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薔薇の咲く庭

薔薇の咲く庭2

作者: 牛尾

薔薇の咲く庭の男の子視点の話です。

これは僕の初恋の話。

綺麗な花の咲く庭で過ごした数年の出来事で、一番大事な思い出。


  *  *  *


僕の家は金持ちだ。

でも、だから?

昔はそれで、もてはやされて嬉しかった。欲しいものは手に入ったし、ちやほやされて良い気分だった。何もわかっていなかったから、考えなかったから。

でも、成長すれば自ずとわかる。

家のおかげで何ができてもちっとも嬉しくない。

家の名前のおかげで周りに人がいても嬉しくなんてない。

だってそれは僕とは全く関係ないんだから。

僕自身勉強も運動も、いろいろ頑張っては見たけれど、良い結果が残っても「さすが斎家の方は違うわね」の一言で片付けられてしまった。

それでもきっと兄よりはマシだと耐えてきた。

長男で跡取りの兄はすべて完璧にこなすことを強要され、人間関係も両親に干渉され、それでも何一つ不満も言わずに頑張っている。

それなのに次男の僕に文句を言うことなんてできるだろうか?無理だ。

それに誰にどう文句を、不満を言えばいい?

聞いてくれる人も、理解してくれる人も僕にはいないのに。

だって、それが当たり前の世界にいるのだから。


友達ってよくわからない。

学校のクラスの子の大半と話すけれど、いつも親のこと、会社のこと、家のこと、または自慢話。

別に聞いたからといって何か情報が得られるわけでもないし、楽しいとも思えないような内容ばかりだ。

いろいろ面倒だから笑いながら対応するけど、別に楽しくて笑っているわけではなかった。

というか、楽しいってなんだろう?

ああ、昔家族で旅行に行ったときは楽しかったかもしれない。

それももう何年も前の、兄も僕もまだ幼児だったのころの話だけれど。

ずっと教室にいて、顔に笑顔を貼り付けているのは結構忍耐のいることだった。

だから昼休みの様な長い休み時間は一人になれる場所を探した。

そして見つけたのは学校の奥、細い道で繋がってはいるけどほとんど中等部の敷地にある裏庭だった。

裏庭には沢山似た葉をつけた木が植わっていて、でも僕にはその木が何の木なのかわからなかった。


昼休みは一人になるために毎日そこに通った。

たまに気が向くと草むしりをしたり、植わっている木がいったい何なのか調べたり、していた。

調べてみたらすぐにわかった。庭に沢山植わっているのはすべてバラだ。

確かに茎を見れば棘がある。

僕は学校の勉強はできるけど、本当に世の中のことを知らない子供だった。

植物のことなんて全く知らない。礼儀作法はわかっても、部屋の掃除も自分ではできない。そんな子供だった。今思うと情けない話ではあるけれど。


バラの花が咲いて丁度満開になった頃、一人の訪問者が現れた。

同じ学校の、でも僕より年下の女の子。

でも一人になりたくて僕は来ていたわけだから、当然その訪問者のことを邪魔だと思った。

だからその子に声もかけずに遠くで見ていた。バラしかないこんなところ、すぐに戻って行くだろうと思ったから。

でも女の子は帰る気配を見せない。それどころかバラが咲いたこの庭に見とれて動こうとすらしなかった。

少なからず、毎日ここに来ては庭の手入れをしていた僕は嬉しかった。

彼女が感動しているこの庭の世話をしているのは僕で、家も何も関係なく僕がやったことで彼女は感動している。

僕だけの秘密の場所だけれど、彼女になら教えてもいいかなってそのときに思った。

それぐらい意味のあることだったんだ、僕にとって。

それで思い切って声をかけてみた。

「先客がいるなんて珍しいな」

精一杯の強がりだ。先客も何も女の子が来る前からずっといたのだけれど、なんだか素直に言う気にはなれなかった。

きっと彼女も僕のことを知っていて、みんなと同じように斎の家にこだわるだろう。

そう思っていたけれど、それは僕の杞憂に終わった。

彼女は丁寧に接してはくれたけど、決して名前を聞いてこなかったし、僕もあえて聞くようなことはしなかった。聞いたら自分も名乗らないといけなくなる。

そうしたらいくらなんでも家のことを知っているかもしれない、そう思って。

お互い名前も知らないのに、仲良くなって、毎日一緒にご飯を食べた。

うちの学校にいる子はみんなそれなりの家柄の子で、あまり手作りのお弁当を持ってきたりしないんだけれどその子はいつも自分で作ったというお弁当を持っていた。

僕は庭で食べるために家の料理人に作らせたお弁当だったけれど、いつも彼女のお弁当が羨ましかった。

自分で料理ができることもすごいと思ったし、それにとても上手で美味しかったから。

料理のことだけでなく、彼女はとても物知りだった。

植物の世話の仕方にも詳しかったし、季節の花や、服に付いた汚れの落とし方や、とにかくいろんなことを知っていて、頭も良かった。

いろいろなことを教わった。それに彼女の知らないこともいろいろ教えてあげた。

何もしないで隣に座って本を読んだり、中等部の方まで庭を探検したり、いろんなことをして遊んだ。

彼女と一緒にいるのは楽しかった。

笑ってくれると嬉しかったし、雨が降って庭に行けないときは寂しくて悲しかった。

でも彼女が庭にやってくるのは、バラの咲いているときだけ。

何がきっかけでそうなったのか今はもうわからないけど、バラが咲いているときだけ裏庭で彼女に会った。

僕は毎日ではないけどバラが咲いていなくてもよく庭に行っていた。

彼女に会えないかなと思って。

最初は一人になりたくて通い始めたのに、一人でいることが寂しいなんて。

自分でも矛盾していることはわかっていたけれど別にかまわなかった。

上の学校に進学しても、僕はバラの咲く頃は毎日庭に通ったし、彼女も毎年同じ季節に庭にやってきた。

でもそれも三年目の季節が変わる頃、急に終わりを告げる。


「私、あなたのことが好きだなあ」

彼女がある日急にそう言った。

好き?好きってどういうことだろうか。

僕が彼女と一緒にいたいと思うことは好きということだろうか。

会えなくて寂しいと思うのは?可愛いなと思うのは?

彼女の一言で気がついた。そうか僕はこの子が好きなんだ。そう思ったら嬉しいような恥ずかしいような気持ちになって、僕も彼女に言った。

「どうして急にそんなことを言うの?僕も、君のこと好きだよ」

僕にとって彼女は“特別”だ。彼女も僕のことを“特別”に思ってくれているのなら、そんなに嬉しいこと他にない。

嬉しくて、僕はこのとき何も考えていなかった。

何で急に彼女がそんなことを言ったのか、彼女がそのときどんな顔をしていたか全然見えてなかった。

次の日から彼女は姿を見せなくなる。

僕があの学園を離れるまで毎日庭に通っても一度も会うことはなかった。

探そうにも名前も年もわからない、どうして来ないのかもわからない。

もしかしたら嫌われたのかもしれない、もう会いたくなくて来ないのかもしれない。

一瞬でもそんな考えが頭をよぎると、もう何もできなかった。

彼女は僕にとって“特別”だったから。

見つけて、真実を突きつけられるのが怖かった。


  *  *  *


大学に入って間もない頃僕に婚約の話が来た。

相手は初等部のころ一度だけ同じ組になったことのある人で、うちには劣るかもしれないが大きな会社を経営している家のお嬢様だ。

僕は婿養子になる。

昔からこれは決っていたことだった。

今日は初めて向こうの家を訪れる。

はっきり言って憂鬱だった。面倒臭い。

だって僕は今でも彼女のことが好きなのだから。他の人のことなんて考えられない。

そんなことを言ったところで、当人同士は関係なく家同士の結婚みたいなものだから逃れられないけれど。

家に着いて、呼び鈴を鳴らす。

執事が対応してくれて、すぐに扉が開いた。

驚いたことにそこにいたのは、彼女だった。

「いらっしゃいませ、斎様。旦那様とお嬢様がお待ちです」

彼女がそう挨拶したのと、服装でわかった。

彼女はここの給仕なんだ。だからいろいろ知っていて料理が上手くて。

だけどそんなの関係ない。

僕は手を伸ばして彼女を抱きしめた。

「ずっと、会いたかった。」

ようやくだした声は自分でもわかるくらい小さくかすれた声だった。


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― 新着の感想 ―
[一言] どうなるんでしょうか。。。 くっついて頂きたい。。。(´Д` )
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