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ゴブリンとゴブリン

 バザウは、非の打ちどころのない美青年だ。

 つるりとした頭。ソラ豆型にひしゃげた頭蓋骨の形が一目でわかる。

 鋭い目は、張り出した額に隠れがち。それもまた、ミステリアスで良い感じ。

 凶悪な三白眼の視線に群れの女たちはメロメロになる。

 何よりも男ぶりを上げているのは、猛禽のくちばしのように太くとがった鼻だった。


 バザウはそんなゴブリンだ。




 今日は群れの男たちが狩りをするという。

 ガラクタが散らばる森の広場に集まってぺちゃくちゃしゃべる。

 ごちゃっとした狩りの話し合いの結果、街道で人間の商人の馬車でも襲撃しようかということにまとまった。


「バザウ! お前も当然参加するよなっ? よなっ?」


 バザウが静かに愛用の短刀の手入れをしていると、陽気なサローダーが声をかけてきた。

 他のゴブリンは、まず武器の手入れなんてしない。

 愛用の武器も持たない。すぐ壊すから。


「そう……、だな」


 バザウは思考をめぐらせる。


 ここ数日降り続いていた豪雨が今日になってようやく晴れた。

 街道の北方には大きな川が流れており、大雨の際ここは通行不可能となる。

 雨による遅れを取り戻すため、商人は旅を急ぎたいはずだ。

 焦りは不注意を産む。つけこむ隙は充分ありそうだ。

 雨でぬかるんだ泥道も重い荷物を積んだ馬車には不利となる。


 それだけのことを一呼吸の間に考えて。


「ああ。俺もいこう」


「うんうん。バザウ。そうこなくちゃ。今日は絶好の暴れ日和だもんな! な!」


 お調子者のサローダーはくるくると踊り出した。


「オイラにはわか、わかる、わかってた! なんてったって今日という日は、洗わないで放っておいたオイラの腰巻きからキノコがはえたったんだもんな!」


「……」


「これは、うん。ひょっとしたらいるかもしれないゴブリンの神のお告げだな。奪って、殺して、略奪せよとのお告げだろ? だろ?」


 サローダーのいう不潔なキノコと略奪日和の因果関係は、バザウの知性を持ってしても解明できなかった。




 ゴブリンたちの馬車襲撃は上手くいった。

 もともと好条件はそろっていたし、バザウが影であれこれ群れの手助けをしたからだ。


「イヤッハァアアッ! ソォオッスェエジだっ、だっ!!」


 荷物をあさっていたところでゴブリンの歓声が上がる。今回の略奪品は当たりだった。

 人間を襲撃することでまれに得られるソーセージは、ゴブリンの大好物だ。

 群れが住処としてる森は豊かだがソーセージは手に入らない。

 麗しきソーセージ。その身は柔らかくジューシー。パリッとした皮。どんな木の実や果物よりもゴブリンを魅了する極上の美味なのだ。


「おい、アホのサローダー。ソレ喰うんじゃねえよ」


「ソーセージ、植えようぜ」


 ソーセージ植えよう派のゴブリンがサローダーに絡む。


「嫌だ! オイラは今喰いたい、たいっ!」


「バカか! テメェの頭には目先のことしかねえのか? ソーセージの木さえできりゃ、後でいくらでもソーセージの実が喰えるんだよ!」


「これだからソーセージ植えよう派は学習能力のないバカだな! そうやって、もう一、二……たくさん回も失敗してるじゃねえか!」


「そうそうだだだっ! そうだっだ!」


 ゴブリンの群れは一枚岩ではない。ソーセージすぐに食べたい派がサローダーに加勢する。ただし隙あらばサローダーの手からソーセージをひったくる気だ。


「お前らバカじゃねえのか? 食べものを土に植えるなんて面倒だろ! 最初から土を食べれば手間もない」


 さらにそこに土を食べれば良いじゃない派までもが参戦して激論となる。




 結局この口論は、サローダーが問題のソーセージを腹に収めることで終結した。

 そして今度は口論の代りに、もっと騒々しい乱闘がはじまったわけだが。

 騒ぎの蚊帳の外にいたバザウは、ずっと一人で黙ってソーセージのことを考えていた。


 ゴブリンの間では珍貴な果物としてしられているソーセージ。


 その見た目と味から、バザウはソーセージの正体は肉ではないかと疑っていた。

 森でウサギやシカを仕留めた時には内臓をかき出す。

 どうもソーセージの皮の具合が腸に似ているように思える。

 身の食感も、細かくした肉に近いようだ。


 だが、バザウはいまいちソーセージ=肉説に自信を持てないでいた。この説には一つ致命的な欠陥があるからだ。

 だって……、もともと消化物やら排泄物が入っていた場所にわざわざ肉を詰め込んだ……、ってことになる。

 どう考えてもバカげている。狂気の沙汰だ。




 馬車の積み荷から、思い思いのものを持ち出したところで、ゴブリンたちは足早に森へと帰る。


 人間は犬を利用する。ゴブリンが森狼と手を組むように。

 そして狼の習性からバザウはある程度犬のことをしっていた。

 犬の追跡から逃れるには川を横切るのが手っ取り早い。

 足跡の臭いはそこでとぎれる。流れる水が臭いをかき消してくれる。

 少し離れた場所にちょうど良い小川がある。


「みんな。そこを迂回して、小川をこえていかないか?」


 バザウの提案に、群れの仲間はただバカにしたように肩をすくめた。


「バザウは出かけた帰りには、いつもコレだよ。川遊びが大好きで、困っちゃうっちゃ」


「川だぁ? 遠回りになるだろうが! 遊んでるヒマがあるかよ。早く住処まで戻らねえと」


「……人間の追手を振り切るには、水で臭いを消す必要が……」


「バッカか! お前! よーく考えてみろ!」


「川なんて渡ってみろよ! 俺たちの濡れた足跡が、乾いた地面にペタペタ残るぞ!」


「足跡を残していくなんて危険すぎる!」


 サローダーが優しげに説得してくる。


「バザウ。水遊びをしたい気持ちは、オイラもとてもよくすごくわかるよ。楽しいもんな。でも今はそういう時じゃないだろ? だろ?」


「……」


 バザウは略奪隊からこっそりと離れた。

 わざと自分の体を木々や岩にこすりつけ、あちらこちらを複雑に歩き回る。

 臭いによる犬の追跡をごまかすだけでなく、人間の目を混乱させるためにわざと後ろむきの足跡をつけたりもした。


 これでもう大丈夫だと判断してバザウはやっと森の居住区に戻る。


「遅いぞ! バザウ!」


「何やってたんだ」


 先に帰っていた略奪隊から非難の声があがる。


「まー、まー。そうカッカするもんじゃない、ないよ」


 サローダーが間を取りなす。

 親しげな様子で彼はバザウの肩をポンポン叩いた。


「よっ! 気を悪くするなよ。みんな本当は、バザウが迷子になったんじゃないかってって、心配してたんだ」


「……それはありがたい気遣いだな」




 ゴブリンたちが住処にしているハドリアルの森には食料が豊富だったので、人間を襲わなくてもそこそこの暮らしはできた。

 バザウは森中の果樹の場所を把握していたし、それぞれの実のなる時期も覚えていた。薬草やキノコの群生地も頭に入っている。

 もっとも他のゴブリンはそんなことは信じていない。


「バザウ。思い上がってはいけないよ。森の恵みはいつもワシらの思いもよらない場所で見つかるものだ」


 薬師の古老がバザウをたしなめる。


「お前さんは木の実や果物がある場所がわかるなどとうそぶいておるな。では当然、新鮮なウサギの肉が森のどこにあるのかも、わかるはずじゃな?」


「いいえ。それは……」


「ほれ見ろ! わからんではないか。やれやれ。若さゆえの思い上がりとしったかぶりは、その程度にしておくんじゃな」


「……」


 それ以来バザウは、木の実のありかを仲間には教えていない。

 群れにひどい病気やケガをした者が出た時にだけ薬草をこっそりつんでくるぐらいだ。

 バザウはそれを薬師の住処の近くに置いておく。薬師は特に深く悩まずに、ありがたくそれを使う。

 長く生きてきたというだけで、必ずしもそれに見合った知恵がそなわるわけではないようだ。




 いつしかバザウは旅をすることを決意した。

 いや。ずっと前から群れを出ることは決まっていたのかもしれない。

 くだらないことでゲラゲラと笑い転げる仲間たち。

 バザウはいつもその空気に馴染めないでいた。群れの中にいても孤独だった。

 短絡的で思い悩まず、毎日を適当に生きる。ゴブリンとはそういう生き物だ。

 バザウはそんな一族を軽蔑すると同時に憧れてもいた。何も悩むことなく生きる。なんて羨ましい。自分もああいう風に生きたいものだ、と。


「フッフーッ! どうしたたん? 暗い顔してるねー」


 バザウの旅立ちの日にサローダーがばたばたとやってきた。


「待て! 理由はいうな。当ててみせるから。うーん……。オイラたちと別れるのが、さびしくなったった?」


「いや」


 この幼馴染の挙動には、もう苦笑するしかない。


「おっとと、ととと! 忘れるところだったぜ! 旅立つバザウに、コレ渡しにきたんだ」


 サローダーの手には、根っこに泥がついたままのハーブの束が握られていた。

 彼の母親は園芸を趣味としていて、こういったハーブ類を育てているのだ。

 ミント、ドクダミ、シソ、クマザサ、クズ。とても丈夫で繁殖力の強い草で枯らす方が難しい植物だった。


「バザウはこのくっさい草が好物なんだよな? な? オイラちゃんと覚えてるぜ。まったくお前は変り者だからなー」


 強い芳香を持つハーブ類は、多くのゴブリンにとって、くっさい草でしかない。

 ハーブを口にするのは病気の時に嫌々薬として飲むぐらいだ。

 たいていのゴブリンはハーブを嫌うのでバザウはよく自分の食べ物をハーブの葉でくるんだり、ハーブと混ぜたりして保管していた。

 そうしておけば、他のゴブリンに横取りされる可能性がグンと減る。

 鼻がスースーする独特の風味はバザウ自身もあまり好きではないが、まあガマンのできる範囲だ。


「持ってきてやったぞ! 友だちだからお礼はいらないけど、何かお返しはくれよな。な」


 サローダーからハーブの束を受け取る。

 ゴブリンの群れを離れる今となっては、もはやあまり必要なものではなくなったが。


「ありがとう。それじゃ、木の実を七個やる」


「足りないぜ!」


「……サローダー。両手を出せ」


「あい」


「まず一個だ。次にもう一個。さらに一個」


 一粒ずつ確認させるように手渡していく。


「おおうっ! さすがオイラの友だよ! だよ! 一、二……、こんなにたくさん! 太っ腹だな」


 三個渡した時点でサローダーは満足していたし、どうせそれ以上は数えられないのだが。


「一個。一個。一個。そしてこれが最後の一個だ」


 最初の宣言どおり七個の木の実を渡すことにした。


「ヒャッフーッ!! これだけあれば、れば、一生食べ物には困らないぜ!」


「……それはどうかな」


 ハーブの束を荷物袋にしまい込みながら、バザウはふと疑問を感じた。


「お前の母さんは、どうしてわざわざくっさい草なんて育ててるんだ?」


「バザウはくっさい草が好きだってって、オイラが母ちゃんに教えたからさ」


「……」


 口には出さなかったが、バザウはこの贈り物をせせら笑った。

 やはりゴブリンは愚かだと。

 自分は食べることのできない植物をせっせと栽培するなんて。


挿絵(By みてみん)

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