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第91談 副作用ではない〝何か〟(天野ミチヒロさん怪異談その2)

 これは、私がUMA研究家・天野ミチヒロさんから取材した体験談です。


 出来事が起きたのは、彼がまだ30代だった頃のこと。


 当時、天野さんは多摩川競艇場・府中競馬場・立川競輪場など公営ギャンブル場でガードマンのアルバイトをしていました。


 ネス湖などへ行くUMA探検費用を稼ぐため、開発したばかりの新薬を投与した人体への影響をデータ化する、いわゆる治験ボランティアにも時おり参加していたそうです。


 白い壁。無機質な蛍光灯。


 夜になると、病院特有の静けさが、耳の奥に薄く膜を張る。


 その日も、特別な予感はなかったといいます。


 ただ一つ、いつもと違ったのは――服用した薬が「向精神薬」だったことです。


 舌に残る、僅かに苦い粉薬の感触。


 水を飲み込む喉の動きが、やけに大きく感じられたそうです。


 薬を服用後、天野さんは、同じ治験に参加していた見知らぬ男性と、二人一部屋の病室で就寝しました。


 隣のベッドで眠る男性の寝息。


 空調が吐き出す、一定の低音。


 シーツが擦れる、微かな布の音。


 天野さんは、妙に寝つけなかったそうです。


 瞼を閉じていると、「誰かに見られている気がする」


 そんな感覚が、胸の奥で小さく脈打っていました。


 やがて、ふと目が覚めました。


 ――その瞬間。


 視界の端。


 ベッドの足元に、〝白いもの〟が立っていました。


 はっきりとした輪郭はありません。


 人の形をしているようで、していない。


 光の反射なのか、影なのか、判断がつかなかったそうです。


 ただ、そこに「いた」のです。


 エアコンとは、別のヒヤリとした空気が、足先から這い上がってくるような感覚を覚えました。


 「怖い」という感情より先に、「見なかったことにしよう」


 そう判断した天野さんは目を閉じて、寝息を装いました。


 その直後、脇腹に軽い圧を感じました。


 指で押されたような、くすぐったさにも似た感触です。


 次の瞬間、はっきりと「力」だとわかる圧迫に変わったそうです。


 白い影が、天野さんの体を――ベッドの外へ押し出そうとしていたのです。


 布団がずれる音。心臓の鼓動が、耳の内側で五月蠅いほど鳴ります。


(これはまずい……)


 そう思いながらも声は出せず、天野さんは数分間、その〝何か〟によってベッドから上半身を押し出され、仰向けの状態で必死にベッドの縁を掴み、頭から床に落とされないように抵抗し続けたといいます。


 ――翌朝。


 カーテン越しの光は、やけに現実的だったといいます。


 同室の男性に、昨夜のことをそれとなく尋ねると、彼は青ざめた顔でこう言いました。


 「昨夜の天野さん、エクソシストの悪魔憑きみたいに呻きながら暴れてましたよ……。僕は怖くて、ずっと布団を被って震えてました」


 天野さん自身には「白い人影と戦っていた」という記憶しかありません。


 しかし、第三者から見れば、彼は〝何かに取り憑かれたように暴れていた〟そうです。


 この件について天野さんは「レム睡眠時における浅い夢だ」と勝手に解釈して、翌日の問診で医師に報告しなかったそうです。


 後で考えると、「あまりにもリアルだったので、恐怖からそう思い込もうとしただけなのかもしれない」と天野さんは述懐してます。


 余談ですが、後日、知人から


 「精神薬の副作用かもしれないんだから、ちゃんと申告しなきゃダメだろ」


 と、もっともなツッコミを入れられたそうです。


 ところが、話はここで終わりません。


 治験とは無関係の後日。


 天野さんが自宅アパートで眠っていると、いきなり脇腹をグッと何者かが押さえ付けたのです。


 瞬時に〝何か〟が再び現れたのだと意表を突かれた天野さんは、今度は目を開ける事ができませんでした。


 なぜならば、病院の時よりも強めの圧でアバラと脇腹に10本の指すべてがガシッとめり込む感触に物凄い悪意を感じ、金縛りどころではない恐怖を感じたからです。


 当然、この夜、天野さんは薬を一切服用していませんでした。


 更に言うと、退院から3ヶ月以上は経過してるので完全に薬は抜けています。


 この当時、第82談で紹介した時の件の幽霊物件は焼失していたので、彼の住まいは風呂・トイレ・ロフト付きフローリングの新築アパートに移っていました。


 一連の出来事を振り返った天野さんの中で、一つの考えが浮かんだそうです。


 「病院の〝白い人影〟が、付いてきたんだ……あの夜の出来事は、薬のせいじゃなかったんだ」


 この体験以降、この現象はなぜか収まりました。


 しかし天野さんは今でも、あの存在が何だったのかを断言できずにいます。


 薬の副作用だったのか?


 集団治験という閉鎖空間が生んだ幻覚なのか?


 それとも……?


 答えは、今も白いままです。


 天野さんから、この話を取材していて、私が最も怖かったのは、怪異そのものよりも、現実とのズレの小ささでした。


 薬。


 病院。


 疲労。


 どれも、怪異を否定する材料として十分すぎるほど揃っています。


 それでも、薬のない夜に同じ「触覚」が再現された事実だけが、静かに論理を侵食してきたのです。


 ひょっとすると、この世界には我々が見ることが出来ない「ズレ」が、日常の隙間にそっと紛れ込んでいるのかもしれません。


 もしも、今夜あなたの足元に〝白い人影〟が立っていたとしたら、くれぐれも声を出さず、ただ目を閉じてください。


 天野さんのように、やり過ごせるとは限りませんから。

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