第95談 葬儀の日に鳴った電話
これは、私が怪談師の萬屋千絵さんから直接うかがったお話です。
最初にこの話を聞いたとき、正直なところ「よくある不思議な偶然」の範囲だと思っていました。
ですが、細部を聞くうちに、どうにも説明のつかない違和感が、少しずつ積み重なっていったのです。
その出来事は、2021年2月15日。神奈川県鶴見市で、千絵さんのおばあ様が亡くなられた日でした。
ご高齢ではありましたが、直前まで普通に会話をしていたそうです。
そのため、ご家族の中には、まだどこか現実感のないまま葬儀に臨んでいた方も多かったといいます。
葬儀場の控室は、よくある地方の斎場でした。
古い建物特有の、少し湿った畳の匂い。
外では2月の冷たい雨が、屋根を叩く低い音を立てていました。
会話はほとんどなく、誰かが咳払いをすると、その音だけが妙に大きく響いたそうです。
この「何も起きていない時間」が、逆に落ち着かない――そんな空気だったと、千絵さんは話してくれました。
その時です。
控室の隅に置かれていた公衆電話が、突然鳴り始めました。
ジリリリ、という音は、思った以上に鋭く、それまで沈んでいた空気を一気に引き裂いたそうです。
全員が、ほぼ同時に電話の方を見ました。
けれど、不思議なことに、誰も立ち上がりませんでした。
「怖い、というより……出ちゃいけない気がしたんです」
千絵さんは、そう言っていました。
鳴り続ける電話の音の中で、なぜか「祖母が亡くなった」という事実だけが、急にはっきりしたそうです。
電話は、やがて鳴り止みました。
受話器は上がったままではなく、最初から何事もなかったかのように戻っていました。
その後、火葬と納骨は無事に終わります。
帰り道も雨は降り続き、傘に当たる雨音が、やけに耳に残ったそうです。
おばさんの家の前に着いた、その瞬間。
それまで確かに降っていた雨が、ピタリと止まりました。
この出来事を振り返った千絵さんは、「空気が変わったように感じた」と言います。
雨の匂いが消え、代わりに澄んだ冷たい空気が流れ込んできました。
見上げると、空に大きな虹が架かっていました。
一瞬のものではなく、誰が見ても分かるほど、はっきりとした虹でした。
後日。それが全国的なニュースになったと知った時、千絵さんは、あの公衆電話のことを思い出したそうです。
誰かが言いました。
「……おばあちゃん、旅立ったんだね」
あの電話は、おばあ様が最後の別れを告げるためだったのか?それとも?
今でも、千絵さんは、こう思うそうです。
(あの時、もし誰かが電話に出ていたら、虹は本当に現れていたのだろうか?)と。
この話を萬屋千絵さんからお聞きした後、私は長い間考え続けました。
あの電話は、いったい誰からのものだったのか?そして、なぜ誰も出なかったのか?
怪談として考えれば、葬儀場で鳴る公衆電話も、その直後に現れた虹も、不安を煽る材料はいくらでもあります。
ですが、取材を重ねるうちに、私は別の可能性を思わずにはいられませんでした。
前述したように取材中に千絵さんは言いました。
「怖い、というより……出ちゃいけない気がしたんです」と。
それは、拒絶ではなく、すでに〝何かが伝わっていた〟からではないでしょうか?
もし、あの電話が、おばあ様が家族に向けて残した『最後の呼びかけの痕跡』だったとしたら?
言葉はなくとも、受話器の向こうにあったのは、不安や未練ではなく、「もう大丈夫」という静かな合図だったのかもしれません。
雨が止み、誰の目にもはっきりと見えるほどの虹が架かったこと。
それは、迷いや後悔を残さず、ちゃんと帰るべき場所へ帰ったという、おばあ様からの〝別れの印〝だった。
そう考えると、この話は、恐ろしい怪談というより、とても優しい余韻を残す出来事に思えてきます。
怪談には、時々、怪異の裏側に、人の想いがそのまま残っているような話があります。
この出来事もまた、家族の記憶の中に、音と光だけを残して消えた、ひとつの別れの形だったのではないでしょうか?
萬屋千絵さんからは、他にも色々な体験談を取材させて頂いたので、別の機会に改めまして紹介します……。
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