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ゴブリンと妖精の血肉

 灰から蘇生したばかりのケレイブ=サイドは若干記憶が混乱している様子だ。

 まず、さっき別れたばかりだというオースティンの居場所を探しはじめる。

 次に、ここが見知ったロンドンとはまったく違う土地だということに疑問を抱く。

 それから、自分はロンドンで一度死に光悦の伏侍の真理を掲げるケレイブ=サイドとして転生したことを思い出す。

 さらには、目の前にいる緑の小鬼がチリルから教えられていたバザウだと認識する。

 けれど、バザウやエヴェトラと砂漠ですごした日々のことはまったく覚えていなかった。


(……体から炎が噴き出して焼け死んだこともな……)


 凄惨な苦しみの記憶がなくて良かったと思うと同時に、記憶がないだけであれはケレイブの身に起きたことなのだと思うとバザウはやりきれない。

 ケレイブは忘却しているが、バザウの目には火に包まれる小さな犬の姿が焼き付いているし、生きたまま獣が焼ける臭いがまだ鼻腔に染みついている。


「……オースティンのこと、何か思い出せるか?」


「僕がオースティンのことで何か忘れるわけがないだろう?」


 ケレイブがオースティンとはぐれる前、嫌な事件が起きた。

 若者たちが近づいてきてこういった。食事をタダで振る舞うから、そこのレストランに入ってウェイターに席に案内してもらえ。

 当然オースティンは若者たちの申し出を丁寧に断った。


「どうして断ったんですか? ご飯を食べられるのに」


「オースティンのあまりのオーラの高さに他の人間たちは近づこうとしないことがある。微弱な魂しか持たない人間たちのところにオースティンが無理に入っていくと、怯えた者たちは攻撃的で失礼な行動をとるんだよ」


 親切なフリをして野宿者に恥をかかせようとしている若者たちの魂胆をオースティンとケレイブは簡単に見抜いた。

 若者たちはつまらなさそうな顔をして、開けっ放しにしてあるオースティンのトランクにガムを吐き捨てる。

 主人への侮辱を感じ取ったケレイブだが彼らに噛みつくことはなかった。人を傷つけたり怖がらせるのは得策ではない。そんなことをすればより厄介な事態になると聡明なオースティンから日頃教えられていた。


「その日はそれで終わったんだけど……その後オースティンは連れ去られた。あの時、僕の脚で追いつければ離れ離れにならなかったのに」


「……連れ去られた? そのいけ好かないガキどもに?」


 ケレイブは困ったようにうなだれる。


「わからないよ。車……っていう丸い足をした大きな動くものがあるんだけど、オースティンは他の人間たちに車の口の中に押し込まれた。絡んできた連中と車に押し込んだ人間は臭いで別人だってわかったけど、その場には嫌なヤツらの臭いも残ってた」


(……どういう状況だったんだ?)


「僕もすごく小さい時に車に乗ったことがある。あれに乗って降りると全然しらない場所になってるんだ。帰り道の臭いもたどれないぐらい遠いところに運ばれる。……だから車に乗せられたオースティンもどこかすごく遠いところまで運ばれたのかもしれない。たとえば……こっちの世界とか」


 ケレイブの声はじょじょに小さくなっていく。

 オースティンとの別れについてケレイブが覚えているのはそこまでだった。




 暑い昼間に寝て涼しい夜に起きるライフスタイルを続けているが、ケレイブは夜明けがくる前に深い眠りに落ちた。


(熟睡している。……かなり疲れ切っていたみたいだな。無理もないか……)


 起こさないよう用心して小さく低い声で旅を見守る神に尋ねる。


「エヴェトラ。切符はまだ使えるか? こちらの世界でできることはもうなさそうだ」


「はい」


 バザウが背負った重荷を見かねて、どこか違う世界に逃げてしまえば良いと救済の神は告げた。


「どちらにいきます? ご飯が美味しい世界が良いですか? こちらと似ている世界にします? それともガラリと変わった世界を望みますか? 私のオススメは……」


「ロンドンにいく」


 こちらの世界でできることが尽きてしまった。しかしケレイブとオースティンが元いた世界に赴けば、何か新しいことがわかるかもしれない。バザウは混沌がつむいだ定めから逃げる気はなかった。

 淡い紫色の目が不思議そうに瞬きした後で、エヴェトラの顔に穏やかな笑みが浮かぶ。


「そうですね。それも良いでしょう」


 チケットが縦長の方向で宙に浮き、そして真ん中から二つに裂けた。再び分割。さらに分かれる。それを何度も繰り返す。

 いくつもに割れたチケットは空中に円を作った。通り抜けできる穴。イ-1界の入り口。


「さあ、輪のむこう側へ」


 転移は存在を消滅させると同時に別地点で再構築するもの。神や力の強い精霊ならばできるが普通の生き物にできる芸当ではない。

 イ-1界を介した世界間移動は、瞬間転移ではなくあくまでも移動。神ではないバザウもこの方法なら他の世界に渡ることができる。


 バザウがエヴェトラと共に輪をくぐると、それは元の一枚の切符に戻り、それから幻影のように掻き消えた。




 ◆◇◆◇◆




 イ=リド=アアルの神域に四柱の客が訪れていた。ニジュとエヴェトラ、それに心を司る双子神チリルとルネ。


「アタシがぞーっとしたのはさ。チリルが口にした妖精の説明が、アタシの中に浮かんだ言葉と一言一句一致したってことだね」


 妖精は古くからこの地に根付いている生き物の一種。菌類の毒性を無効化する体質を持ち、キノコやカビを好んで食べる。妖精の最大の特徴は心や言葉の影響を反映すること。

 あの時チリルは妖精についてそう語った。


「それがどうしてぞーっとすることになるんですか?」


 茎レタスの葉を消化器官に詰め込む作業を中断し、エヴェトラが少し不思議そうに頭を傾ける。


「たとえばネコって生き物の説明を求めたとしよう。同じものについて話したって、話者によって千差万別の答えが返ってくるだろうよ」


 ルネはここで声色を様々に使い分けてみせて。


「ネコは砂漠や町で見られる小型の肉食獣だ」

「ネコちゃんはね、ふわふわのお友達なの!」

「ネコってのは天才的なネズミの殺し屋だぜ」

「ネコなら俺の膝の上で寝てるよ……とかね」


「なるほど!」


「……」


 最後のはなんだか違うと思ったが、ニジュは口をはさまずにおいた。


「このことからチリルは、妖精に関する作られた情報が神々の記憶に書き込まれている、という仮説を立てます」


 エヴェトラやイの記憶にも同様の言葉が書き込まれていたと考えられるが、最初にインプットされた文章は経験で自然と上書きされる。

 妖精のことを話題にする。実際に妖精を目撃する。妖精と関わる。といった各々の個別の出来事が、奇妙に一致した作られた文章を上書きしてかき消していく。


「……不自然な記憶の書き換えは妖精狩りに決着がつこうか……といった時点で起きた。その影響は……我以外のすべての神々に及んだ」


「それを聞くだけだとピンチになった妖精が最後っ屁的な抵抗で神々の記憶をいじった、って想像できるけど……。その時アタシらいなかったし、なんともいえないね」


「いずれにせよ、ニジュ神以外の全ての神の記憶に手を加えるというのは恐るべき力です。またそんな存在がごく普通の生き物として放っておかれているこの状況にもチリルは危機感を覚えます」


「てかさ。今話してるアタシらだって、もう一度妖精の書き換えが発動したらこういうことも全部忘れちまうんじゃないの?」


 それまで黙っていたイがふいに浮かび上がる。やけにもったいをつけた神々しい動きで。


「あなたはしるだろう。多くの記憶が歪められたとしても、イ=リド=アアルの正確無比な記録には真実が残されていたことを」


 イ=リド=アアルは「本当は怖い!? 妖精の秘密に迫る会」の活動内容を記録している。記憶は改竄されても記録には真実が残り続ける。もっともこれまでに二度目の記憶改竄が起きたことはない。


 話し合いは好調に展開していく。新しい視点と意見を持つ者が加わったからだ。

 ルネは思いつきをポンポンと口に出す。役に立たないおしゃべりで終わる場合もあるが、意外な発見につながることも少なくはない。

 情報を整理し思考を選別し、理路整然と議論を進めていくのがチリルのやり方だ。


 それまでの妖精対策集会はひどいものだった。

 話すのが上手くはないニジュがぼそぼそつぶやく単語の切れ端。

 エヴェトラは難解な話についてはいけず、無駄にやる気のある相槌をする担当。

 それらはイによって正確に記録された。ニジュの言いよどみやエヴェトラの言い間違いまで完全に再現してある。


「チリルさんとルネさんが来てくれて良かったですね~」


 エヴェトラの言葉に無言でうなずくニジュ。この新たな神々に静かな称賛の気持ちを抱く。

 性格は正反対だが双子神はむしろ違いを活かして協力している。発想力や分析力もある。……無礼な面もあるがそれには目をつぶろう。


 今後の方針を決定する前に、チリルはちょこんと居住まいを正してニジュに問いかける。

 マントのようでもありスカートのようでもある布がカチッとまとまった。


「ニジュさま。不快に思われるかもしれませんが確認しておきたいことがあります」


「申してみよ」


「過去の記録を見せてもらったです。イさまのものとエヴェトラさまが作っていたニジュさまのご容態の日記です。記録によれば、妖精の減少に比例してニジュさまの体調が悪化した時期があったとのこと。もし妖精をこの地上から完全根絶できる機会が訪れた場合……」


 エヴェトラはオヤツのメロンの皮を食べるのをやめて真面目になりゆきを見守っている。


「ニジュさまならどう行動するのが最良の判断だと思われますか?」


 答えを返すのに若干の間が空いた。

 問答無用で殲滅すると宣言してくれれば、まだ気が楽だったものを。


「……みすみす好機を逃すこともあるまい」


 ニジュもまた、自分のことは気にせず妖精を討て、と明確には宣言できなかった。




 チリルは妖精の研究に着手するかたわらエヴェトラの活動にも関心を寄せた。

 この気立ての良いミミズの化身は助けが必要そうな者がいたら惜しげもなく力を貸した。

 それが枯れかけた草の一本だろうと、ひっくり返ってもがくカメだろうと、路地裏に廃棄された子供のオモチャだろうと、分け隔てなく。

 何よりチリルが見過ごせなかったのは、エヴェトラが心の価値をまったく無視して加護を与えているところだ。

 毎日の祈りを欠かさない熱心な信奉者にも、家に泊めてくれた親切な者でも平気で殺す逃亡中の罪人にも、正直に生きる働き者にも、人を騙して築いた財産で遊びふける者にも。同等に、一律に。まるで誰もが同じだとでもいうように。

 チリルは忠告せざるを得なかった。砂漠から神殿に戻ってきたエヴェトラをつかまえる。


「救済対象の価値をもっと吟味するべきではないですか?」


「え~と、吟味、ですか? 味に関係する言葉ですよね?」


 エヴェトラは意味を理解していない。

 ため息をつきたいのを我慢し説得する。


「チリルも時々命に救いを与えることがあります。しかしあなたとは違い、チリルは自分の行為で相手を喜ばせること自体に愉悦を感じたりはしません。強い意志を抱く者に対して、心の神の務めとしてその思いに応えたいというだけなのです」


「一生懸命で立派ですね」


「……その偉大な力はもっとよく対象を考えて使うべきです」


「はい! 考えておきますね!」


「……期待できそうにないです……」


 難攻不落のアホという要塞に理知の剣がなすすべもなく折れていくのをチリルは感じた。




 各地を転移して調査に出かけていたルネは妖精をつかまえることに成功した。

 遭遇のきっかけは偶然。ルネが歌っているところにふらふらと妖精が姿を見せたのだ。

 記念すべき戦利品を見せびらかしに神殿にいく。エヴェトラは出かけていて、神殿には陰気なニジュしかいなかった。

 ルネが得意げに妖精を見せるとニジュは顔をこわばらせて後ずさる。


「それを我に近づけるな」


 なんてつまらない反応だろう。

 もっと盛大に褒めたたえられても良さそうなのに。


「ハッ! どうもすみませんね! それじゃあコイツは片付けちゃいましょうか」


 ちょうどルネはムシャクシャしている気分だったので、それを妖精にぶつけてみることにした。

 ブドウの皮をむくように念力で妖精の全身をつるりとむく。

 自分以外の苦痛はルネを愉快な気持ちにさせる。ルネはこの生き物がもだえ苦しむのを期待していた。


「なんだこりゃ」


 妖精の内側にはふわふわした糸クズ状のものが詰まっているだけで、動物的な器官は一切備わっていなかった。血や体液もない。

 神殿の柱に隠れて様子を見ていたニジュがつぶやく。声の一つ一つに重たくじっとりとした不快感が乗せられている。


「……我には……菌糸の塊に見える……」


「おお! そういうあなたさまは菌類の専門家ではありませんか! なーんて丁度良いんでしょ! ちょいと協力しておくんなさいよ」


 細身の体はすっと柱の向こうに引っ込んだ。


「あー、ニジュさま?」


 続いて苦し気な嘔吐の音が聞こえてきた。


「うわ、汚い! ……あんまりご無理はなさらずに? アタシが適当に誘導して人間のヤツらに片づけさせときますんで!」


 妖精の残骸はチリルの研究所に転送しておいた。

 ルネとエヴェトラがあちこちに出かけて情報を持ち帰り、チリルとニジュが分析し、イが記録を残す。

 チリルは双子神が顕在した墓地に研究に専念できる場所を作った。




 ニジュは焦りを感じていた。


(我も役に立たなければ……)


 チリルが加わったことで楽になったがその分ニジュが貢献できることが減った。何かしようと気ばかりがせいてしまうが体がそれに追いつかない。

 しかもチリルにはただ考察するだけでなく計画を立てて実験をすることもできた。ニジュにはできないことだ。


 神殿の外に出るエヴェトラに同行したいと頼んだのは、新しいことをすれば発見があると思ったからだ。

 エヴェトラは少し意外そうな反応をしたが了承した。

 このところニジュの体調は安定している。……本物の妖精を間近で見て嘔吐したのは一番つらかった時期を思い出したせいだ。直接肉体に悪影響があったわけではない。


「お出かけするのも気分転換になって良いですね」


 転移をする時、当たり前のさりげなさでエヴェトラはニジュの腕にそっと巻きついた。別の大陸の荒れ果てた沼沢地へとむかう。


「ニジュさんが来てくれたから普段は見過ごしている発見があるかもしれません」


 普段と違うことは起きた。

 エヴェトラだけで行動していた時には聞こえることのなかったささやき声。

 他の神々や精霊がニジュの変わった容姿についてウワサしている。

 ニジュの脚が触れるたびに草の精霊はわざとらしく身震いし、カエルの神はニジュが何かするごとに侮蔑するような鳴き声で冷やかす。


「……」


 神々は産まれ持った諱字司なまえと姿に執着を持っている。あらゆる姿になれる力を持っているが自分本来の形でいることが良しとされ、その姿から外れるのは自己否定とみなされる。

 それが自分の意志であるか避けられない事情ゆえかは区別されない。本来の姿を維持できなかったことに変わりない。


 うつむくニジュにはエヴェトラが姿を変えた瞬間が見えなかった。


「ふむ……。こういった姿でいることで誰にも迷惑はかけていないと思うんですけどね!」


 その声でニジュは振り向く。淡い褐色の肌をした黒髪の人物が立っていた。背丈はちょうどニジュと同じくらい。

 人間たちと話しやすくするためにエヴェトラは時折こういった形態に変身する。

 でもそれはそうした方が円滑に人間とのやりとりができるという理由あってのこと。

 今この姿に変わらなければならない実利的な理由などなかった。それも多くの冷たい視線がむけられる中で。


「帰りましょうか」


 神殿へと戻る。ニジュの手を支えているのは、似たような形をしたエヴェトラの手だ。




 妖精がルネの歌に集まることが判明してから、チリルの研究はいっそう順調に進展していった。

 ニジュが妖精の実物をひどく嫌悪しているので神殿には持ち込まない。チリルの実験場、ルネがとらえた妖精はここに運ばれてくる。


「あいよっ、お待ちどう! 今朝とれたての産地直送品だよ!」


「わ~! 食べ物を持ってきてくれたんですか!」


「エヴェトラさま。今のはルネの冗談です」


「あ、妖精を生け捕りにしてきたんですね。食べても大丈夫かイマイチよくわからない妖精を……」


「ガッカリしてるけどここはアンタの食堂じゃなくてチリルの実験室だからね? てかそのムダに場所をとる変身をやめてくんない?」


「でもメリットもあるですよ。雑用を頼むのには便利です」


 このところ調べているのは妖精の熱、摩擦、気圧、電気、磁気、電磁波、衝撃に対する耐久度だ。

 チリルの念力で首から下がこじ開けられた妖精を見て、ルネはこんな感想をもらす。


「しかし妖精ってのはデタラメだねぇ。中身は白い菌糸の塊だなんて。神経も骨も筋肉もありゃしない。本当ならこんな中身じゃ、生き物どころか動くカラクリにもなれやしない」


「本当に異質な存在なのです。表面だけ人間を模倣して内部は適当に作られているようです。内部の菌糸も特に生命活動を助けている作用はなく、本当に詰め物としての意味しかないです」


「人間に似せているみたいなのに性別の特徴もないんですね~。消化器官も機能していません。顔のデザインとして口はありますが、食道や腸はないんですね」


 チリルの作業をルネとエヴェトラが見物していた時だ。

 急にエヴェトラが双子神を守って前に出た。

 大地の精気を練り上げた障壁を全方向に展開。

 モウセンゴケ状の粘着質の突起物がいくつも張り出している。一般的な障壁のクリアで無機質なイメージとはかけ離れた、動植物の組織に似た生々しさを備えた障壁。


 神は基本的に死ぬことも傷つくこともない。

 だがエヴェトラが危険を感じてルネとチリルを守ったのは、大げさな反応ではなかった。


 解剖途中だった妖精の体が動いている。

 体を切り開かれたまま菌糸が高速成長をはじめ、充分な成長をとげた菌糸は次々に臓器の形を形成していく。

 骨格。心臓と血管。胃袋と腸。生殖器。その他人間に必要な中身もろもろ。

 首から上は皮がついたままだが、きっと頭部の中身も色々と変化していることだろう。

 妖精の内臓の表面はファンシー調の花柄模様で、血管は隙あらば星マークやハートマークを作ろうとする。

 血液が七色に変化する。パステルブルー、ビビットイエロー、アッシュグリーン。最終的に哺乳類におなじみのフレッシュレッドに落ち着いた。


 心臓から勢いよく送り出された液体がエヴェトラの障壁にかかった。

 粘着突起がサッと動き、むちゅもちゅと妖精の血をからめとって分解する。

 小さな虫のフンのような粒の塊がパラパラと落ちていった。


 突貫工事で形作られた妖精の心臓は、数回血液を送り出すと稼働を停止した。

 妖精は絶命している。死体になっても内部が菌糸に戻る様子はない。

 エヴェトラが警戒を解き障壁を消した。


「ふい~、びっくりしましたね。チリルさん、ルネさん。妖精はこういうわけのわからないことをしでかします」


「今のって、アタシらの言葉がきっかけだと思って良さそうだね……」


「……心や言葉の影響を反映する、というのはこういうことですか」


 チリルとルネが異変を起こした妖精の死体に注目する中、エヴェトラは妖精の血から生じたものを眺めていた。フンの山だ。


「やーねー。真剣な顔でウンコなんて見ちゃって」


「いえ、これは私でも真剣にならざるを得ないといいますか。え~とですね、私の防御結界というのは……」


 エヴェトラ=ネメス=フォイゾンは生命の循環と関わる神だ。そのうごめく障壁は、この神が食べて分解できるものをミミズのフンに変えて落とす。


「ごめん。ヤバさがよくわからない。だってしょせんミミズのウンコの話だし?」


「空に開いた穴から訪れた異界の存在が、この世界に元からある食物と同様の反応を示したということにエヴェトラさまは脅威を感じているのでは?」


 チリルのまとめにエヴェトラは人の頭でコクコクとうなづく。


「それで食べ物っていうのは基本的に命であり、それはこの世界で循環していくものなんですよ」

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