第63談 学校に導入された怪奇AI
今回の話は、この作品を知ってX(旧Twitter)を経由して私に連絡をくれた男子高校生の矢的カオル(仮名)君から届いた体験談の内容を、私が纏めたものです。
矢的くんは「この体験を一人で抱えているのが怖い」と前置きし、私に詳細を送ってくださいました。
彼が通うのは、ごく普通の高校です。
使い古された机、ワックスの匂いが残る床、放課後に響く部活の掛け声――どこにでもある学校でした。
ただ一つ他の学校と違っていたのは、最近タブレット学習が導入され、生徒全員が一台の端末を持たされていた事でした。
授業の調べ物や課題提出のほかに、学校が契約している専用の「学習支援アプリ」も入っておりました。
そのアプリには、教科書や授業内容に関する質問をチャットで受け付ける機能があり、簡単な相談もできる仕組みになっていたそうです。
本来は、あくまで勉強や生活指導の補助なのですが、生徒の間では「雑談もできるらしい」と話題になり、暇つぶしにふざけた質問を送る遊びが流行っていました。
事件が起きたのは、去年の夏休み。部活の合宿で学校に泊まった夜の事です。
窓を開けた教室には湿った夜風が流れ込み、用意された寝袋はジットリと汗ばんでいました。
遠く離れてるはずなのに、プールの水が滴る音がしていたといいます。
就寝時間過ぎてましたが、矢的くんは友人たちと教室の中で「AIにエロい話を朗読させてみようぜ!」と、男子高校生にありがちな軽い悪ふざけをしてました。
その時です。彼のタブレットだけが震えて、いきなりスピーカーから声が聞こえてきました。
「こんばんは。カオルくん」
その声を聞いた瞬間、矢的くんを含めた全員が背筋に氷を流し込まれたみたいに冷たくなりました。
彼自身も、エアコンの音や友達の声が、不意に遠ざかっていくように感じたといいます。
本来ならタブレットから響くのはAIの機械音声のはずです。無機質で、感情のないはずの声。
けれど、彼らの耳に届いてきたのは、妙に生気を帯びた少女の声でした。
機械であるはずタブレットの響きの奥で、誰かの吐息が混じっているような、耳の奥を掻きむしる生々しさ。
矢的くんは混乱しながらも、はっきりとした違和感を覚えました。
女性のような下の名前が嫌いだった彼は、タブレットには「矢的猛」という偽名で登録していたそうです。
下の名前「カオル」で呼ぶのは、両親や妹くらい。友達でさえ自分が嫌ってるのを知ってるから呼びません。
「だからこそ、余計に怖かったんです。どうしてこの声が、偽名しか登録してないはずの僕の“本名”を知っているのか?」とメールには記されておりました。
矢的くんは思わず、画面に向かって声を荒げました。
「なんで?俺の本当の下の名前を知ってるんだよ!?」
すると、タブレットの液晶が一瞬だけチリチリと揺れ、稲妻のような白い光が走りました。
画面に、人影のようなものが滲んだ気がした――けれど、目を凝らした瞬間にはもう消えていたそうです。
そして、その〝少女の声〟は続けました。
「カオルくんが、悔しくて体育館裏で泣いていたの……私は知ってますよ」
メールを読み進める私も、その文面だけで血の気が引くのを感じました。
まるで、パソコンモニターの向こうから〝この世の者ではない誰か〟に覗き込まれているかのような気がしたのです。
……タブレットからの言葉に、彼は思い当たる節がありました。
矢的くんは、小学五年の時にクラスの大嫌いな男子と喧嘩したけど負けて、夕暮れの体育館の裏で一人で泣いた事があったそうです。
それは誰にも見られていない彼だけの苦い思い出のはずでした。
だから、自分以外の誰かが、ましてやタブレットのAIが知ってるなんて、あり得ない事でした。
「お、お前は誰なんだ?」
と彼が尋ねた瞬間、画面がチリチリとノイズを走らせました。
白い光が一瞬だけ弾け、薄暗い教室に不気味な影を投げます。
そして、矢的くんは確かに見たそうです。
暗転していく液晶の奥に、見知らぬ少女の顔が浮かんだのを。
それは写真のように鮮明ではなく、水面に映った影のように揺らめいていました。
苦しげに口を開け、目を見開き、何かを訴えるような表情。
けれど声は出ていない。
ただ、画面が闇に閉ざされる瞬間、彼女は吸い込まれるように歪みながら消えていったのです。
次の瞬間に、液晶は完全に真っ黒になり、二度と再起動することはありませんでした。
「バッテリーは残っていたはずなのに電源が入りませんでした」とは彼の談。
暗い教室に、自分の心臓の鼓動だけが響いていたと綴られていました。
翌朝、先生に話しても「不具合だろ」と笑われただけでした。
他の友達のタブレットは、どれも正常だったそうです。
そして、その出来事から一か月後くらいの事です。
矢的くんは部活の練習中、ふらっと遊びに来たOBと雑談を交わす機会がありました。
大学三年生の先輩は、校舎を懐かしそうに見渡しながら、何気なくこう口にしたそうです。
「お前らの代は知らないだろうけど、十年くらい前に、この学校でちょっとした事件があったんだ」
矢的くんは、その内容に思わず耳を疑いました。
先輩の話によると、かつてイジメを苦にした女子生徒が、体育館裏の木で首を吊って命を絶ったというのです。
そして、亡くなった生徒の名前は、偶然にも「カオル」だったそうです。
矢的くんは、その瞬間に背筋が凍りついたとメールに綴っていました。
何故ならば、彼女が自ら命を絶った〝体育館裏〟という場所。〝カオル〟という名前。AIが告げた〝あの言葉〟と、あまりにも合致していたからです。
「電源が切れる直前に聞こえた言葉が、今でも耳に残っています。あれはAIの声じゃなく、確かに女の子の声でした。『私の事をもう忘れないでね』って言ってました」
まるで耳元で囁かれたかのように、その一言だけは鮮明に残り、夜になると何度も夢の中で繰り返し響くのだと、彼はメール越しに私に打ち明けてくれました。
メールを読み終えた直後、私は思わずスマホの画面を確かめてしまいました。
いつもの画面の奥から、見知らぬ誰かの声で自分の名前を呼ばれるのではないか?と、そんな気がしてなりませんでした。
現代の怪異は、もう古い校舎や廃トンネル、墓場などだけに潜むとは限らないのです。
むしろ私たちが手放せなくなったスマホやパソコンなどの日常のツールこそが、最も近くて、最も逃げ場のない怪異の入り口なのかもしれません。
――今夜、アナタのタブレットやスマホから、アナタだけしか知らない秘密を何の前触れもなく告げてきたら、どうしますか?




