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第88談 三毛猫はどこから来たのか?

 この話は、私の職場の取引先である営業マンの中山さん(仮名三十代男性)から聞いたものです。


 取材といっても、きっかけはごく些細な雑談でした。


 商談が終わり、会議室でコーヒーを飲んでいた私に「子供の頃、家で変なことがあって」と、中山さんがふと思い出したように口にしたのです。


 最初は、どこにでもありそうな昔話でした。


 彼は子供の頃、両親と兄と弟の五人で、二階建ての借家に住んでいたそうです。


 郊外にある特別古くも新しくもない家で、昼間はごく普通の生活音に満ちていました。


 異変は、夜になると現れました。


 毎日、夜九時前後になると、二階から――


 タタタタ……


 まるで、小さな子供が裸足で走り回るような足音が聞こえてくるのです。


 音は軽く、どこか楽しげにも聞こえたといいます。


 最初は誰も気に留めませんでした。


 家には子供が三人もいたのですから、生活音として処理してしまえばそれまででした。


 しかし、よく考えると不可解な点がありました。


 足音がする二階の部屋は、子供たちのオモチャ置き場兼遊び場の部屋で、夜には誰も使っていません。


 その時間帯、兄弟は必ず一階の居間でテレビを観てるか、もしくは寝室で眠っていたのです。


 気になった中山さんの両親が二階を調べても、部屋には誰もいませんでした。


 床に置かれたブロックも、ミニカーも、昼間のまま整然としていたといいます。


 それでも、足音は消えませんでした。


 「当時、子供心に家の中に、ほんの僅かな違和感が溜まっていく気がしてました」


 中山さんは、そんな感覚だったと話してくれました。


 何度か同じことが続いた頃、家族の間では半ば冗談のように、


 「座敷童じゃないか?」


 「それなら縁起がいいな!」


 という会話が交わされるようになったそうです。


 中山さんも、その言葉に少し救われていたといいます。


 ところが、その同時期に家族の周囲で小さくない不幸が続き始めました。


 彼のお父さんの勤めていた会社が倒産し、突然職を失いました。


 続いて、お母さんがパート先の弁当屋で油をかぶり、腕にひどい火傷を負ったのです。


 どれも偶然と言えば偶然ですが、夜の足音と時期が重なっていたため、家の空気は目に見えない重さを帯びていきました。


 そんなある夜。その日も例外なく、二階から「タタタタ……」という音が響きました。


 床を伝ってくる微かな振動が、中山さんの足の裏にまで伝わってきたといいます。


 その夜は、不幸が重なったこともあり、家族全員で念入りに調べることになりました。


 オモチャ置き場の部屋のドアを開けた瞬間、部屋の中に、生ぬるい空気が溜まっているのを感じたそうです。


 古いプラスチックと木造住宅特有の匂いが鼻を突きました。


 次の瞬間、部屋の隅で‶何か〟が動きました。


 そこにいたのは、一匹の三毛猫でした。


 中山さんは、その時ホッとしたと言います。


 (なんだ。今までの足音は猫だったのか)


 と、思いました。


 しかし、次の瞬間、お母さんの様子が変わりました。


 その顔色は青ざめており、声が震えていたそうです。


 「……この部屋はドアも閉まってたし、窓もキチンと鍵がかかってるよね?この猫、どうやって毎晩入ってきてるの!?」


 確かに、外から入れる隙間はどこにもありませんでした。


 その事実に、家族が黙り込んだ、その時です。


 三毛猫は、まるで中山さんたちの会話を理解したかのように、ジッと全員を見渡しました。


 そして、オモチャ箱の影に、スルリと身を滑り込ませたのです。


 お父さんが、慌てて箱を動かしました。


 そこには――何もいませんでした。


 猫は、まるで煙が消えるように、跡形もなく消えていたのです。


 鳴き声も、足音も、気配すら残っていなかったといいます。


 その静けさが、かえって異様だったと、中山さんは語りました。


 実は、その部屋の正面の壁には、以前から気になるものがありました。


 小学校低学年の子供ほどの高さに、黒ずんだ染みが残っていたのです。


 入居した時からあったその染みは、何度拭いても落ちず、形も微妙に変わって見えたといいます。


 夕暮れ時になると、染みの周囲だけ、僅かに冷えるような気がしたとも話していました。


 後日。霊感があるという親戚に。この一件を相談すると件の染みを見た瞬間、その人は言葉を失ったそうです。


 「ここは、霊の通り道になってるね」


 その染みは、‶霊道の跡〟だと言われました。


 それ以来、足音は聞こえなくなりました。不幸も重ならなくなったそうです。


 中山さんは最後に、こう言いました。


 「猫だったと思えば、それで済む話なんです。でも……」


 彼は少し間を置きました。


 「母の言う通り、あの猫は、どこから来て、どこへ消えたんでしょうね?」


 取材を終えた後、私は「三毛猫」と「霊道」という二つの言葉が、妙に結びついて離れなくなりました。



 霊道とは「霊的なものが行き来する通り道」であり、主に浮遊霊や、不浄霊、動物霊などが通ると言われています。


 この作品でも、他の方の体験談で霊道に纏わる怪異談は紹介させて頂きました。


 もしも、中山さんの家の染みが、本当に霊道だったのだとしたら、毎夜聞こえた足音は「そこに住み着いた何か」ではなく、「そこを通過する何か」の存在だった可能性があります。


 そう考えると、毎晩ほぼ同じ時間に聞こえたという点も、偶然とは言い切れません。


 人が通勤するように、あるいは電車が決まった時刻に走るように、‶通る側〟にも習慣や流れがあるのだとしたら?件の足音は「その‶何か〟が霊道を通過する時刻表」みたいなものだったのかもしれません。


 では、三毛猫は何だったのでしょうか?


 中山さんが言う通り、もし生きている迷い猫なら、閉ざされた部屋にいる説明がつきません。


 さらに、隠れた直後に消えたという点は、生身の動物としては説明がつかない現象です。


 それらの事実を踏まえると、やはり生物としての猫ではなく、「猫の形を借りた霊的な存在」あるいは「猫という認識に収まる程度にしか見えない‶何か〟がいた」と、考えたほうが筋が通ってしまいます。


 私は、あの三毛猫を「霊道に付随するサイン」のような存在だったのではないか?」と想像しています。


 霊道は、その名の通り‶道〟ですから、本来は何かを運ぶよりも、ただ通す性質が強いです。


 そこに溜まった気配が濃くなったとき、私たちの側が勝手に意味を与え、見知った形に‶見えてしまう〟――そういう現象があるのだとしたら、猫という姿は非常に都合が良いのです。


 猫は昔から、人と境界の近い動物として語られてきました。


 家の中と外、夜と昼、生と死。それらの境界を平然とまたいでしまう生き物です。


 だからこそ、霊道がある場所では、猫の姿がもっとも自然に現れてしまう――そういう「見え方の法則」があるのかもしれません。


 さらに気になるのは、不幸が重なった時期と足音が重なっている点です。


 座敷童なら福を招くと家族は冗談めかして言っていましたが、霊道が通り道だとすれば、そこを通るものが必ずしも善いとは限りません。


 むしろ、通り道が開いている家は、悪霊の出入りも増える分だけ、家の運気や人の体調、判断力のようなものが低下しやすくなる――そういう説明も怪談としては、成立してしまいます。


 結局のところ、私に断言できることは何もありません。


 だけど、夜九時前後に聞こえた「タタタタ」という軽い足音、閉ざされた部屋で消えた三毛猫と、黒い染みは霊道と思われる存在だったという事実だけが残ります。


 まだ、件の借家が存在しているのならば、今でも同じ足音が毎夜二階から響いているのかもしれません……。

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