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地獄の嘘  作者: 白駒の池
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1.父の秘密

「で、なんでそんな古いことをしりたがるのさ?」

 矢口満知子という女性は、私の問いかけに気だるさを理由に話したがらない。

「だから、知っていることがあったら父のことを教えてほしいんです。」

 私がそう言うと、もう、10年以上も前のことだから、と何度も念押しして、矢口満知子は話し始めた。


 そっか、克己って言うのは、あんたのオヤジのことだったんだね。

へぇ、あの子と付き合いがあったころは、目をくりくりさせて、よく聞かされたよ。その名前。

えっと、なんだったけな。確か、有名な精密機器メーカーに勤めていたよね。

あの子さ。中学の時に家族と一緒に八ヶ岳のなんとか、っていうところに出かけてね、あっ、ごめん。もう、忘れちまった。思い出せないことが多くて、申し訳ないけど。そこで、あんたのオヤジに会ったことがあるんだそうだ。まだ、結婚も婚約もしていない二十歳そこそこの、あんたのオヤジと。


 「えっ、そんな昔に?」


 そう。知らなかったんだね。その時にね、白駒池ってあるんだろ。信州に。私はあの子から、写真で見せられたんだけど、きれいなとこだよね。

 そこにね、あんたのオヤジが居たんだって。アルバイトしていたらしいよ。あんたのオヤジはそこで。何にもないとこだけど、黄色い綺麗な明かりのランプを売っていて。そんな店でアルバイトしていたらしいね。あの子はそれを買って東京に送ってもらうことにして、そしたらね、その時記念にとった写真を一緒に送ってきたらしいよ。それで、それ以来、年賀状や暑中見舞いで連絡取っていたみたいだね。

 そうして、何年か過ぎて、疎遠になり始めたころ、ちょうど、あの子が大学生になって、新宿のさ、ヒルサイドホテルにあるラウンジでアルバイト始めてね。そこへ、本当になんの因果か、あんたのオヤジがやってきたんだよ。


 「因果って…」


 そ、因果。悪く思わないでね。私はあの子の数少ない味方だから。

最初ね、あんたのオヤジはわからなかったらしいよ。女の子は中学、高校、大学ってずいぶん感じが変わるものだからね。でも、あの子はすぐに気がついて、偶然の再会を喜んだみたいだよ。


 「偶然の再会・・・」


 そうさ、本当に偶然のね。何年かぶりの本当の偶然で、二人は、急速に親しくなっちまった。

その頃から、あの子は克己っていう男に惚れちまったんだろ。二人がどんなふうに親しくなっていったかまではわからないさ。でもね、克己っていう男には、婚約者が居たっていうじゃないか。それを聞いたのはずいぶん後になってからだけど、ひどい、私はそう思ったさ。あんたのオヤジはひどい男。


  「ひどい男」


 『いつか言おうと思っていた。』そう言ったんだそうだ。でも、そんなこと、あの子が本気になる前に言ってくれなきゃ、本当ひどい話さ。あ、大丈夫かい?世の中にはね、知らない方がいい話がいっぱいあるからね。


  「大丈夫。教えてください。」


 そうかい?それでね、あの子は結局あんたのオヤジとは別れられなかったんだよ。あんたのオヤジは結局あの子と別れられないまま、婚約者と結婚したのさ。たしか宮古島だったろ。新婚旅行。台風でも来て、飛行機が飛ばなきゃいい、そう言って大泣きしていたよ。


  「そんな昔から父がほかの人との関係を続けていたなんて。」


 でもね…その頃、新宿で連続レイプ魔の事件があってね。あの子。バイトの帰りに襲われてさ。右目をね。右目を失明しちまったんだよ。

 そう。未遂で済んだのに、殴られて、右目をね…。

幸いなことになんだか、不幸なことになんだか。そして、また、克己、あんたのオヤジと結びついちまったのさ。どんなやりとりがあったのかは知らないけど、あんたのオヤジが、それこそ、朝から晩まで看病して、右目のハンディキャップにあの子が負けない、そんな生きる意欲を持ち始めるまでには、相当長い時間がかかったようだよ。あんたのオヤジが救ってやったんだろうけどね。そうしてね、ある時さ。多分、あんたのだろうねぇ、あんたのオヤジの財布から写真が出てきて、子どもの写真を見ちまったんだそうだ。あんたのオヤジが、自分にやさしく手を差しのべながら、家庭でもよろしくやってる、そんな男の性っていうのかねぇ。「離れたい」って手紙を書いてさ。


  「あの手紙だ……」

  私が見た、父へのあの手紙だ。母が隠していたあの手紙


 さっさと別れちまいなよ、って私は言ったよ。良いことなんて何もないだろ。だから、言ったんだ。さっさと別れちまいな。って。でも、あの子が別れようか、と心を動かし始めた時、今度は、どういうわけか、あんたのオヤジがさ、脚が痛いって入院してね。病名までは聞かなかったけど、ひどい病気をあの子は疑っていたよ。

 見舞いに行きたかったんだろうにさ、あの子はあんたのオヤジからの連絡をずっと待ってたさ。何もなく退院してくることを祈ってね。結果がどうだったのかは私はしらないけどね、待って待って連絡が来たらしくって、そうしてね、それからは寄り添うようにひっそり関係は続いていたみたいだね。そのうち、携帯ってやつができてさ。よく連絡とってたよ。


  「そんな昔からずっと」


 でさ、ある日ね。あの子、白い乗用車にはねられて青山で死んじまったんだよ。

警察はね、散々調べたらしいけど、結局犯人は捕まらなかったよ。

けどね。はっきり言うけどさ。私はその犯人に心当りがあるんだよ…


  「犯人!」

 

 あのレイプ犯だって、結局捕まえられず、今度ははねられて死んじまうんじゃひどい話さ。しかもだよ、場所は田舎の人気のない道じゃないんだよ。東京のど真ん中。捕まらないなんてあり得ないさ。

「警察は何してんだ!!」って散々怒鳴りこんでやったけどね。警察もそいつのところに、東京から調べに行ったらしいけど、結局違ったってことなんだろうけどね。


  「それって、まさか、まさか、父のことなんじゃ?父が人を殺したっていうんですか!!」



 だから、言っただろ。知らない方がいいことがたくさんあるって…



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