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7、嵌められる

『九条瑞姫、深夜の熱愛』

『平成のヴィーナス、堕ちる』


 亮がいろいろ手を打ったにも関わらず、記事の流出を止めることはできなかった。

 3日後の女性週刊誌に雅之と瑞姫の写真付きで記事が載ると、たちまち新聞やテレビの芸能ニュースは、九条瑞姫の熱愛報道を取り上げた。


 普段芸能ニュースに疎い悠姫も、クラスメイトもがその話題で持ちきりであれば、自然と瑞姫の報道に気づく。


「九条瑞姫って純情そうなキャラだったのにびっくりだよね!」

「週間マンデーでしょ?私も見たよ。深夜の通りで堂々と抱き合うなんてね」

「私ファンだったのにショックだよ~!」

「主演映画の話も危ないらしいよ。あの監督ってスキャンダルに厳しい人で有名じゃん」


 悠姫が意識しなくても、教室にいれば休憩時間ごとに、否応なく九条瑞姫の噂が耳に入ってきた。

 一高校でも大騒ぎなのだ。世間での反応は押して知るべしだ。

 改めて妹瑞姫の人気の高さに悠姫は内心驚いていた。

 昨夜、自宅の瑞姫は、悠姫にはにこやかに「大丈夫だから」「心配しないで」と言っていたが、心配をかけまいとしての事だということは分かっている。

 無理をしている事は双子の自分には、容易に察することができた。





「熱愛でもなければ、深夜でもないっつぅの」


 いかにもうんざりした口調に、悠姫はハッとして顔を上げた。


「おい、悠姫。大丈夫か?」


 昼休憩の時間になって、悠姫の前の席に後ろ向きに座った雅之が、机に購買で買ったパンをひろげながら、悠姫の顔を覗き込んでいる。かすかに眉間に皺が寄っている。

「うん……大丈夫」と悠姫が作り笑いを返すと、雅之は「根拠のないスクープだし、すぐに熱も冷めるから。気にするな」と小さく呟いた。コクリと頷くと、悠姫もお弁当に手をつける。食欲は全然なかった。


「和田くんにも、巻き込んじゃったみたいで……ごめんね」

「いや、俺の方は今のところ、実害はないし……」


 雅之がそう言いかけた時、教室の前の方に集まって雑誌を覗き込んでいた女子のグループから、「ねえ、瑞姫の相手の男性って和田くんに雰囲気似ているよね?」と声が聞こえてきた。


 雑誌の写真は、一般人の雅之には配慮したのか、顔の辺りはぼかされていて、はっきりした人相はわからない。ただかなり背が高く、いかにもスポーツをしている立派な体躯は誤魔化しようがなかった。


 口々に「似てる似てる」と騒ぎになってくる。

 悠姫はばれてしまったのかと内心ハラハラしたが、雅之が憮然とした表情で、「な、わけねぇだろ」と凄むと、一発で静かになった。雅之のいきなり冷たくなった雰囲気に、女の子たちの顔もビクリと引きつる。

 各々「そうだよねぇ」と、愛想笑いを浮かべながら、肩を竦めた。


 悠姫の学校のサッカー部は昨年は県大会でもベスト4に入り、公立の中では強豪として知られている。

 その中で、1年生の頃からレギュラー入りしている雅之は、容姿も悪くないし、勉強もよくできて、それだけならば女子に人気があってもおかしくなかった。だが、今まで異性に対しては、極端に無愛想だったため、女子には恐れられているようなところがあった。


 硬派で通っていた雅之が、突然お堅い優等生の悠姫と一緒にいることが多くなって、周りは摩訶不思議カップルとして、大いに首をかしげた。

 むしろ一女子に対してとはいえ優しくなったのは、雅之の人柄が丸くなったせいで、これからは多少話もしやすくなるかもと、多くの女子からは歓迎される向きさえあった。

 ところが、雅之の表情をみれば、それが勘違いだったと分かる。

 触らぬ神には祟りなし、だ。


 雅之が機嫌を損ねたと思われたのか、急にクラスメイトに遠巻きにされて、悠姫は居たたまれず、慌てて食べかけの弁当を片づけると、和田を誘って、中庭に場所を変えた。

 ずっと朝から気に掛かっていたことを、雅之に相談したいからでもあった。




「今夜瑞姫の記者会見がホテル・オークラであるんだけど……」


 中庭のベンチに腰掛け、再びお弁当を広げると、悠姫は静かに話し始めた。


「元々は今オンエアされているドラマの記者会見だったの。でも、どうしてもあの記事に質問がくるのは避けられないだろうって亮ちゃんが言うの。瑞姫は純情可憐なキャラクターを買われていたから……その反応次第で決まっていた映画の主演が他の女優さんに変更になってしまうかもしれないって」


 5月の中庭はまだ少し肌寒く、他にベンチに座って弁当を広げているのは、雅之と悠姫の二人だけだった。悠姫は膝の上の弁当の蓋を開けながら、中身には手をつけず、小さな溜息をついた。


「でも瑞姫は今回の主演、やる気満々だったの。尊敬している監督さんに認められたってすごく喜んで、役作りのため早朝ジョギングまで始めて。……こんなことでダメになるなんて瑞姫がかわいそう過ぎると思う」

「でも九条瑞姫にはあの敏腕マネージャーがついてるだろ?」

「今回のスキャンダル報道は単なるパパラッチではなくて、周到に謀られているようだと言ってた。色々と手を回したけど記事の掲載を止められなくて、同時に瑞姫のネットバッシングが始まって。亮ちゃんはこれも仕組まれたものに違いないって」


 雅之は悠姫の話に相打ちを打ちながらも、瞬く間に1つ目のパンを平らげると、2個目に取りかかった。


「……一つ、手があることはあるけど。あいつらがそれを感謝するかどうかはわかんねぇぞ」


 戸惑った顔をして雅之は悠姫に視線を向けた。

 雅之の言葉に、はっとした表情で、悠姫が視線を返す。その目に期待の色が浮かび、コクリと頷ずく。


「悠姫に嫌な思いさせるかもしれないぞ。それでもいいのか?」


 悠姫は迷いなく、再びコクリと頷いた。


「うん、それでもいいです。瑞姫の力になれるなら、私何でもするよ」

「……仕方がないな、悠姫がそう望むなら。じゃあ、作戦たてるぞ。実行するには、他にも協力者が必要だろうし」

 

 雅之はしばらくじっと考え込んでいたが、やがて心配そうに覗き込んでいる悠姫に気付くと、大丈夫だからと笑顔を見せる。

 双子の瑞姫が「大丈夫」と言っても、不安がつのるばかりだったのに、雅之が大丈夫と言うと、本当に大丈夫な気がするのが不思議だった。

 つい先日まではクラスメイトでも、顔も名前もよく覚えていないような他人だったのに。  

 こんな誰にも言えない、トップシークレットな相談事をしてしまうことが、「自然」になっている。 


 いつの間にか、誰よりも傍にいる。そして「友達だろ?」と言ってくれる。

 ―――そして、以前よりよく笑う自分がいる。


「でも、その前にしっかり腹ごしらえしなきゃな。食べないんだったら、その卵焼きもらっていい?」


 にっこり笑う雅之は、先ほど教室で見た彼とは別人のようだ。

 悠姫は「いいけど、凄い食欲だね」と目を瞠った。


「まあ。育ち盛りだしな」

「え? 和田くん、まだ育ってるんですか」

「もういい加減にしたいけどな。今でも、鴨居の低い家だと、うっかり頭ぶつけたりするんだ」

「大変だね。……和田くんでもそんな失敗するんだ」


 クスクス笑う悠姫の笑顔を見て、雅之は満足したように「まあね」と答えた。

 誰に対しても敬語一辺倒の悠姫が、自分に対しては少しずつ言葉が砕けてきている。

 それが訳もなく、嬉しかった。


 悠姫の卵焼きを一つ口に放り込む。少し甘めに味付けされた卵焼きは、贔屓目にみなくても、うまい。

 それから、雅之はポケットから携帯電話を取り出し、「協力」してくれそうな相手を思い浮かべつつ、メールを打ち始めた。



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