第96談 家の中で首で死ぬ
これは、私の職場の取引先で勤務している、早瀬好美さん(仮名40代)から取材した体験談の1つです。
早瀬さんは、数年前まで都内のとある住宅地に住んでいました。
その町は、都心から少し離れた、ごくありふれたベッドタウンでした。
朝になると通勤客が駅へ向かい、夕方には子どもたちの遊ぶ声が聞こえてくる、特別なことなど何も起こらない、静かな場所だったそうです。
彼女の家の近所には、建売住宅が並ぶ一角がありました。
どれも似たような外観で、白や薄いベージュの壁、狭いながらも整えられた庭。
新興住宅地特有の、少しだけ無機質な雰囲気が漂っていたといいます。
ある時、その一角の一軒に、家族が引っ越してきました。
夫婦と子供が三人、それに祖母を含めた六人家族だったそうです。
引っ越しの挨拶もきちんとしており、特に悪い印象はありませんでした。
それから数か月が経った頃のことです。 早瀬さんが、たまたまその家の前を通りかかると、黒い服を着た人たちが出入りしているのが目に入りました。
香の匂いが、風に乗って微かに漂ってきました。
どうやら、葬儀が行われているようでした。 帰宅後、そのことを母親に話すと、母親は近所の人から聞いた話として、こう教えてくれました。
その家の祖母が、家の中の階段から転げ落ち、首の骨を折って亡くなったのだそうです。
「家の中で、そんなこともあるのね」
その時の早瀬さんは、それ以上深く考えることはなかったそうです。
年寄りの転倒事故は珍しくありませんし、不運な出来事だと思っただけでした。
それから一年ほどが経ちました。
その家には、子供のいない中年夫婦が引っ越してきました。
ある日、早瀬さんは帰宅するその夫婦を偶然見かけましたが、二人は寄り添うように歩き、とても仲が良さそうに見えたといいます。
しかし、その数か月後。
またしても同じ家で葬儀が行われているのを目撃しました。
玄関先に並ぶ弔問客、重く沈んだ空気。
早瀬さんの胸に、言いようのない違和感が広がりました。
家に戻ると、母親から話を聞かされました。
引っ越してきた夫の方が、首吊り自殺をしたのだそうです。
会社が倒産し、再就職もうまくいかず、将来を悲観した末のことだと、近所では噂になっていました。
二度続けて、同じ家の中で人が亡くなる。
それも、どちらも「首」に関わる死因。
早瀬さんは、その時になって初めて、胸の奥に小さな引っかかりを覚えたそうです。
それでも、ただの偶然だと思うようにしていました。
さらにしばらくして、その家にはまた新しい住人が現れました。
今度は、三十代前半くらいに見える若い夫婦でした。
早瀬さんが見かけた限り、子供はいないようでした。
挨拶もきちんとしており、しっかりした印象を受けたそうです。
「今度こそ何も起きないよね?」
そう思った自分を、早瀬さんは後になって何度も思い出すことになります。
一年も経たないうちに、彼女の予想は裏切られました。
また、あの家で死者が出たのです。
今回は、母親から聞かなくても分かりました。
新聞やテレビのニュースで、大きく報道されていたからです。
内容は、夫の浮気が原因で夫婦喧嘩が激しくなり、妻が夫を刺殺してしまったというものでした。
近所では、連日その話題でもちきりでした。 その中で、早瀬さんはメディアでは詳しく報じられていない情報を耳にしました。
刺された場所は、喉元だったというのです。
その瞬間、背中に冷たいものが走ったそうです。
祖母は首の骨を折り、中年の夫は首を吊り、若い夫は喉を刺されて亡くなった。
全て、家の中で起きており、死因は首に関係していました。
この共通点に気づいてからというもの、早瀬さんは、その家の前を通るたび、無意識に足早になっていたそうです。
玄関の辺りを見ていると、時折、家の中がやけに暗く感じられることがありました。
昼間でも、首元がヒヤリと冷えるような感覚に襲われることもあったといいます。
やがて、早瀬さんはその町を離れました。 引っ越しの理由は、仕事や生活の都合だったそうですが、心のどこかで、あの家から距離を取りたいと思っていたのかもしれません。
現在、あの家に誰が住んでいるのかは分かりません。
ただ、早瀬さんは時折、思い出すそうです。
あの場所は、忌み地だったのか?
それとも、人の首に関わる何かが通る――霊道だったのか?
今でも、答えは分からないままです。
この話を早瀬好美さんから聞いた時、私はすぐに「呪われた家」や「事故物件」という言葉を連想しました。
しかし、話を何度も振り返るうちに、それらの単語では片づけられない違和感が残りました。
亡くなった人たちは、皆それぞれに事情も立場も違います。
事故、自殺、殺人――原因は現実的で、どれも起こり得る出来事です。
それでも、全てが「家の中」で起こり、「首」に関係しているという共通点は、偶然にしては出来すぎているようにも感じられます。
もしあの祖母の事故が、すべての始まりだったのだとしたら?
あるいは、もっと前から、あの場所に何かがあったのだとしたら?
人の生き死にとは関係なく、ただ〝通り道〟として、そこに在り続けていたものがあったのだとしたら?
私には断定することは出来ません。
ただ一つ言えるのは、早瀬さんが感じた「何かおかしい」という感覚は、決して大げさなものではなかったのではないか、ということです。
家は、本来人を守る場所のはずです。
その場所で、同じ〝部位〟に関わる死が繰り返される――。
それを知った今、もし私があの家の前に立ったなら、きっと無意識のうちに、自分の首元を押さえてしまうと思います。




