表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
65/100

第65談 奈良ドリームランド怪異録 ~彷徨う少年たち~

 その旅行の話を知人で女優の宮坂真理さんが私に打ち明けてくださったのは、いつも取材で使わせてもらってる馴染みの喫茶店でした。


 昼下がりの陽光が差し込み、窓辺でアイスコーヒーの氷がカランと音を立てていました。


 けれど、彼女が語り出した瞬間、周囲の雑踏が少しずつ遠ざかっていくような感覚に包まれました。


 「小学生の頃に、奈良に旅行したんです。家族と親戚と一緒に……。ひらやまさんは‶奈良ドリームランド〟ってご存じですか?」


 それは、2006年に廃園になって久しい遊園地でした。私自身は行った事はありませんが、存在は知っていました。


 彼女が訪れた時も、既に人影は閑散としいて、どこか色褪せた世界のようだったそうです。


 園内には古びたアトラクションが並んでいましたが、彼女のお父様が「せっかくだから」と選んだのはお化け屋敷でした。


 受付の小屋は木が剥げ落ち、窓口のガラスも曇っていました。中を覗き込んでも、誰もいません。チケットを買おうと呼びかけても返事がありませんでした。


 午後の陽射しはまだ強いのに、入り口の影は濃く、外気よりも数度は低いように感じられたそうです。宮坂さんはその時から、胸の奥に僅かな‶ざらつき〟を覚えていたといいます。


 待ちきれなくなったのか、お父様が「みんな入るぞ」と言い切り、宮坂さん一行は戸口を潜りました。


 ヒンヤリとした空気が肌に纏わりつきました。ベニヤ板特有の匂いが、彼女の鼻をつきます。


 目が慣れるまで時間がかかりましたが、やがて右手には破れた障子戸の家、左前方には小さな墓のセットが三つ並んでいるのが見えました。


 その作り物じみた風景に、彼女は少し肩の力を抜いたそうです。


 ですが、次の瞬間。


 「……あれ?」


 宮坂さんの目に、‶不可解な存在〟が映り込みました。


 墓石の後ろ。そこに、同い年くらいの男の子が立っていたのです。


 髪型は坊っちゃん刈りで、服装は白いシャツに紺の半ズボン。どこか昔の写真から抜け出してきたような姿でした。


 少年は三つの墓のうち、左端と真ん中の間に立っていて、泣き出しそうな顔で宮坂さんを見ていました。


 その眼差しは、ただの人見知りの子供のものではありませんでした。言葉に出来ないけど‶助けを求めてる〟ような、それでいて‶何か〟を告げようとしているような――そんな視線に思えました。


 「お父さん、あの男の子は迷子じゃない?」


 小声で告げましたが、お父様は気づかず前を歩き続けました。周囲は妙に静かで、靴底が床を擦る音ばかりが響いたそうです。


 「ねえ、お父さん……男の子……」


 必死に呼びかけるうち、お父様や親戚は既にその墓を通り過ぎてしまっていました。


 ハッとして振り返った宮坂さんの目に映ったのは――何もない空間でした。


 そこに少年の姿はありませんでした。


 つい先ほどまで確かに立っていたはずの場所に、空虚な暗闇が広がっていたのです。


 奇妙な胸騒ぎを抱えたまま、彼女たちは歩を進めました。


 しかし最後まで、仕掛け人形も効果音も現れませんでした。


 ただ、湿った冷気の漂う通路を黙々と歩いただけで、お化け屋敷は終わってしまったのです。


 外に出た瞬間、蝉の声と夏の熱気がどっと押し寄せました。


 その落差に、宮坂さんは(自分は夢を見ていたのではないか?)と思ったそうです。


 「ねえ、お父さん。さっきお墓のとこにいた男の子、迷子じゃないの?」


 再び問いかけると、お父様は怪訝そうに眉をひそめました。


 「誰もいなかったじゃねえか。お化けも全く出ねえし、つまんないお化け屋敷だったな!」


 その言葉に、彼女は返事を失ったそうです。


 時間が経つにつれ、彼女の中では、あの少年の姿はますます鮮明に記憶に焼き付いていったといいます。


 白いシャツの皺、墓石の影に溶けそうなほど蒼白な顔、そして困ったように揺れる黒い瞳。


 やがて、宮坂さんは、こう思うようになったそうです。


 ――あの少年は、お化け屋敷に彷徨う幽霊だったんじゃないか?


 ――あの場所にいたのは、生前‶誰か〟によって‶置き去り〟にされたからではないのか?


 ――その‶誰か〟を一緒に探して欲しくて、私の前に現れたのではないか?と。


 奈良ドリームセンターが取り壊されてしまった今では、その真相は深い闇に覆われたままです。


 ただ一つ判明しているのは、他の誰にも見えていなかった少年が、宮坂さんにだけ視線を投げかけていたという事実です。


 蝉の声が遠くで続く夏の日に、ヒンヤリとしたお化け屋敷の空気だけが、今も彼女の記憶の中に残っているそうです……。


 さて、奈良ドリームランドにまつわる不可解な体験は、宮坂さんの一件だけではありません。色々調べたところ、別の来園者による興味深い証言がありました。


 ある中学生の少女が、友人たちと園内で集合写真を撮った時のことです。


 撮影時、後列には誰もいなかったはずなのに、男の子が写り込んでいました。


 顔立ちは小学生ほどでしたが、奇妙なことに腰から下が途切れていたため、その足は全く存在していなかったといいます。


 恐ろしくなった少女たちは、件の写真を某神社に持ち込み、お焚き上げをしてもらったそうです……。


 宮坂さんがお化け屋敷で目撃したのは‶何かを訴えかけるような少年〟でした。そして前述した証言の写真に写り込んだのも、〝足を持たない少年〟です。


 どちらも「遊園地に少年がいる」という日常的な風景に見せかけながら、決して現実には存在できない異様さを伴っています。


 宮坂さんが(迷子なのかな)と感じたのも、もしかしたら‶そこに留まり続ける少年〟の存在に呼応したものだったのかもしれません。


 お化け屋敷に現れた少年と足のない少年、――これらは別々の話でありながら、どこかで一本の線につながっているように思えてなりません。


 遊園地は本来、笑顔や歓声が響き続けるはずの場所です。しかし奈良ドリームランドは、その裏側で〝置き去りにされてしまった少年たちの存在〟が、現在でも残っているのではないでしょうか?

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ