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ゴブリンと食べもの

 森の外に出てバザウは改めて認識した。

 ゴブリン族の評判は悪いなんてものじゃない。

 人間はゴブリンについてこう語る。


「ロクでもない生き物だよ。無知で不潔だ」

「ギャアギャアわめく。ヤツらの騒ぎは手に負えないね」

「人間の役には少しも立ちゃしないんだから」


 反対の性質にするとこんな生き物になるだろうか。

 賢く清潔。もの静かで従順。人間にとって役に立つ。


(……それは)


 それは家畜の資質ではなかろうか。

 牧草地から少し離れた灌木の根元。息絶えた子羊を手際良く解体しながら、バザウはそんなことを思う。


 血をこぼさないよう注意しながら内臓と肉を骨から切り分ける。腹側からナイフを入れて、皮はあえてキレイに断たずに汚らしく残しておく。

 肉は食べやすい大きさにして、サローダーからもらったハーブをすりこんでおく。こうしておけば多少は日持ちするだろう。

 保存が難しい内臓はその場でゴブリンのランチになった。


(これが腸だな。体のわりにずいぶんと長い)


 咀嚼するアゴを休めてしばし観察。

 

(やはり俺の推論どおり、動物の腸がソーセージの正体なのか……?)


 はた、と思いつく。


(これだけ長ければ……、特大ソーセージが作れるのでは!?)


 しかしそれはしょせんゴブリンの夢物語にすぎない。


(くっ……! だが、俺にはソーセージを作る方法が解明できない!! どうやって皮に肉を詰める? 手で? 棒で押しこむのか?)


 それを成し遂げるには知識と技術がない。


(ソーセージをこの手で産み出す知識と技術がほしい……)


 心からそう願うバザウだった。




 食事の後には偽装工作。


 子羊の皮をギチギチと噛みはじめる。別に毛だらけの皮まで食べようというわけではない。

 鋭い犬歯でわざと獣じみた噛み痕をつけているのだ。鋭いナイフを使った痕跡は隠さなければならない。

 家畜を襲って食べたのは、狼の仕業だと人間に思わせるために。


(この程度のまやかしなど、人間はすぐ見破ってしまうだろうか?)


 バレてしまうウソほどまずいものはない。ゴブリン族に伝わることわざだ。……ことわざの知恵を活用できる者は少なかったが。


(知恵比べだな……。俺と家畜係の)


 子羊の柔らかな毛がタンポポの綿毛のように草地に飛び散る。


「……」


 バザウはこの場所で、群れからはぐれた子羊を見つけたのだ。

 親からも牧童からも番犬からも保護されない小さな命は、バザウにとって格好の獲物だった。


「俺は……」


 一人になってからさらに減った口数。

 思索することはあっても独り言をいう習慣はないバザウだったが、珍しくポツリとつぶやいた。


「俺は……、こうはならない」


 誰にともなく宣言する。

 あるいは自分の糧となった子羊にいい聞かせたのかもしれない。




 人間社会でのゴブリンの地位は低い。というか、地位などない。

 矮小で野蛮な亜人種。凋落した妖精の末裔。……というイメージはまだマシな部類だ。

 一般的には緑肌の害獣と見なされている。二足歩行の害獣。


 人間がゴブリンについて真剣に考えるのは、厄介ばらいの方法ぐらいのものだ。

 畑を荒らしたり街道に出没するゴブリン対策には、人間はその英知を惜しみなく使う。


 その一方で、ゴブリンの生態や風習を学術的に調査しようという奇特な人間は皆無らしい。

 よもやゴブリンに独自の文化や言語があるとすら、普通の人間は思ってもいないのだろう。


(人間はたいしてゴブリンに注意を払っていない。だが俺は……、人間族に興味を持っている)


 バザウは口の端を吊り上げる。

 鋭い牙がチラリとのぞく。


 旅立つ前から、バザウは村はずれでたびたび深い茂みにその身を潜めていた。

 そこからは人間の村を一方的に観察できる。


(まずは相手をしることだ。親しくするにも、殴り合うにも、出し抜くにも……)


 これはバザウが自分で作ったゴブリンことわざだ。わりと気に入っている。




 自分がいた痕跡を残さないよう気をつけながら。

 一ヶ所の村にとどまりすぎないようにしながら。

 バザウは着実に人間の文化を学習していった。


 人の言葉はわかる。バザウは森にいた頃に街道の人々の会話を盗み聞きすることで、すでに独力で人語を理解していた。この辺りの地域で共通語とされている基礎的な言語だ。

 さすがに読み書きまでは修得していないが、それはこの地に住む多くの人間とて同じこと。


 人の使う言葉には、ゴブリン語の特徴である豊かな鼻声表現が欠けていた。怒りも喜びも、ゴブリンは鼻に感情を乗せて伝える。

 その大事な鼻息を使わないで、どうやって自分の気持ちを相手に伝えるというのだ?

 初めの頃に抱いた大いなる疑問は、実際に人間達の会話を目の当たりにしていくうちに自然に解けた。

 今のバザウは人間式コミュニケーションをこうとらえている。


(つまり人間には、ウソをつきやすい言語が必要だったのだな)


 一人きりでうんうんとうなづいた。




 人間はバザウの存在に気づかない。

 人間はしらない。

 自分たちの生活や言語をこっそり学んでいるゴブリンがいることに。


 そんな風に暮らしている変わり者のゴブリンは、この広い世界でもバザウだけだろう。

 おそらくは、これから先の長い時間の中でも。




 一匹ゴブリンの暮らしは楽じゃない。

 単独で荷馬車を襲うのはあまりにも危険すぎる。返り討ちにあって殺される確率が高く、略奪品を抱えて上手く逃げ切れるかも怪しい。

 ひんぱんに家畜に手を出すのも考えもの。

 畑や倉庫から食べ物を盗むのは、動物に罪を着せられそうな状況下だけ。

 バザウは森や草原で、ウサギや小鳥を自力で仕留めて飢えをしのいだ。トカゲや虫も平気で食べる。


(釣りの道具があれば、魚がとれるかもしれないが……)


 以前、こんな光景を見たことがある。

 長い金色の髪をした戦士が自分の髪の毛を一本抜いて、釣り糸にしているのを。

 そこまで想像して、バザウは自嘲的な笑みを浮かべる。


(……俺としたことが、何をバカなことを……)


 悲しげに何かを思い悩むようなバザウの横顔。

 今まで何人ものゴブリン女子をとりこにしてきた表情だ。


(ふっ……。俺の頭には、髪など一本もないというのに)


 カラスが一羽、アホーと鳴いて飛び立った。


 この日のバザウの夕食が決まった。

 ゴブリン風絞め殺しカラスの生肉ハーブ添え、だ。


挿絵(By みてみん)

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