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第67談 巨大な観察者

 今回は、別小説投稿サイトで活躍中の生獣ナマ・ケモノ先生から寄せて頂いた体験談を紹介いたします。


 ※以下、生獣さんと記載します。


 生獣さんが小学三、四年生の話です。母方の田舎に数日泊まりに行き、親戚のタカシ君(仮名)と毎日のように外で遊んでいたそうです。


 最初の異変は、とても些細なものでした。


 祖母の家の縁側に座っていると、山の方から風が吹いてくる。


 でもその風は、普通の山風とは少し違う。


 湿ってもいない、冷たくもないのに、なぜか〝重さ〟を感じました。


 「なんか、誰かが息を吹きかけてるみたいな……」


 子供心に、そんな風に感じたと言います。


 もちろん、次の瞬間には(ただの気のせい)として片付けて遊びに夢中になったそうです。


 田舎の家では「地元の山には入るな」と大人たちに強く言われていました。


 その理由は、よくある「熊が出るから」とか「危ないから」というものです。


 けれど、子供というのは不思議なもので、「行くな」と言われるほど行きたくなるものです。


 二人は、大人たちに秘密で山へと入っていきました。


 夏草は湿っており、触れればひんやりとした感触が指先に残る。


 斜面の土は乾いているようで、踏むとパラパラと崩れていく。


 遠くの沢の水音だけが、山の奥へ進む二人を追ってくるように響いていたそうです。


 「なんか……ついてきてる感じがしたんですよね」


 生獣さんのメールには、そう記されていました。


 その〝ついてくる何か〟の正体は、まだ分かっていませんでした。


 事件が起きたのは、突然です。


 生獣さんが足を滑らせた瞬間、身体が宙に浮いた感覚があったといいます。


 斜面を転がる。背中に土と小石が当たり、耳の奥で自分の息が詰まる音がした。


 だが、次の瞬間、ピタリと転がる勢いが止まった。


 生獣さんが落ちたのは、まるで〝誰かがそこだけ凹ませておいた〟かのような、大人ひとりが座れるほどの小さな空間でした。


 左右は木の根と岩がむき出しで、前後はさらに深い急斜面。


 どう考えても「偶然そこに落ちた」とは思えない位置であり「……助かった、というより〝止めてくれた〟っていう感覚でしたね」と生獣さんは語ります。


 タカシ君が必死に手を伸ばし、なんとか生獣さんは這い上がりました。


 服は泥だらけで、帰るなり二人ともこっぴどく叱られたそうです。


 ただ、叱られている最中も、生獣さんの耳にはあの〝重さを感じた風の音〟だけが、妙に残っていたといいます。


 数日後。


 田舎から、家へ帰る日。家族の車で駅へ向かう途中、生獣さんは何気なく窓の外へ目を向けました。


 その時――視界の端に、巨大な〝影〟が立っていたのです。


 生獣さんが登ったのとは、別の山の中腹。山肌に片手をつき、ゆっくりとこちらを覗き込むような姿。


 陽光を受けても一切反射しない、完全な漆黒。


 輪郭だけは妙にくっきりしているのに、質感が分からない。


 生き物のようでもあり、影絵のようにも見えた存在でした。


 生獣さんは〝その巨人〟と、目が合いました。


 だけど不思議なことに、恐怖はまるで感じませんでした。


 むしろ、どこか懐かしいものに見つめられているような感覚だったと言います。


 その瞬間、車内の空気が僅かに沈んだような気がした。それは家族が気づくほどの変化ではない、ほんの微細な〝圧〟のようなものだったと生獣さんは言います。


 生獣さんは今になって、あの出来事をこう解釈しています。


 山で転げ落ちたとき、なぜ奇跡のように止まったのか?


 凹みのような場所に落ちる確率など、どれほどのものか?


 あの重い風は何だったのか?


 そして、帰り道で見た黒い巨人。


 「これらは偶然じゃなくて……あれが、巨人が守ってくれた気がするんですよね」……と。


 子供を見つめるような、しかし人間とは違う何かの眼差し。


 山の向こうで、人々の日々をじっと見守る存在。


 その正体は分からないままです。


 ただ、生獣さんが目が会った時の巨人の表情には、前述したように恐怖よりも、どこか確信めいた静けさがあったそうです。


 ……この体験談を読み終えた私は、話の中に登場した〝黒い巨人〟の姿を何度も思い返していました。


 日本各地には「だいだらぼっち」や「でいだらぼっち」と呼ばれる巨人伝説が残っています。


 山を作ったり、湖を掘ったり、時には村人を助けたり――その在り方は地域によって異なるものの、共通しているのは 「人間より遥かに大きいが、悪意を持たない存在」 として語られている点です。


 彼らは、外の世界から【人々を見下ろしている】のではなく、【見守っている】という表現で語られることが多いです。


 ごくまれに、人間に害悪な存在と語られる伝承もありますが、今回はひとまず除外させてください。


 そして私は、生獣さんが見たという黒い巨人の姿を思い浮かべながら、ある仮説に行き着きました。


 ――もし、だいだらぼっちのような存在が本当にいたのだとしたら?


 現代の目には「影」にしか見えないのではないだろうか?と。


 生獣さんが語った体験には、オカルト的に見ると3つの〝符号〟が存在します。


 ① 転落を止めた〝奇跡的な凹み〟


 人が危険を避ける際、時に「見えない何かに押し戻されたように」助かることがあります。


 民俗学ではこれを 「土地霊による保護」 と呼ぶ地方もあります。


 生獣さんの落下が、あの狭すぎる凹みに〝偶然〟吸い込まれる確率は、正直かなり低い。


 まるで何者かが、そこで止めるつもりで〝受け皿〟を作ったかのようです。


 ② 帰り道で見た漆黒の巨人


 姿が黒いのに輪郭がハッキリしている。これは、霊的な存在に共通する特徴のひとつ。光を吸う影として現れるのは、それが物質ではない証拠でもあります。


 そして、生獣さんが恐怖を感じなかった点も重要です。


 悪意を持つ存在に対して、人は本能的に〝冷たい何か〟を感じ取ります。


 恐怖がなかったということは、その巨人が敵意を持っていなかった証明とも言えます。


 だいだらぼっちなどの巨人の伝承は、単なる昔話として語られることが多いですが、もしも、昔の人々が実際に巨大な人影を見ていたとしたら?


 山を越えてこちらを覗くほどの存在を、どのように理解すればよいのか分からなかった時代。彼らはそれを「巨人」として語り継いだのかもしれません。


 生獣さんの見た影は、まさにその〝原型〟を思わせるのです。


 ③あの山にいたのは「守り手」ではなく〝観察者〟だった可能性


 私が、特に引っかかっているのは、生獣さんの「あの時、目が合ったんです」という一文です。


 人間の目では捉えられないはずの巨大な存在と〝視線が交わる〟。これは単なる偶然では説明しづらい。


 私は、こう考えています。


 あの存在は、生獣さんが助かったことを確認しに来たのではなく、初めから生獣さんの行動を〝観察していた〟のではないかと?


 山に入った子供たちの動きを、ずっと見ていた。


 危険が迫った時、僅かに干渉し、落下を和らげた。


 そして帰り際、山の向こうで姿だけを見せた。


 まるで、自分の存在を証拠として残すかのように。


 太古の記録に残る巨人たちも、元々はこうした〝観察者〟だったのかもしれません。


 彼らは神のようであり、幽霊のようであり、自然そのものの化身のようでもある。


 生獣さんの体験談は、古代から現代にいたるまで続く「山の巨人」の目撃例のひとつなのかもしれません。

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