サント・ブルームに伝えたいこと
「こちら宜しいかな」
相席を希望したのは、質の良さそうな仕立てを着た老紳士だった。
メイン通りを一本入った所にある比較的大きな酒場。町の者、他村の者、行商に町を訪れた者、冒険者と様々な者が訪れる店ではあるが、一目で分かるほど高貴な身なりの人が来るようではない。
問われた男は断れる筈もなく、テーブルの向かい側を指さした。
【一杯目】
「グビッグビッ、ハァ。いやぁ、この温いエールの感じが忘れらせんでなぁ。たまに飲みたくなるんですよ」
老紳士は、男の向かい側で美味しそうに安酒を口にする。
「クソまじい温いエールをよくも美味しそうに飲めるなぁ、じいさん。あっ、美味しそうに飲まれますね⋯⋯えぇと、ご老人」
「ハッハッハ、言葉遣いなんてどうでもいいでしょう。このような店ですし。と、言ったらお店の方に失礼ですかな。同席したのも何かの縁、楽しい酒にしませんかな?」
「ちげぇねぇ。こんな店じゃ気取っても仕方ねぇや。なぁ、じいさん。って、流石にじいさんはマズイか」
「それならば、私の事は『ドク』と」
「ん、ドク?毒か、ドクター?ドック?まぁ、何でもいいやな。じゃあ、俺の事は『ジョンドウ』と呼んでくれや」
自分の事をジョンドウと呼ぶ男は、そう言いながら軽くウインクした。
「ジョンドウ⋯⋯身元不明者ですか。面白いですな」
軽く杯を合わせる。
「サント・ブルームが捕まりましたな」
老紳士が何気ない口調で話しかける。
「ああ、殺人鬼サント・ブルームだろ。もう三十日も経つのにホットな話題だ」
「ええ、もう三十日です」
「伯爵様の御子息も、こうなっちまったらどうしようもねぇよな」
「ええ、伯爵様はしっかりとされた御方ですのに、三男坊になると目が届かなかったのでしょうか」
「親の話は知らないが、ここだけの話、この辺りじゃ奴は昔から悪たれとして有名だったからな」
「そうですか、私は彼等が街道を拠点に悪さをしていた事しか知りませんでした。殺人、強盗、強姦、略奪、人攫いでしたかな」
「ああ、街道を行く商人達を襲い金品を強奪。男共は殺し、女達は辱められた後に売られた。旅の者を中心にかなりの被害にあったって話だな」
老紳士は、声を抑えて次の言葉を吐く。
「⋯⋯⋯⋯『百人殺し』でしたかな」
「良く知ってんな。そう言う二つ名もあるらしいってのは聞いてるぞ」
「百人⋯⋯凄い人数ですね。戦時下ならあり得る数字ですが、この平時に四人でこの数を殺すなんて」
「でもな、街道の行商人を襲うとなると、小規模なものでも、一度で二人から五人は殺せるだろ。それを繰り返してたら百人くらいいくんじゃないのか?残虐な奴等だったんだろ」
「恐いことですな」
【二杯目】
「ドクさんよ、杯が空じゃねぇか。おかわりいくか?」
「あ、はい、そうですね。ジョンドウさんもいかがですか?」
「そうだな、同じ物で良いか?」
「はい」
「お〜い、こっちにエール二杯頼む。なんかつまめる物も付けてくれ」
向こうのテーブルの先で、給仕の娘が手を振って、注文が通った事を伝えてくれた。
「二度目の杯合わせだな」
「そうですね。──乾杯」
二人は一杯目よりもゆっくりと飲み始める。
「サント・ブルームの仲間は四人⋯⋯」
「ああ、そう言う噂だな」
「捕まったのは⋯⋯」
「三人。つまりは、もう一人どこかに隠れているって訳だ」
「存在するとしたら、どこの誰なんでしょうね。その四人目とやらは」
「知らねぇなぁ。どこかに隠れてんじゃねぇのか?」
「どうでしょうねえ。意外と近くに居るのかも⋯⋯」
「だとしたら、怖いねぇ」
ジョンドウは、怖いと言いながら肩を狭める。しかし、その顔には笑顔が薄っすらと貼り付いていた。
その表情に惹かれるようにドクも薄ら嗤いを浮かべて質問する。
「もし在るなら、どんな人なんでしょうかね?私が思うに普通の人ではないかと思うのですよ」
「普通って、庶民って意味か?」
「ええ。サント・ブルームは伯爵家の三男。仲間のクイ・ニッズヘルは男爵家の二男。マルタ・サイズはサントの乳母の子でサントとは乳兄弟、そして男爵の出。良くも悪くも貴族の出自というのは目立ってしまいます。だとしたら、目立たない四人目が在るのなら貴族ではないのではないか。と、愚考するのですよ」
「ふぅん、貴族様とつるむような庶民なんて想像しにくいんだけどな」
「だからこその愚考なんですよ。こうやって愚考の海に浸るのが、老いた人間には楽しいのですよ」
「まぁ、奴等は冒険者でもあったっていうから、そっちの関係かもな」
「そうそう、彼等は冒険者だったんですよね。強かったのですか?」
「知らねぇが、ある程度は強かったんじゃねえか。じゃなきゃいくら不意打ちだからって百人は殺せねぇだろ」
「ほう、不意打ち⋯⋯」
「いやいや、見たわけじゃねぇぞ。ほら、街道で襲ってたんだろ。なら不意打ちじゃねえかな⋯⋯と」
「ふっ、まぁそうでしょうな。不意打ちでしょうな。でも、どこで行商人が通るという情報を得ていたんでしょうか?」
「さあなぁ⋯⋯」
「ふふふ。彼等もこの店で飲んでたんでしょうか?」
「来てたんじゃねぇか⋯⋯。出合った事はねぇけどな」
「そうですか。失礼ですが、ジョンドウさんのご職業は、もしや冒険者では?」
「いいや、違うぜ。俺には冒険者みたいな荒事は無理だ」
「ほう、そのようには見受けられませんが、そうなのですな。それにしても、彼等は災難ですね。百人も殺した者を憐れんでも仕方がないのでしょうが、可哀想なものです」
「なにが?」
「普通なら、さっさと死刑で終わりそうなものですが、お仲間が見つかってないという事で取調べの毎日だそうですよ。あ、貴族出ですから、獄中で病死でしょうか」
伯爵家の三男となると、少々の問題くらいは揉み消されてしまう。例え十人程度殺そうが、相手が平民であれば、よく言っても厳重注意までだろう。でも、それが百人となれば、話が違ってくる。揉み消す事ができない代わりに、何故か牢内で変死を遂げる事になる。家名に傷をつけない為に、所謂病死と診断されるのだ。
だが、サント・ブルーム達の場合、逃げ延びている正体不明の四人目がいる為、病死させられる事もなく、生かされているのだ。当然、取調べと言っても、個室でお話を聞くようなものではないだろう。
「まあなぁ、こんだけ噂になっちまったら、陰ながら処理するなんてできないだろうしなぁ」
「ええ、不思議なくらい噂が広まっていますからね。それにしても、在るとしたら四人目は何をしているのでしょうね。噂は耳に入っているでしょうし、仲間が酷い目にあっているというのに」
「さあ、逃げたんじゃないのか」
「逃げた⋯⋯。逃げたんでしょうか?」
「じゃなかったら、捕まってるだろ」
「ですかね⋯⋯。と、また空になってますよ。おかわりいかがですか?サイモンさん」
【三杯目】
ドクはジョンドウと事をサイモンと呼んだ。
その一言で、ジョンドウの表情が一変する。
「ふう、俺を捕まえるのか?」
ドクは、おどけるような手振りで否定する。
「まさか。貴方をどんな罪で捕まえればいいのですか?民衆扇動罪──噂を流しただけで?詐欺罪──嘘の噂だったから?執行妨害罪──拷問(取り調べ)期間を長引かせたから?どれも罪にはならない」
「⋯⋯⋯⋯」
「きちんと調べさせていただいたら、彼等が殺したのは、八人でしたよ。それが百人と噂されてる。不思議ですねぇ」
「⋯⋯⋯⋯」
「もっときちんと調べさせていただいたら、彼等は三人だけでしたよ。本当に不思議です」
「⋯⋯⋯⋯」
「なんで、百人も殺したなんて噂が流れたんでしょうね。なんで、四人目がいるなんて噂が流れたんでしょうね」
「⋯⋯⋯⋯」
「誰かがそんな噂を流したんでしょうね。それも消えないように執拗に繰り返し繰り返し。権威が誤魔化せないほどの世論に仕立てる程に」
「⋯⋯⋯⋯」
「まあ、私としてはどちらでも良かったんです。仕事と言っても、趣味のようなものですし。でも、どちらかと言うと、あのような親の地位を笠に着たクズガキをたっぷりと虐められたんですから、スッキリしたと言うところでしょうか」
「⋯⋯ドクって言うから、猟犬かと思ったら、医者の方か⋯⋯」
「猟犬と医者ですか、面白い表現ですね。庶民の間ではそのように言われているのですか?」
「一部ではな」
猟犬とは、国の暗部、特殊警察を意味する。医者とは、治す方ではなく壊す方、いや、壊さずに壊すと言った方が良いのかもしれない。所謂、拷問官の事だ。
「で、その医者が何故?」
「いや、昨日、頭を開いたんですよ。あ、分かりますか?」
「薬を使ったんだろ」
「ええ、かなり強い薬です。それこそ、もう人として機能しなくなるような」
「⋯⋯で」
「あれを使うというのは、心にくるんですよ。敗北感と言うんですかね。拷問官としての矜持が崩壊するような。まあ、既に抜くべき歯も、剥ぐべき爪も、指すらも残っていなかったんですけどね。皮膚の半分以上を剥がされたのもいたんですよ。ほら、マルタ・サイズですよ。私の仕事はね、最終ラインまで壊したら駄目なんです。でもね、彼等は吐かなかった」
「⋯⋯⋯⋯真実」
「真実なんて要らないんです。私が聞きたい事を言わせればそれで良いんです。私は信じていました。じゃなかったら、世間であんなにも噂が広まるはずなんてないじゃないですか。もしかして、彼等が気付いていないだけで、陰の支援者がいるのではないかとも考えて、念入りに取調べをしましたよ。でも、誰もいなかった」
「⋯⋯⋯⋯で、どうするんだ?」
「どうもしません。ただ、見てみたかったんです」
「何を⋯⋯?」
「私に敗北感を与えた人物です」
「⋯⋯で、どうだった」
「どうでしょうねえ。どうとでも無かったと答えましょうか」
「そうか」
ドクと名乗っていた老紳士は、残ったエールを飲み干し、立ち上がった。
ジョンドウと名乗っていた男は、それを見つめている。
「じいさん。ここは俺が奢るよ」
「ありがとうございます。では、私からも、何かサント・ブルームに伝えたいことはありますか?明日には、処刑されますよ」
男は少し考えてから、ゆっくりと戯けたように答える。
「もう、壊れちまったんだろ。だったら何を言っても無駄じゃねえか」
「確かに──それでは、ごきげんよう」
「おう、じいさんも達者でな」
【別の店でもう一杯】
小さな店のカウンターで、男は静かに飲んでいた。
客は、この男だけ。
カウンター内から白髪交じりの男が、新しいグラスを置いた。
「おごりです。空でしょ」
「ありがとう、マスター」
「どうしました?」
「サント・ブルーム達が、明日処刑されるってよ」
男の言葉に、カウンターの中のマスターは、ゆっくりと息を吐きながら言った。
「ナティアちゃんが殺されてから、もう一年ですか……」
「ああ」
「辛かったですね」
「ナティアは、あんな奴らに弄ばれて殺されるような人間じゃなかった……」
「天使のような女性でしたね」
「あぁ、天使だった」
「犯人が分かっても、どうにもならない相手でしたから」
「たとえ捕まっても、たいした罰は受けない相手。だから、罪を大きくしてやった。世間を無視できない程の殺人鬼だと噂を流してやった⋯⋯」
「そして、捕まったんですよね」
「ああ、でも、簡単に殺させるには、恨みが大きすぎた。だから、存在しない四人目の仲間がいるように噂を流してやった」
「だから、捕まってから処刑までに時間がかかったんですよね」
「奴等、目一杯拷問されたってよ」
「自業自得ですね」
「その通りだ」
「で、これからどうするんですか?」
「さぁ、死ぬんじゃねぇかな」
「貴方の事ですよ」
「ああ、俺のことだよ」
「⋯⋯お達者で」
──飲む前の事──
【冒険家ギルド】
「で、サント・ブルーム達について聞きたいって?」
受付横の飲食スペースで、ギルド職員のキルケスは、怪訝そうな顔を向けた。
「はい、あの百人殺し達もやっと捕まりましたね」
「ああ、これで街道を行く者達も、少しは安心できるだろう」
「ええ、その通り。奴等の罪状は悍ましいものでしたからね。殺人、強盗、強姦、略奪、人攫いでしたか」
「その通り。即、死刑だろうな。で、要件は?」
「ああ、すいません。彼等はギルドに登録していたんでしょうか」
「ああ、最近クエストを受けることもなく、名前だけになってたが、登録はしていた」
「全員ですか」
「ああ、全員だ」
「四人とも冒険者だったんですね」
キルケスは、不思議そうな顔で問い返す。
「三人組だろう?」
「四人目がいたそうですよ」
キルケスの前にニ枚の銀貨。
「良かったら、又教えてくださいね」
キルケスはニ枚の銀貨を手に、受付の奥に帰っていった。
【衛兵詰所】
「お前が、サント・ブルーム達について聞きたいっていう記者か」
門番を交代してきたグルースが、兜を外しながら入って来た。
「はい、グルース様があの百人殺し達の捕縛に御尽力されたとお聞きしましたので、そのお話が聞ければと思いまして」
「衛兵として、当たり前のことをしただけだ」
グルースの前には、ニ枚の銀貨。
破顔して、言葉を続ける。
「奴らはな、どうしようもないクズであった。街道を行く商人達を襲い金品を強奪。男共は殺され、女達は辱められた後に売られた。旅の者もかなりの数が被害にあったであろう」
「そんなクズを捕まえられたんですね」
「ガッハッハ。儂だけの手柄ではないがな」
「それで、どういった経緯で捕縛に至ったのですか?」
「タレコミがあったのだ」
「タレコミですか?」
「ああ、奴等の隠れ家のな」
「それは、日々、門を護り、民を護ってくださるグルース様ならば、捕まえてくれるだろうという、民の想いだったのでしょうかね」
「違いない。儂は、日々、民達の事を護っておるからの」
「それで、一網打尽ですか?」
「おう、そうよ」
「四人とも?」
「んっ、三人ではなかったか?」
「奴等は、四人いたそうですよ」
「もう一人いたのか!」
「そう聞いておりますが?」
「なんと!スマンが用ができた」
血相を変えたグルースは、足早に詰所を出ていった。
【青果市場】
「百人殺しのサント・ブルーム達が捕まったってね」
「良かったわ、これで安心して街から出られるわ」
答えたのは、恰幅のいい中年女性であった。
「街から出ることがあるのですか?」
「あるわよ。薬草を摘んだり、木の実を採ったり、色々よ」
「へぇ〜、お貴族様の女中様でも、自分で草を摘んだりされるんですか」
「記者さん、何でアタシが女中って分かるのさ」
「そりゃあ記者の目ってやつですよ。仕立ての良い服、綺麗に結び上げた髪、隠しきれない気品、どこをとっても、貴族様の女中様だ。更には、その美貌からすると、伯爵家以上とみますね」
「あらやだ、気品だ美貌だって、言い過ぎよ〜。でも、その通り、カララリス様の所よ」
「へぇ、カララリス様というと、伯爵様だ。それも確か、裁判官をされていた……」
「そうよぉ、だから今、大忙しよ。サント・ブルーム達のせいでね」
「そうなんですか。でも、罪人なんて、首切ってオシマイでは、ないんですか」
「普通ならね。でも、ウチのご主人は、きちんと調べる質だから」
「なるほど、四人にしっかりと尋問されてるわけだ」
「えっ、捕まったのは、三人でしょう?」
「サント・ブルーム達は、四人組ですよ」
「まあ、知らなかったわ」
「私は、暫くの間は、この辺りにおりますので、何か情報がございましたらお願いしますね」
女の手には、ニ枚の銀貨が握らされていた。
【とある館】
「クインシー殿、お呼びだてして申し訳ない」
「カララリス伯爵のお呼びとあれば、いつでも罷り越しますよ。で、いかがしましたかな?」
「いや、先日捕まった、ブルーム家の三男の事でな」
「ああ、あの百人の罪もない人々を殺したという」
「ああ、その事でな、もう一人仲間がいたそうなのだ」
「は?三人共に捕まったとの事でしたでしょう」
「だから、四人目がいたらしいのだ」
「どこからの情報ですか?」
「いや、当家の使用人が言っておったのだ」
「使用人ですか」
「ああ、その後で、衛兵長からも同様の話が上がっておってな。念の為と思って他の衛兵達や冒険者ギルドにも確認をとってみたのだが、やはり四人目がいるらしいのだ」
「ははぁ、そこでこの老骨に出番をくださるという訳ですかな」
「話が早くて助かる。メンティーノ様には話は通している。かつてない百人殺しの大罪人だ。捕り残しがあっては、少々問題がありますのでな」
「確かに、たった三人で百人も殺したという事には、私も疑問があったのです。力を尽くさせていただきます」
「頼んだ」
そして、老紳士は動き出す。




