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3、露見する

「さすがの姉貴も、こりゃ認めざるを得ないよな」


 雅之の姉のマンションからの帰り道。

 電車を降りて、悠姫の住むマンションまで送っていく途中、ニヤニヤ思い出し笑いをしている雅之を、悠姫もにっこり笑顔で見上げた。


「お役にたてて、良かったです。じゃあ、お芝居の約束は完了ですね」


 嬉しそうな悠姫の様子に、雅之は思わずムッとする。


「そんな訳にはいかないだろ? 姉貴、すっかり悠姫のこと、気に入って、また連れて来いって煩かったじゃん。それで即止めたりしたら、すぐに嘘だってバレちゃうだろ。そういうところ、姉貴は鋭いんだ」


 とたんに悠姫はしゅんとなった。


「え……でも、私も困ります。いつまでもお姉さんを騙しおおせる自信もないですし」

「困ってる割に話も弾んで、悠姫も楽しそうだったじゃないか」

「それは……確かに色々おしゃべりするのは……楽しかったですけど……」

「俺も楽しかった。それと、姉貴が言ってた事は気にしなくて良いから、な?」


 意味が分からなくて、悠姫が小首を傾げると、雅之は一つ溜息をついて言った。


「ほら、ファッション雑誌を見せて、こんな髪型が良いとか、こんな洋服が似合うとか、メガネをコンタクトにした方が良いとか、好き勝手言ってただろ? あんなの、きっぱりすっぱり無視して良いから。悪気はないんだけど、お節介なのがあの人の悪いとこなんだ」

「……でも、お姉さん、優しくて素敵な人です」


 そう言った瞬間、自分を見下ろす雅之の顔にとても柔らかな笑みを見て、驚いた悠姫は慌てて俯いた。

 それが、雅之には拒否されたように見えて、急に表情が翳る。

 恋人のふりを続けると聞いたとたん、悠姫の顔から笑顔が消えたように感じた。

 自分と一緒にいることを、悠姫には負担に思って欲しくない。


「―――――だけど、悠姫は何も変えなくても良い。そのままで良いから」

「でも、和田くんも、初めて会った時はメガネ似合わないって言ったじゃないですか。男の子って、彼女が冴えないって思われるのは嫌でしょ?」

「別に。俺は元々他人なんて気にしないし。……それに、悠姫はわざと冴えない格好してるんじゃないの? メガネ似合わないって思ったのはホントだけど、それ以上に、悠姫って素顔を見られるの怖がってるみたいじゃん」


 ピクンと動きを止めた悠姫の頭を、雅之はポンポンと軽く撫でる。


「悠姫が九条瑞姫に似ているって言う姉貴の言葉を聞いて、納得したよ。まあ、有名な女優に似てるって、きっと良いことばっかじゃないだろうしな。嫌なこともあるかもだし。案外……途中で転校してきたのも、そのあたりに原因があったのかなって」

「なんで……」


 悠姫の様子から、当たらずとも遠からずというところかと、雅之は見当をつけた。


「目立ちたくないってんなら、そのままで良いから。無理することない」


 目を見張って立ち尽くす悠姫の頭を、そのままくしゃりと撫でる。

 やがて徐々に悠姫の表情が緩んでいった。


「和田くんって変わってますよね。もっと怖い人だと思ってました」

「まあ、そう思っているヤツが多いのは知ってるけど、実際の俺はメッチャ紳士だぜ。それに悠姫の場合、心配しなくても、外見を補って余りあるほど面白いし」

「何、それ!!」

「行動、予測できないしな。俺、冷静な方だと自負してたけど……こんなに振り回してくれる人間に出会ったのは初めてだ」

「それって、褒め言葉なんですか?」

「おう。もちろん」


 ふふふ、と悠姫が声を出して笑った。

 雅之も笑いながら、包帯に触れないように、サッと悠姫の右手を取って歩き出す。

 雅之の行動に、仰天した悠姫が声を上げた。


「和田くん! 手!!」

「別にいいじゃん。俺たち友達には違いないだろ?」

「そりゃあクラスメイトだし、友達に違いないかもしれないけど……手を繋いだりって変じゃないですか?……」

「変じゃないだろ。友達なんだから」


 雅之はくっと笑いを堪えながら、黙り込んでしまった悠姫を振り返る。

 目が合うと、悠姫は頬を染めて、困った顔をして、「だって、男の子と友達になった事なんて初めてなので……よく分からないです」と小さく呟いた。


 今度は雅之が頬を赤くする番だった。

 不意を突かれて、柄にもなくうろたえた。


「女友達でも手を繋いだりすることあるだろ? それと一緒だよ」


 くるりと前を向くと、繋いだ手を意識しながら、悠姫の半歩前を黙って歩く。

「そうなんだ……」という小さな声が後ろから聞こえた。


 驚くことに、悠姫は今の説明で納得してしまったようだ。

 高校2年生にしては、随分世間知らずだし、人を疑うことを知らない。

 こんな風に素直に信じられると、逆に調子が狂ってしまう。

 姉が言ってたように、案外箱入りのお嬢様なのかもしれない。

 



 色々巡っていた雅之の思考は、傍らを過ぎた白っぽい乗用車が行過ぎたとたん、思いっきり響いたブレーキ音で遮られた。

 後部座席のドアが開いて、髪が長く、サングラスをかけた女性が降り、憤ったような様子で駆けてくる。


「ちょっと、あんた、誰!? なぜ私の悠姫の手を握ってんのよ!」


 雅之と悠姫の間に強引に割り込んで、雅之の手を払う。

 女性の傲慢な様子に、雅之は眉をひそめた。


「瑞姫ちゃん、痛いよ! まだ抜糸済んでないのに!」という悠姫にチラリと視線を向けた後、

「ごめん! だけど、そんな事言ってる場合じゃないでしょ! だから、転校なんて反対だったのよ。ちょっと目が届かないと、こんな変な虫が付いちゃって!!」と、悠姫を叱り付ける女性を見据えた。


「虫って、酷い言い様だな」


 突然現れた高飛車な女性と、睥睨する雅之の間を、悠姫はおろおろ視線を彷徨わせながら取り持とうとしている。


「瑞姫ちゃん、和田くんは変な虫じゃなくって、クラスメイトだよ。この前怪我した時に、助けてもらったんだよ」

「お姉ちゃんは黙ってて! どうせ何か下心があってのことに決まってるんだから!」

「ううん。和田くんは良い人だよ。親切な人で、お友達になったの。飾らなくて良いって、無理しなくて良いって、このままの私で良いって言ってくれたんだから」

 

 ―――――瑞姫ちゃん、お姉ちゃん。

 二人の声を拾いながら、雅之は目の前に出現した人物が誰なのか、探ろうとした。


「お姉ちゃんって……姉妹なのか?」


 雅之の問いに答えたのは、生意気な妹の方だった。


「そうよ。お姉ちゃんと言っても、私たちは双子なの。人見知りの激しい姉を、どんな方法を使って手懐けたかは知らないけど、……人の良い姉は騙せても、私は騙せないわよ。覚えておいて。姉に近付く人間は、私が認めた人じゃないと許さないの!」

「高校2年生の姉の交友関係まで口を挟むなんて、いくら妹でも、ちょっと傲慢じゃねぇの?」

「何とでも言いなさいよ。私が悠姫を守らなきゃ誰が守るって言うの? それでなくても私の仕事のせいで、悠姫には下心を持った下劣な男が集まってくるの。あんたみたいにね!」

「仕事?」


 女性はサッとサングラスを取ると、雅之を睨み付けて来た。

 そこには、姉美幸の部屋にあった女性誌の表紙を飾っていたのと瓜二つの顔があった。


「……九条瑞姫?」


 驚きに目を見張る雅之の表情に、瑞姫は満足そうにニヤリと笑った。


「そう。……伊那悠姫の双子の妹は女優の九条瑞姫なの。だから、当然姉の相手はそれに相応しい人しか許さない。そんな資格もなく姉に近付く『変な虫』は、私が遠慮なく駆除して、社会から抹殺して差し上げるから、覚悟することね!!」


 瑞姫は捨て台詞を吐くと、「岩田!」と声をかけた。

 すると、ハザードランプをつけたまま、路肩で停車していた車の運転席から、がたいの大きなスポーツ刈りの男が降りてきた。

 雅之も身長は高いほうだが、それでも見上げなくてはいけない。

 2m近くある、大男だ。

 男は三人に近付くと、雅之にはジロリと視線を走らせただけで、悠姫の持つバッグを取り上げ、「どうぞ」と彼女に車に乗るよう薦めた。


 悠姫は妹に何か言いたそうだったが、通りの反対側を歩いていた人が足を止めて興味深げにこちらを見ている事に気づくと、


「和田くん、今日はごめんね。でも、楽しかった。ありがとう。お姉さんによろしくね」と、すまなそうに雅之に声をかけ、大男の後に続いた。


 後に続く九条瑞姫の挑戦的な視線を、雅之は軽く受け止める。

 悠姫が車に乗り込む際、バイバイと小さく手を振るのを見て、それに振り返しながら、雅之はニヤリと笑った。


 なるほど。九条瑞姫の双子の姉か。

 どうりで似ているわけだ。

 だが、多少脅されたところで、今更手を引ける訳がない。


 退屈していた毎日が、波乱に富んだ日々に変わる。

 こんなワクワクするような高揚感を感じるのは久しぶりなのだから。



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