第80談 新潟県・ホワイトハウス心霊体験
今回ご紹介するのは、新潟県在住の知人の高木啓二さん(仮名30代男性)から聞いた話です。
高木さんは淡々とした性格の人で、私のような〝オカルト好き〟とは正反対のタイプです。そんな彼が、真顔で「この体験だけは、俺も鳥肌が立つほど怖かったです」と話してくれたのが、この出来事でした。
その日、高木さんと友人である秋本さん(仮名30代男性)は、大学のサークル仲間数人と集まっていました。
夏の夜。どこかの店で飲むほどの金もなく、退屈しきっていた彼らの口から自然と出たのは、ありふれた一言でした。
「なあ、ホワイトハウス行ってみね?」
ホワイトハウスとは、新潟県内でも屈指の心霊スポットです。
山間の旧道を抜けた先にひっそりと建つ家屋で、地元では「ホワイトハウス」と呼ばれています。
外壁は長年の風雨に晒されて白い塗装が剥がれ、夜になると月明かりにボンヤリと浮かび上がるのだとか。
廃墟となったこの屋敷には、かつて一家心中があったとか、亡くなった女性の霊が出るとか、子供の泣き声が聞こえるなど、定番の噂がいくつもあります。
また「二階の窓から白い手が覗いた」「写真を撮ると必ず人影が写る」といった話も後を絶ちません。
しかし、秋本さんも仲間たちの誰もが、本気では信じていませんでした。けれど、暑さと若さと好奇心が入り混じる深夜二時――その提案は笑い混じりのまま、決行へと変わっていったのです。
秋本さんの運転するライトバンの車体が揺れながら、山道を登っていく。
フロントガラスには湿気を帯びた霧が貼りつき、ライトの光がぼやけて見えた。
カーステレオからは、秋本さんがファンであるB’zのアップテンポな曲が流れ、車内には笑い声とスナック菓子の匂いが漂っていました。
ところが、トンネルを抜けた直後――。
後部座席の一人が、突然呟きました。
「……なんか、寒い」
その声に、みんなが振り返りました。冷房は切ってあります。外は蒸し風呂のような夜なのに、彼は寒さを訴えるのです。
「寒い?そんなのお前だけだろ?」
そう言ったメンバーの一人の言葉で、車内に笑いが起きたが、その笑い声の奥で、秋本さんだけは、首筋を撫でるような風を感じたといいます。
まるで、誰かが息を吹きかけたような――そんな生温い風を。
ホワイトハウスに到着すると、そこは月明かりに照らされた灰色の箱のように静まり返っていました。
あちこちの窓ガラスは割れ、風に煽られたカーテンが、遠くからでもゆっくりと揺れているのが見えます。
足を踏み入れた瞬間、靴の裏が湿った床を踏みしめた音がしました。
鼻を突くカビと埃の匂い。
懐中電灯の明かりに浮かび上がるのは、壁一面にスプレーで書かれた落書きと、誰かが投げ捨てた空き缶。
「つまんねーな」
「何も出ねぇじゃん」
そう言って、高木さんは二階へ上がる階段を見上げました。
ふと、木製の手すりの先――割れた鏡の前に、誰かが立っている気がしたのです。
しかし、光を当てても、そこには誰もいませんでした。
「もう帰ろうぜ」
秋本さんが言うと、誰も異を唱えませんでした。
車のエンジンがかかり、またB’zの曲が流れ始めました。
いつものように、勢いよく、軽快に。
だが、その数秒後、スピーカーから〝何か〟が混じった音が聴こえてきました。
秋本さんは、最初はノイズかと思いました。
それは、金属を引きずるような、低い音。
それが徐々に、人の呻きにも、泣き声にも聞こえるように変わっていったそうです。
「なあ、このB’zの曲さ、変じゃないか?」
助手席の友人が呟いた瞬間、彼は慌ててステレオを切りました。
音が止むと同時に、車の外の闇が、まるで音を吸い込んだように深まりました。
誰も何も言えず、ただ彼のハンドルを握る手だけが震えていました。
その夜、彼らはまっすぐ秋本さんのアパートへ帰り、すぐにCDを再生しました。
もちろん、何もおかしな点はありません。
澄んだギターのイントロが流れ、ボーカルの声が響いたのです。
「マジでおかしい……車では、あんな音じゃなかった」
そう言いながら、秋本さんは気づきました。
――さっきまで震えていた手の甲に、まだ冷たいものが残っていると。
それは、霧のせいでしょうか?
それとも、あのトンネルで感じた〝何者かの生温い息〟の続きだったのでしょうか?
秋本さんは、しばらく手を洗わずにいました。
翌朝。その手の甲には、小さな指の跡のような赤い痕が、うっすらと残っていたといいます。
数週間後。高木さんのもとに秋本さんから電話がかかってきました。
「最近、ちょっと変なんだ」
その声は、冗談を言っているようには聞こえなかったそうです。
あのホワイトハウスに行った夜以来、秋本さんがB’zの同じCDをかけると、必ず〝ノイズ〟が一瞬混じるようになったそうです。しかも、毎回ほんの少しずつ違う位置で。
夜中に誰も触っていないのに、コンポが勝手に立ち上がって、ラジオが流れることもありました。
秋本さんは(故障か?)と思い、新しいコンポに買い替えましたが、同じ現象は続いたといいます。
そして、ある晩、彼は夢を見たそうです。ホワイトハウスの二階で、壁の落書きの隙間から無数の黒い指が伸び、自分の足首を掴もうとする夢でした。
目を覚ますと、足首に赤い指跡が残っていたそうです。〝夜に持ち帰ったものは、昼に返せ〟――そんな話をどこかで聞いたことを思い出し、高木さんと秋本さんは昼間にもう一度、ホワイトハウスを訪ねました。
真夏の午後、強い日差しの下でも、建物は白というより灰色で、まるで熱を吸い込んでいるように沈黙していました。
玄関の前で線香を取り出し、静かに手を合わせたそうです。「もし、ふざけて怒らせてしまったのなら……ごめんなさい」と呟いた瞬間、風が吹き、線香の煙が屋内へと流れ込みました。
割れた階段のあたりで煙が渦を巻き、すっと消えたとき、耳の奥で〝パリン〟という何かが割れるような音が聴こえた気がしたそうです。
それ以来、奇妙な現象はすっかり止んだといいます。
ただ、二人が帰り際にバックミラーを覗いたとき、ホワイトハウスの玄関は昼間にもかかわらず真っ暗だったそうです。
「あの玄関、確か開けっぱなしだったのにな」
秋本さんが、そう呟いた直後、思わず二人は顔を見合わせてしまったそうです。
ちなみに、トンネルを抜けた直後「寒気がする」と言った友人は、もともと霊感が強い人間だったそうです。
後日、その彼が、高木さんに漏らした一言は、非常に印象的だったといいます。
「なあ……あの夜、トンネル抜ける前、車の中に六人いたよな?」
けれど、その車に乗っていたのは――全部で五人だけのはずでした……。




