第69談 深夜に点いたテレビ
夜の闇というのは、静かであればあるほど、何かが潜んでいる気配を孕んでいるように感じます。
私の知人の高田啓治さん(仮名50代)が大学生だった頃、徒歩10分程度の距離にある古い木造家屋の祖母の家に、家族交代で泊まり込むことが習慣になっていました。
祖父を亡くした後に認知症を患った祖母を見守る必要があったからです。
その日も、啓治さんは祖母を寝かしつけ、寝室で漫画を開いていました。
夜十時を回ると、家の周りは虫の声さえ途絶え、窓越しに漂う湿った夜風が頬を撫でます。心地よい疲れに瞼が落ちかけた頃でした。
――居間の方から、微かな声がしました。
最初は、遠くの家から漏れ聞こえるテレビの音かと思ったそうです。
しかし、確かに寝る前にスイッチを切ったはずだと気づいた瞬間、心臓が強く跳ねました。
耳を澄ますと、画面の音声に混じって低く呟くような男の声が、途切れ途切れに響いていたといいます。
祖母は寝室の布団で静かに眠っています。誰かが入り込んだのかもしれない。冷や汗が背筋を伝います。
当時は携帯電話も普及しておらず、頼れるのは箒一本。啓治さんはそれを握りしめ、恐る恐る廊下を進みました。
居間の戸を静かに引き開けた瞬間、思わず息を飲みました。
暗闇に浮かんでいたのは、消したはずのテレビ。その青白い光の前に、見知らぬ中年の男が立っていたのです。ぼんやり透けて、向こう側の障子の桟がうっすらと見えました。
蛍光灯を点けていないはずなのに、部屋の空気全体が淡く光を帯びていたといいます。
男の口は動いていましたが、声はテレビからも、空気からも聞こえてくるようで、何を言っているのか判別できません。
ただ、その抑揚だけが耳に絡みつき、膝が崩れそうになったそうです。
次の瞬間、その男は画面に滲むように溶け込み、ざらついた映像のノイズと共に消えてしまいました。残されたのは、だらしなく光を漏らすテレビ画面だけでした。
彼は慌てて家に電話を掛けて兄を呼び寄せ、その夜は二人で灯りをつけたまま夜を明かしたといいます。
――ところが、翌朝。
祖母は、まるで何事もなかったかのように食卓で言いました。
「昨日の深夜のお笑い番組、面白かったみたいだねえ。私も寝ないで観れば良かったよ」
啓治さんが「何でそんなことが分かるんだよ?婆ちゃんは、起きてから俺以外とは話してないじゃないか」と反論すると、祖母はいつになく真剣な表情で首を振りました。
「違うよ。だって……テレビを観てたお爺さんが、私に教えてくれたんだから」
その声には、認知症の揺らぎのようなものはなかったといいます。
啓治さんが目にした「中年の男」が祖父だったのか?それとも別の何者だったのか?彼には断定が出来ませんでした。
やがて、祖母は帰らぬ人となり、あの晩の出来事だけが、今も啓治さんの胸の奥にヒンヤリとした感触を残しているそうです。
祖母が亡くなって数年後。親戚が集まった法事の席で、彼がこの話を何気なく口にしたところ、思わぬ返答が返ってきたそうです。
「昔もあったよ、似たようなこと」
叔母の一人がそう言って、数十年前の出来事を語り出しました。
まだ祖父が元気だった頃、夜中に突然テレビが勝手につき、居間から話し声がしたことが何度かあったそうです。
誰も起きていないのに、明らかにテレビ番組とは異なる知らない男の声が混じっていたのだというのです。
叔母が祖父に、そのことを話しても「故障だろう」と笑っていたそうですが、結局テレビを修理しても原因は分からなかったといいます。
啓治さんは、その話を聞いた時、自分が体験したのは偶然の幻覚ではなく(あのテレビの幽霊は、もっと昔から、この家で繰り返されていた現象だったのかもしれないな)と確信したそうです。
こうした「家族だけが知っている奇妙な記憶」というのは、現実に意外と多いのではないでしょうか?
一人の体験談であれば思い違いや幻覚と片づけられるかもしれません。
しかし、複数の人が同じ家の中で似たような出来事を記憶しているとき、それを「ただの偶然」と言い切ること出来ないと思います。
また、啓治さんの話を聞いた個人的な見解ですが、祖母の「違うよ。だって……テレビを観てたお爺さんが、私に教えてくれたんだから」という言葉から察するに、テレビの前に棲みつく霊は、彼の祖父と思われる存在を含めて複数存在するのではないでしょうか?
説明のつかない出来事は、人間を不安にさせると同時に、どこか惹きつける力を持っています。
この体験も不可解だからこそ記憶に刻まれ、啓治さんの家系に語り継がれていくことでしょう。




