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ゴブリンと三人組

*虫ネタ注意。苦手な方はお気をつけください。

 三人は森へむかう。

 過去の悲劇にハッキリと決着をつけるため。

 コンスタントの母は悲痛な表情で食事の包みを手渡した。

 まるでこれが今生の別れでもあるかのように。




 村はずれを抜けて林に踏み入る。

 しばらく歩けば古い石垣が見えてくる。フズの境界線だ。


「……」


 バザウは、コンスタントと出会った日を思い返す。

 この石垣にひょいと腰かけ、村にいくか森にいくかを考えた。

 人間の領域とゴブリンの領域をわける境にバザウは座っていたのだ。

 そして今バザウは、人間とゴブリンの間をとりなす使者として森を目指している。


(あの日、森の方へと進んでいたら……。どんなことが起きたのだろう)


 そんな空想をしてみる。


(フズを殺した村人たちへ、罵りと呪いの伝言でも依頼されたりしてな……)


 バザウは人間の言葉がしゃべれる。

 人間とゴブリンが意思を伝え合うのに、これ以上ない適任だ。


「おい、バザウ。何をモタモタしている」


 声変わり前の少年の声。


「面白いものでも見つけたのかい?」


 朗らかで落ち着いた声。


挿絵(By みてみん)


「ああ……、今いく」


 前を進む二人に小走りで追いついた。


「お前は自覚がたりぬ! この重大な使命は、お前の協力なくしては成功せんのだからな」


「わかっている。俺は通訳係なんだろう」


「言葉だけじゃない。君がいると、ゴブリンの風習がわかるのも心強いね」


 同行者の学者先生はほほ笑んでいる。

 三人で並んでいると、いかにも彼が保護者という感じになる。孤独と自立を重んじるバザウとしては、少し気恥ずかしい。

 だが学者先生に対してはそれなりの信頼と好感を置いていた。


「……その、俺の武器の一件は……、恩に着る」


 一度は村人に没収された荷物はバザウのもとに返された。愛用の短剣もだ。

 村人からは反対意見も出たのだが、それを学者先生が上手く説き伏せてくれたのだった。


「それがないと君が困るだろうからね。旅人にとって、使いなれた道具は手足の一部みたいなものさ」


 この学者先生、インテリ風な呼び名に反して意外とアウトドア派な人物のようだ。

 彼は自然界の研究をしており野外での活動が多いらしい。

 違う土地の生きものを見るために、遠く旅をすることもあるそうだ。


「そうだ。この前、私がプレゼントしたフェアリーはどうしている?」


(……つかまえたのは、俺だけどな)


 食べもののこととなるとバザウはけっこう根に持つ。


「ああ。あのフェアリーなら何枚かスケッチを描いた後で林に戻したよ」


「なんだと!」「ああ……、もったいない」


 無欲な学者の言葉に、コンスタントとバザウは同時にうめいた。


「珍しい生きものなのだから、手元に置いて飼育すれば良かろうに」


「今度フェアリーを逃がす時は、俺の口の中にしてもらいたいものだ」


「はは」


 二人につめよられ学者先生は苦笑を浮かべた。


「生きものの中には、人間のもとでは長く生きられないものもいるんだ」


「ふうん。そういうものなのか? 理解できんな」


 コンスタントはいまいち腑に落ちない様子だ。


「人が丹念に世話をするのだから、自然下よりもずっと生きやすいと思うのだが」


 母親の庇護のもと限定的な自由を謳歌して生きる少年は、そうつぶやいた。


 コンスタントと学者先生のとりとめのない話に、バザウは耳を傾ける。

 時折、話の内容に応じて自分のコメントをはさむ。

 そんな何気ない会話を三人でかわす。

 バザウは耳をピクピクとゆらした。


 これまで生きてきた中で、人間との接触はバザウに利益だけを与えてきたわけではない。

 それでも。と、バザウは思う。


(人の言葉を学んで……、良かったな)




 しばらく進むと、周りの緑が色濃くなった。

 林と森の違いを他者に言葉で教えるのは困難だが、自分で体感するのは簡単だ。

 空気が違う。

 木々から、大地から。

 緑の息吹が重圧となる。


「湿気が服に絡む。なんとなく息苦しいな」


 青いマントをバサバサとふるい、風を作りながらコンスタントがぼやく。


「この辺りではツル草が繁茂しているね」


 樹木も岩も、太陽の当たる面はびっしりとツルにおおわれていた。


「うーん。ツルを少し切り払わないと進むのは難しい。バザウ、問題ないかな? ゴブリンが、エルフのように樹木を崇拝することはあるかい?」


 伐採用の小さな手斧を持ち出して、学者先生が尋ねる。

 ただそれをすぐに使おうとはしない。

 バザウに意見を求めている。自分とは異なる文化を持つが、自分と対等の相手として。


 バザウが人語を話すことは村中にしれわたっている。

 が、きちんとバザウの目を見て話す者は少ない。

 その場にバザウがいるのに、なぜか人間はコンスタントの方ばかり見て話すのだ。

 それがバザウに対する質問であっても。

 名前を呼ぶ者にいたっては、コンスタントと学者先生だけだ。


「いや。俺は森で産……、森で育ったがそういう話は聞かないな」


 群れの仲間とは離れたが、バザウは故郷のハドリアルの森が好きだ。

 ゴブリンも森に愛着は持っている。快適な住処として。

 けれどエルフほど深く森に傾倒したりはしない。


「小枝を折ったり、ツル草を切り払ったとしても……。それでゴブリンとトラブルになることはないだろう。ソーセージの苗木を枯らさない限りは」


「うん、ソーセ……? ええと、まあ、OK! それじゃ、道を作ろう」


 学者先生はテキパキとツル草を除去していった。

 かなり手なれた動きはバザウが感心するほどだ。


「私が何か手伝う必要はあるか?」


「今はまだ平気。手斧は一つしかないからね。僕が疲れてきたら交代を頼むよ」


 バザウは不思議な気持ちで学者先生の後姿を眺める。


(……俺は今、この男が道を作るのをただ見ている……)


 そんな自分自身がバザウは不思議でたまらなかった。

 以前のバザウならどうしていただろう。


 これが自分より愚かな相手なら、バザウはその作業にこっそり手を貸すはずだ。

 そんな相手に、自分が進む道の開拓を任せられないからだ。


 これが自分より優秀な相手なら、バザウはその一挙手一投足を目に焼きつけ、そのやり方を学習するはずだ。

 いつか自分一人になった時でも、同じことがこなせるように。


(……他者の力をあてにする、ということを覚えた俺は、はたして退化したのかそれとも進歩したのか……。どちらだろうな)




 と、コンスタントが、バザウの腕をつつく。


「バザウ。さっきのソーセージの苗木とは、なんのことだ?」


「ソーセージの木……。実物は俺も確認していない。概念上の存在だ。全ゴブリンの夢と希望……」


「はあ?」


「一度ソーセージを食べた者ならば、あの風味と食感に感銘を受けるだろう。魅惑のソーセージ……。その正体は未だ解明されていない。果物なのか、木の実なのか、獣なのか……」


 バザウは目を閉じてソーセージに思いをはせた。


「特に旅のルートは決まっていないが……、俺はソーセージの技法を探求していくつもりだ」


 小型の斧を振るう手を少し休めて、学者先生がこちらをむいた。


「はは。バザウ、ソーセージというのはね」


「待てっ! 私が話そう」


 コンスタントが割って入る。


「ふむ、ソーセージの秘密か。私が教えてやる」


「っ!! 本当か!?」


 探し求めていたソーセージのナゾが、ついに明かされる時がきたのだ。

 この人間の子供と親睦を深めて本当に良かった、とバザウは心から思った。

 神妙な顔でコンスタントが告げる。


「じつは……、ソーセージがなんであるかは、我々一般の人間にも公表されていないのだ」


「!! そうなのか!? だがこの前……、お前は普通に食べていただろう?」


「たしかに市場で流通しているものを買いはする。それを調理して食べもする。されど、そのソーセージがいずこよりもたらされ、いかにしてこの世に創造されたのかは、一切不明なのだ。秘密をしる者の数は限られている」


「……ソーセージの正体は、人間族の重大な秘密……ということか?」


「いかにも」


 伐採作業にいそしんでいた学者先生の手が、いつの間にか止まっている。

 後姿なので表情は見えないが肩が小刻みにプルプルふるえていた。


(ん……? 疲労しているようだな。コンスタントとの会話に区切りがついたら、伐採係を交代するか……)

 

 などと考えていると、コンスタントがそっと耳打ちをする。


「しかし、いくつかの推論は出ている。聞きたいか?」


「ぜひ聞かせてくれ!!」


 コンスタントはさらに声をひそめた。


「果物。木の実。獣。だがあれには、もっと似ているものがあるではないか」


「?」


「プリプリと肥えた、得体のしれぬ虫だ!」


「……」


「おい、コンスタント! 食べものをそんな風に……」


 学者先生の抗議は、興奮したバザウの声で消し去られる。


「虫! その可能性があったか! 栄養をたくわえた幼虫は美味いからな。俺も虫は大好物だ!」


「え……? こ、好物? 大好物といったか?」


 コンスタントの顔がじょじょに青ざめる。

 脚には一面の鳥肌。


「フェアリーを食べようとした時から、うすうす思ってはいたが。お前は本当に悪食だな」


「ふっ。豊かな食文化を持っている……、といってくれ」




 その後、学者先生と交代し、バザウとコンスタントの順で伐採を進めていった。

 切り開いた道をくぐり中の様子をうかがう。


「……鬱蒼としているな……」


 バザウは森の空気を吸い込んだ。


「少なくとも……、ここの近辺にはゴブリンはいないようだ」


 梢の方にまで侵食したツル草のせいで、森の中はかなりうす暗い。

 光が地面に届かないので草はあまり生えていない。

 コケにおおわれた岩。堆積した枯葉。倒れた木。

 そんなうす暗い森だ。

 鬱蒼とした森に踏み込む前に、明るい場所で食事休憩をすることになった。


「うぐぇ。これはお前にくれてやる」


「ん? そういうのなら、頂戴しよう」


 コンスタントは、バザウに自分の分のソーセージをくれた。

 なぜか学者先生がうつむき加減になって、腹を押さえている。


(……腹痛だろうか?)


 心配になりしばらく様子を観察したが、別に具合が悪いわけではなさそうだ。

 疑問に感じながらも、まあ良いか、とバザウは納得した。




 森に入ってからは誰も口数が減り、余計な会話を楽しむことはなくなった。

 深い森を進むのは、それだけで体力を使う。

 また、和睦の使者とはいえフズの境界線のゴブリンと会うプレッシャーも大きかった。

 むこうから見れば、こちらは協定違反の侵入者でしかない。

 先頭はバザウ。間にコンスタント。一番後ろを歩くのは学者先生だ。くしくも背の順になった。


(会ってすぐに事情を説明できれば、良いのだが……)


 話す猶予も与えられずに奇襲を受けることが一番の不安要因だ。

 バザウは嗅覚と聴力の限りを用いて、周囲の状況把握に徹した。


 ふいに、風向きが変化する。


「!」


 シダの胞子や腐葉土の臭いに混じって、それを感じとった。

 間違いない。ゴブリンの臭いだ。


「三人……。茂みのむこうで、こちらの様子を見ている」


 バザウは人間の言葉で小声で素早くつぶやいた。

 口にはしなかったが、風はその他の情報もバザウに与えてくれた。


(一人は、沼地の泥を髪になすりつけている。一人は、毒キノコを煮出して作った香水をつけている。最後の一人は……、この臭いだと、一年以上は水浴びをしていない!)


 鼻孔に入った空気を入れ替えてから、バザウはゴブリンの言葉で呼びかけた。


「戦意はない。人間の村から言伝≪ことづて≫を持ってきた」


 姿は現さず声だけが返ってきた。


「ふごっ! お前は、どこの群れのゴブリンだ?」


「俺は、ハドリアルの森の産まれ、震撼を呼ぶヘスメの十二番目の息子バザウ」


 先ほどとは別のゴブリンの声。


「どうして人間といっしょにいるのかしら? つかまって手下にでもされちゃったの? それなら、自由の身にしてあげても良くってよ」


「違う。彼らと共にいるのは、俺の意思だ。ゴブリンと人間の言葉を通訳するため、人間の村よりの使者と同行している」


 軽薄な叫び声。


「マジかよ! 人間としゃべるとか、コイツ変態じゃね?」


「せめて変り者、ぐらいにしておいてくれ……」




 茂みがゆれて、三人のゴブリンが現れた。

 その容姿は三者三様。


 ひときわ背が低く陰気なゴブリン。

 べっとりとした髪が顔にはりついている。


「んごっ! バザウといったな。私の名は、ウィロー・モス」


 やたらとレースがついた華美な服装で着飾ったゴブリン。

 頭にはカラフルな芋虫を乗せ、ネックレスは生きたムカデ。


「ごきげんよう。ベラドンナよ」


 桃色と黄色の入り混じった髪をふり乱すゴブリン。

 白泥の化粧で彩られたその顔は、一度見たら忘れはしないインパクトだ。


「イェイ! ピーチ・メルバって呼びな!」


挿絵(By みてみん)


 この三人にバザウは囲まれる。


「……」


 ウィロー・モスが、ねじくれた木の棒を取り出す。

 棒の先端が軽くバザウの体を突く。

 そこはちょうど心臓の真上だった。


 バザウはだまってウィロー・モスの攻撃を受け入れた。

 今度はバザウの番だ。

 鞘に入れたままの短剣の腹で相手を叩いた。


「ふが。バザウよ。敵意はないとの、その言葉。確かめさせてもらった」


 儀礼的な攻撃の応酬だ。

 似たようなやり取りが、ベラドンナとの間でもおこなわれた。

 次はピーチ・メルバだ。


「アッハァッ! コイツ、変態ゴブリンのくせによく見りゃあ顔は良い方じゃん! うぅーん。その鼻、良いねぇ。ほしいかも」


 ケラケラ笑うピーチ・メルバに胸倉をつかまれる。


(……なんだ? 頭突きか?)


 バザウがそう思った次の瞬間には唇をふさがれていた。




 飛びかうゴブリン語。


「てか、そんな怒んなくたって良くね? アイツ、マジ心せまい」


「んご。どう考えてもお前が悪い。ピーチ・メルバ」


「あの後、しっかりしきたりの一撃をくらってましたわね。とても見事な投げ技でしたわ」




 ささやかれる人間語。


「あれがゴブリンの和睦のあいさつなのか。なんというか……、彼女たちとの友好のために、尊い犠牲を払ったようだね」


「バザウ、大丈夫か? 私には今のお前になんと言葉をかければ良いかわからぬ……」


「……」


 ショックが癒えるまで、バザウは体育座りをしたまま微動だにしなかった。




「でさー、なんの要件できたわけー? 人間たちがここにくるとか、想定の範囲外なんですけど」


 バザウはここにきた目的を思い出す。


(……さっさと終わらせて、話をつけるぞ。一刻も早くな!)


「フズの境界線を作るにいたった、あの悲劇……。その一件について、人間側からの正式な謝罪を伝えにきた」


「ちょっ、ちょっ! フズってあのフズかよ?」


 取り乱すピーチ・メルバとは裏腹に、バザウは落ち着き払って答えた。


「フズの境界線のフズだ」


「……マジかよ」


「願わくば、族長との面会を許されたい。お前のように下品で恥じらいの欠片もない粗暴な女ではなく」

 

 族長、という言葉で三人の女ゴブリンは顔を見合わせた。


「あー……。アンタにゃ悪いんだけどさ。現族長には会わせらんないんだよね」


「どういうことだ?」


「今、この森の族長の座はゆれておりますの。ピーチ・メルバがその地位を狙っているわ」


「それはそちらの事情だ。ならば、お前らではなく他のゴブリンに族長へのお目どおりを頼むまで」


「んごっ! やめておくことだ」


 ウィロー・モスが忠告する。


「お前たちがフズに関してどんな言葉を運んできたかはしらないが、フズの死はこの森に大きな影響を与えた」


 ギョロリとした目玉が村からの来訪者三人の姿を映す。


「この森の長は、フズの死を都合の良い物語で塗りつぶした。人間の側から明かされる展望が、その物語と矛盾した時、現族長はお前たちに牙をむくだろう」


「……フズの死を物語で塗りつぶした……?」


 ウィロー・モスはうなづいた。

 ベラドンナは目を伏せた。

 ピーチ・メルバは、固く拳を握りしめた。

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