第84談 旧青梅街道 タクシードライバー奇談(前編)
東京都東大和市――。
今でも街の一角を抜ける旧青梅街道には、どこか「時間の流れ方が違う」ような空気が漂っています。
今回の話は、私の職場の取引先の女性、早瀬好美さん(仮名40代)から聞いた体験談をお伝えします。
彼女が、以前この街に住んでいた頃、タクシー運転手の間で〝あの道には何かいる〟と囁かれていたといいます。
それは単なる噂に思えました。けれど、彼女が耳にした二つの話を聞いた時、私はふと背筋が冷たくなるのを感じたのです。
深夜一時過ぎ。
タクシー運転手の相田さん(仮名 年齢不明)は、旧青梅街道を走っていました。
窓を少し開けていたせいで、夜気がヒヤリと頬を撫でます。ラジオは雑音ばかりで、周囲には人の気配もありませんでした。
「今日はもう帰るか」と思った矢先――。
数メートル先、街灯の下に一つの影が立っていました。
目を凝らすと、ぼんやりと手を上げています。
ヘッドライトが、その顔を照らすと、40代後半ほどの男性。スーツの肩口が少し濡れているように見えました。
本当は帰宅したかった相田さんは、ため息をつきつつ、車を寄せました。
「お客さん、どちらまで?」
彼の問いに、男は小さく、「○○方面へ」とだけ答えました。
その声は、どこか遠くから響くようにぼやけていたように聞こえました。
「○○方面のどのあたりです?」
だが、返事はなく、男は顔を伏せたまま動きません。
眠っているのか、それとも……?
相田さんは気味悪さを押し殺して、車を発進させました。
バックミラー越しにちらりと見ると、男の頭がゆっくりと揺れていました。
エアコンを切ったはずなのに、後部座席の曇りが少しずつ広がっていきます。
やがて目的地に近づいたころ、背後から低い声がしました。
「……ここで、停めてください」
その場所は、街灯すらない雑木林の入口でした。
相田さんが「本当にここでいいんですか?」と聞くと、男は顔を上げずに、「……はい」とだけ呟いたそうです。
降りた男の背中が、林の闇に溶けていきます。
相田さんはバックミラーを見ながら、ふと気づいた。――後部座席に、水滴のような跡がいくつも残っていました。
その時は、それをただの〝湿気〟と片づけました。
だが、数週間後。ニュース番組で見た顔写真に、相田さんは凍りつきました。
「旧青梅街道近くの雑木林で、男性遺体を発見」
テレビ画面に映された服装も、年齢も、顔も、あの夜にタクシーに乗せた男と一致していました。
しかも――死後、数ヶ月が経過しており白骨化していたそうです……。
相田さんは、今も言います。
「夜の街灯の下に立つ人影を見ると、ハンドルを切る癖がついたんです」
……と。
「これが、私の知っている旧青梅街道のタクシー運転手に纏わる1つ目の話です。もう1つの話は……」
一拍置いて、早瀬さんは話を続けました。
以下、後編へと続く。




