チックなポーズをとった。
見た目はやたらとふりふりゴテゴテしているが、したたかさと現実的な思考の持ち主だ。
「ああ。頼りになる」
胃痛止めのお茶だっていれてくれるし。バザウはちょっぴり薬臭い湯気を吸い込む。そしてカップに唇をつけ……。
「……」
バザウはカップに落ちていたナメクジを救助した。
「私が得意とするのは泥土の操作だ」
ゴブリンシャーマンのウィロー・モス。
その力はバザウにとって興味深いものだった。
「だがそれは私自身の力ではなく、沼の精霊の力を借りているにすぎない。つまり沼から離れるほど力は薄れる」
ウィロー・モスは沼から吹く湿った風に耳を傾ける。
「この森一帯までなら精霊の加護はおよぶ。洞窟もその範囲にふくまれる。……と、精霊が答えた。が、あの洞窟には、別の力が宿っている。強大な力が。精霊は弱気な声を出して私にこうささやいた。あちらの方が、強いと」
「今の族長は子供を生贄にささげて、死霊術をおこなっている……。そういっていたな」
陰鬱な顔をいっそう暗い影で覆いウィロー・モスがうなづく。
「沼の精霊にしろ、樹木の精霊にしろ、大ジカの精霊にしろ。自然の気を取り込み力をたくわえるまでに、長い歳月がかかるものだ。が、死霊の魂をかき集めれば、より手軽により早く強力な霊を作り出せる」
ゴブリンの繁殖能力は非常に高いといわれている。それは事実だ。
口の悪い者にいわせればゴキブリにもたとえられるほど。頭文字と文字数は同じだが、それは事実ではない。
「リイン・カーネーションは、子供たちの魂でできた死霊にスクランブル=エッグと名づけたそうだ」
あまりの嫌悪感でバザウの口元に苦々しげな笑みが浮かぶ。
「……とんだブラックジョークのセンスの持ち主だ」
「この亡霊が厄介なのだ。洞窟内にいる限り、スクランブル=エッグは万能に近い能力を持つ」
「しかも霊体だから、こっちの攻撃手段は限られる、っつーわけよ」
「リイン・カーネーションとこの亡霊を同時にあしらうのは、かなり困難ですわ」
三人の視線が一気にバザウにむけられる。
「……ずいぶんと無理難題を押しつけてきたな……」
強力な死霊の相手。
こちらに有効な攻撃手段はない。
洞窟内では特にその力が増すという。
「洞窟の外に誘導する手はどうだ?」
「亡霊は外に出ることを禁じられていますの。リイン・カーネーションの指示で」
一つの策がつぶれた。
「アタシらがババアを倒す間、エッグの注意を引きつけてくれるだけで良いんだ」
「だけで良いって……、お前な……」
簡単にいってくれるが、命がけの大仕事だ。
悪態をついてからバザウはいった。
「はあ……。戦力を分断すれば良いんだろう? ……どうにか、やってみよう」
「で! アタシはこれで勝負だぜっ」
自分の二の腕を見せびらかすピーチ・メルバ。
小細工なし。肉弾戦での直球勝負。
「……知恵もなければ、才もない……。お前が誇れるのはその身ぐらいのものだろう」
「? えーっと、バザウ? なんか難しいこといってるけどさ。ようするにアタシの魅惑のボディを褒めてんのか? アハッ、照れるぜ!」
「褒めるか、バカッ!!」
嫌味をいったはずが、いやらしい言葉にすり替えられた。
「もー、バザウってば真面目なんだから」
「お前が異常に不真面目なんだ……っ!」
バザウはイラッとして拳を握った後、ため息をついて手の力をゆるめた。
「不本意だが……、仕方がない。後で手合わせをするぞ」
「ヒャッフーッ! 良いね、それっ! 場所はどうする? 寝床の上?」
「……」
ついにバザウのゲンコツが、ピーチ・メルバのピンクな脳ミソに制裁を与えた。
ピーチ・メルバの得意武器は槍だ。
バザウは柄の長さを確認した。適度に短い。
小柄なゴブリンが使うものなのだから、そう長いはずもないのだが。
「……ふむ。この長さなら、洞窟の中でも支障はないだろう」
狭い場所では、大きな武器は取り回しが悪くなる。この槍の長さであれば洞窟内でも問題なく使用できる。
武器の検分が済むとバザウはピーチ・メルバに槍を返した。
二人は訓練用の武器に持ち替える。
「いつでも良い。かかってこい。……俺の隙がつけるものならな」
「んえー? そういわれてもなー。やっぱ始まりの合図とかないとやりづらいだろっ!!」
迷いなく突き出される槍。
ダラけたしゃべりで油断させてからの不意打ち。
「今の奇襲は……、良かった」
素手で槍の柄をつかんだままバザウは淡々と続ける。
「軌道自体は単純だ。それは改善するべきだろう。ただ……、迅速さは評価できる」
「うぎぎっ、ぐぬーっ!」
ピーチ・メルバは力を込めてふんばるが、つかまれた槍が動くことはない。
「殺気を隠すのも、とても上手い……。攻撃前にバレバレの準備動作をしないことも、お前の長所だ」
「クソ! 放せよっ、コンチクショーッ!!」
「……」
バザウがパッと手を放すと、物理法則のお約束によってピーチ・メルバはすっ転んだ。
二人の模擬戦は継続中。
実力でいえばバザウの方が上だ。
必然的にバザウが戦いの技術を教える側となる。
「お前の攻撃は……、良くも悪くも単純だ」
ピーチ・メルバと戦う中で感じた問題点を指摘した。
「良い点はスピードだ。自然な動きで攻撃に移行できるのもお前の強みだ。しかし、その動きがパターン化されていて攻撃のバリエーションが少ない。奇襲や初見の相手なら、その戦法でも倒せるだろう。だが、長期戦となった場合……、お前の行動はたやすく敵に読まれるぞ。それが最大の欠点だ」
話していてバザウは赤帽子隊長のことを思い出していた。
かつてバザウに戦い方を教えてくれた熟練のゴブリンだ。
「……」
今は自分が教える立場となった。
しみじみと……、そのことを噛みしめ……。
「オルァ!!」
「ごふぁ!?」
訓練用の槍がバザウの腹にヒットした。
切ない感傷は一瞬で消し飛んだ。
切実な外傷がやってきたから。
「あー。ゴメン? けっこう大ダメージ? でもアンタ、いつでもかかってきて良いし、隙をついてこいっていったよね?」
「……うう……、いった……ぃ」
一瞬の油断が命取りだよ、と懐かしくも恐ろしい隊長の声が聞こえたような気がした。
ゴブリンの大人たちが襲撃の準備を進める中、人間の二人は子供の遊び相手を務めていた。
学者先生は一度村へ報告に帰った後、今日の昼前に再び森にやってきた。
フズの境界をこえていった使者が何日たっても戻らないとなれば、村人は心配するに違いないからだ。
「やあ、バザウ。ちょっと疲れた、って顔してるね」
壁のない家から学者先生が声をかける。
「……まあな」
ピーチ・メルバとの訓練を終えて、束の間の休憩時間だった。
「あー……。お疲れのところ悪いんだけど、僕の相談に乗ってもらえるかな?」
いつも明るく大らかな彼が珍しく困っているようだった。
「ああ」
バザウはゴブリン小屋の床に腰をおろした。座る前にダンゴムシを追い払うのも忘れずに。
「良かった。君以外じゃ、こんな悩みはきっと笑われて終わりだろうからね」
軽くため息をついてから学者先生が話し出す。
「僕は今、とても心苦しいんだ。自分の良心と信念の板ばさみで」
学者先生の悩みはこうだった。
各地の動植物の姿を求めて旅する彼は、自分とは異なる価値観を持つ人々とも出会う。
「その土地の文化を修正や矯正したりしない。というのが旅人としての僕のルールだ。それが、どんなに受け入れがたい習慣でも」
同じ人間でもそれぞれ文化は異なるもの。
豊穣の祈りのため、種まき前の畑で若い娘が肌もあらわな衣装で舞う文化。
夫の死後も貞淑であるよう、未亡人の左手の薬指を切ってしまう文化。
過酷な環境で生きていくために、弱った老人や病人を見捨てざるを得ない文化。
「子供を生贄にするなんて、僕の良心からいえばとんでもないことだよ。だけど旅人として自分に課したルールは、それも一つの文化だって僕にささやくんだ」
バザウは静かにうなづいた。
「……感情と理性が一致しないのは、つらいことだ……」
「僕はゴブリンの権力争いには直接関与はしていない。でも、これって後方支援にあたるのかな? どう思う?」
近くでキャッキャと遊び回る子供達を見て、学者先生は肩をすくめる。
彼はよく子供たちの世話をしてくれた。
「せっかくの聡明な頭脳を……自分を苦しめるために使うこともないだろうに」
「へえ? そういう苦労は、君もずいぶんしてそうだけどね」
バザウは苦笑した。
「そうだな。実際、知性というものは……、俺を苦しめるためにある気がする」
「うーむ。どうしよう? 例外として認める? でも例外を許可する条件とは……」
学者先生はなかなか考えがまとまらないようだ。
バザウも彼の悩みに明確な答えをポンと与えることはできない。
「絶対的な正解はない。あれこれ考えて、自分で納得できる答えを見つけることだ」
学者先生はきっと自分の答えを見つけるだろう。彼は賢い人間だ。
が、思案にふけるには少々周りが騒がしい。
「おいで。あっちの方で遊ぼうか」
その場の子供を引きつれてバザウは立ち去った。
「バザウ、ありがとう」
学者先生の声は明るい調子を取り戻していた。
「さて……。何をして遊びたい?」
アヒルのヒナのようにゾロゾロとついてきたチビゴブリンは一斉にしゃべり出す。
「バザウ! お話をしてよ!」
「サローダーのお話、また聞きたい!」
おバカな友人との思い出は大受けだった。
「ザリガニに鼻をはさまれたサローダーの話!」
「毒バチの巣に石を投げたサローダーの話!」
「鼻クソを集めてボールを作ったって本当?」
無邪気な熱気がわっと押し寄せる。
「……それじゃあ、今日のお話は……。サローダーがミミズにおしっこをかけて一ヶ月もの間、もだえ苦しんだ時のことを語ろう」
ゴブリンの子供たちの口から歓声が上がった。
友人の悲劇的な過去を暴露している途中。
バザウの目は木陰のむこうに青いマントを見た。それはすぐに引っこみ、隠れてしまったのだが。
底抜けにおバカな友人の話が終わってから、バザウはひねくれ者の友人を探しにいった。
「コンスタント」
「ふん。なんだ、お前か」
ナマイキな顔をした少年が憎まれ口を叩く。
なぜか格好つけながら木にもたれて腕組みをしている。
「もう子守は良いのか? ミスター・ベビーシッター?」
「いや……。一番手のかかる悪童がまだ残っていてな」
コンスタントとの皮肉の応酬。
一見トゲトゲしい雰囲気がただようが、バザウはこのやり取りをけっこう気に入っていた。
バザウの言葉の意味を相手が理解し、鋭い言葉を打ち返してくる。それはバザウにとってなかなか楽しい交流だった。
コンスタントがどう切り返してくるかバザウはワクワクしながら待つ。
だが今日は、返ってきたのは嫌味な言葉遊びではなかった。
「そうか。バザウは、私のことを忘れたわけではなかったのだな」
安堵したような、それでいて少しさびしさを感じさせる声。
「まあ、良い。そこにかけろ」
手ごろな岩をコンスタントが指さした。
ゴブリンや子供が座るには、ちょうど良い高さ。
けれど二人いっしょに座るには、少々窮屈な大きさだ。
「ええい! もっとつめんか!」
「これ以上場所を譲れば、落ちるんだが」
ギャアギャア騒ぎながら、どうにか二人で岩の上に納まる。
背中合わせのままコンスタントは話し始める。
「ここにきて、私は学んだことがあるのだ。それをお前に聞かせてやろうと思ってな」
こうして顔を合わさずに話すのは、妙な感じだ、とバザウは思った。
近いような、遠いような、微妙な距離感。
「母子の縁と絆についてだ」
思いもよらぬ言葉にバザウは岩からずり落ちそうになった。
「私は無意識に思いこんでいたらしい。母から子への愛情は、絶対的かつ無償で与えられるものだと」
「……どういう心境の変化だ?」
コンスタントの母への接し方はひどいものだった。
「母の愛は、絶対的でも無償でもない、としった。ここの子供たちを見て。絶対的な愛情を信じていたからこそ、私はあんなことが平気でできたのだ」
見捨てられる不安がみじんもないからこそ、どんな横暴な振る舞いもできる。
「私が当然の権利とばかりに受けていたものが、どれだけ得難いものか理解した」
「……そうか……」
この子はもう大丈夫だ。バザウはそっと目を閉じる。もう手のかかる赤ん坊ではなくなった。
「……それは良いことを学んだな。コンスタント」
青いマントの背中に軽く寄りかかる。
コンスタントは一瞬バランスを崩したが、すぐに座り直した。
バザウの重みにもフラつくことはない。
「お前、少し背が伸びたんじゃないか?」
「そうかな……ゴホッ、ゴホッ!」
会話の途中コンスタントが咳きこんだ。
「ノドが痛むのか? 風邪……?」
あることに思い至る。
「もしかして……、声変わりか?」
「ゲホッ! あー……、そうかもしれん」
バザウは想像をめぐらせた。
これからコンスタントはどんどん大きくなって、成人の仲間入りを果たすのだろう。
樹上の邸宅から降りてきて、文字どおり地に足をつけて母とむき合うようになるのだろう。
家の畑仕事を手伝うのかもしれないし、町の学校を目指して名をはせるという野望を実現させるのかもしれない。
いずれにせよ、コンスタントは間もなく大人になる。
「……」
二人はしばらくそのままじっとしていた。
気を許せる友人と何もせずにただすごす。
それはとても贅沢な喜びなのだと、バザウは学んだ。
ぼんやりと梢を見上げていたバザウの目に鳥の巣が映った。
羽が生えそろったヒナ鳥が数羽、巣から身を乗り出している。
コンスタントに教えてやろうとも考えた。
が、少しでも物音を立てれば小鳥は巣の中に隠れてしまいそうだ。
そしてバザウが見守る中、鳥はその小さな体を投げ出した。
つかめるものも、頼れるものも何もない、空中へと。
「……ッ!」
小鳥が風にあおられるたびに、バザウは息をのむ。
気づけば、失速しかける小鳥を応援していた。
マトモな神経を持つゴブリンなら、このオヤツを手に入れようとするところだが。
やがて鳥は風に乗ることを覚え、未熟な飛行技術ながらも遠くへ飛び去っていった。
「バザウ? バザウ!」
コンスタントの声でハッと我に返る。
「あ……。なんだ? すまない、聞こえていなかった」
背中からふっと体温が離れた。コンスタントが岩から降りたのだ。ノドをさすりながらコンスタントはいった。
「別に大したことではない。私はもういくぞ、と声をかけたまでだ」
「ん……。俺はもうしばらく……、ここにいたい」
「そうか。ではな」
軽く手を挙げてコンスタントは歩き去る。風が青いマントを広げる。
「……」
空になった巣のそばにバザウは親鳥の姿を見つけた。
「さみしいか? 俺もだ」




