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第52談 八尺様と嘆き女――S県廃村怪異譚

 第50談でも触れましたが、2015年にビートたけしさんのオカルト特番の出演をきっかけに、私のSNSアカウントには多数の体験談が寄せられました。


 今回は、その中でも印象に残った話の1つを紹介します。 その投稿者は、直人さん(仮名 年齢不詳)とします。


  彼の話は、どこにでもある父子の小さな冒険から始まります。


 ――けれど、その親子の交流が、決して近づいてはいけない「恐ろしいモノ」との遭遇に繋がるとは、夢にも思わなかったのです。


 2013年の秋。 小学校4年生の息子(以下、直太朗くん(仮名)と記載します)が、「お父さん、ネットで見た廃村に行ってみたい」と言い出したそうです。


 直人さんもオカルトや廃墟好き。断る理由もなく、むしろ「父親として勇気ある姿を見せてやろう」と心のどこかで思ったそうです。


 目的地はS県にある集落跡――。


 某ホラーゲームの舞台のモデルとも言われている場所でした。


 土曜の午後、親子は車で出発しました。


 ラジオからは軽快な音楽が流れ、助手席の直太朗くんは菓子パンを片手に「後、どれくらいで着くの?」と無邪気にはしゃいでいました。


 けれど、カーエアコンから「カタ…カタ…」と普段は聞かない異音が小さく響き、直人さんは一瞬だけ首傾げたといいます。


 この時、直人さんは気にも留めませんでしたが――今思えば、最初の恐怖は既に始まっていたのかもしれません。


 渋滞に巻き込まれたせいで、現地に到着したのは16時半を過ぎていました。


 秋の日は短く、山に囲まれた谷あいの集落はすでに光を失いかけていました。


 「直太朗。少しだけ見たらすぐ帰るぞ」


 直人さんはそう息子に言い聞かせ、2人で廃村に足を踏み入れました。


 そこは音のない世界でした。


 崩れかけた木造家屋、苔むした石垣。 風に揺れるススキのざわめきが、かえって耳を塞ぐように不気味に感じられたといいます。


 どこからか、長いあいだ使われていない押し入れを開けた時のような、乾いた埃の匂いが漂ってきました。


 それに土の湿った臭いが混ざり、鼻の奥にまとわりつきます。


 そのせいか、息子さんは顔をしかめ「なんかちょっと気持ち悪い」と小声で呟いたそうです。


  ほんの僅かに吐息が震えていたのを見て、直人さんは思わず肩を支えました。


 それでも、廃村の風景を眺めていくうちに、息子さんは元気を取り戻して、廃墟の外観を覗き込んでいました。


 その時、直人さんは気づきました。 少し離れた空き家の中から、前屈みのまま‶何か〟が出てくるのを!


 ボサボサの黒髪、擦り切れた布のような白色の衣服。 ゆっくりと背筋を伸ばした時、〝180センチ近い長身の女〟の姿が露わになりました。


 「ひっ!!」


 彼は、思わず声を出してしまいました。


 彼女は顔を伏せたまま、こちらではなく息子に向かって歩き出したのです。


 その歩調は妙に重く、足を地面に吸い付けられるように一歩ずつ。


 耳を澄ますと、草を踏み潰す音の合間に、低い嗚咽のようなものが混じっていたといいます。


 直太朗くんは、背後から迫る長身の女に気づかず、夢中で廃屋を覗いていました。


 その光景を見た直人さんの背筋に、冷たいものが走りました。


 女が顔を伏せたまま歩み寄る〝その姿〟から、本能的に(この女は息子を奪おうとしている)、(この女は息子に危害を加えようとしている)――そんな恐怖が彼の胸を突き上げたのです。


 思考より先に体が動きました。


 彼は息子を乱暴に抱きかかえると、反射的に踵を返し、全力で駆け出しました。


 息を切らせながら振り返った時、女はその場にしゃがみ込んでいました。


 「うおおおおおーん!!」


 両の拳をドン!ドン!と地面に叩きつけ、肩を震わせながら呻き声とも嗚咽ともつかぬ大声を上げていたのです。


 まるで、直人さんから「子供を奪えなかった」ことを嘆くように、まるで子を失った母が泣き叫ぶように。


 しかし、その身振りはあまりに大仰で、人間離れした異様さを放っていました。


 拳が土を打つ度に、乾いた衝撃音が廃村の静寂に反響し、夕闇に奇怪な太鼓のように響き渡ったといいます


 帰宅後。廃村の女の事を考えていた直人さんの脳裏に思わず、かつてネットで読んだ怪談――“八尺様”の姿がよぎったといいます。


 そして、(あの廃村の女と八尺様は、どことなく似ている)と思ったそうです。


  八尺様とは、『2ちゃんねる』のオカルト板の投稿談に登場し、その名が知れ渡った妖怪です。


 身長が八尺(約240センチ)もある長身・白いワンピース姿の女で、「ぽぽぽ…」と不気味な声を響かせながら、成人前の若者を狙い、取り殺すと言われています。


 直人さんが廃村で目にした〝嘆き女〟は、八尺様よりは低い身長でした。


 しかし、自分や知人と比べても明らかに異様に高く、肩幅の広さも相まって、人間離れした「高さ」と「圧迫感」を放っていました。


 前述の“嘆き女”という呼称は、直人さんの体験を整理し、私自身が便宜的に名付けたものです。


 彼の証言に登場する女の仕草――拳で地を叩き、嗚咽のような声を漏らす姿が、まるで大きな嘆きの化身のように思えたからです。


 実際に地元でそう呼ばれているという確証はなく、あくまでも本エピソード内での呼称としてご理解ください。


 直人さんの体験談を整理していく中で、私はネット上で語られる‶八尺様〟と‶嘆き女〟の容姿や特徴を個人的に対比してみました。


 八尺様は白い衣服に「ぽぽぽ」という不気味な声などの特徴を持つ一方で、嘆き女はボロ布のような衣をまとい、声を発する代わりに拳で地を叩きつける仕草を見せていました。


 そして八尺様が全国的に知られる存在であるのに対し、嘆き女の目撃談は、S県の集落周辺に限られている点も大きな違いでしょう。


 それでも「異様な長身」、「白い衣服」、「目撃者に与える圧倒的な恐怖感」といった共通点を無視することはできません。


 あくまで私個人の印象ですが――嘆き女は、八尺様と同じ系譜に属する地方特有の怪異のひとつではないかと感じています。


 この体験談を知ってから2週間後。気になった私は、比較的場所が近い事もあって、単独で現地に赴きました。


 廃村付近にあった古びた定食屋に立ち寄った時のことです。


 遅い昼食を終えた私は、店を切り盛りしていた老婆に、何気なく廃村と嘆き女の話を振ると、彼女は声を潜めてこんなことを教えてくれました。


 「お客さんの話を聞いて思い出したけど、数年前に近所の小学生が変な女に腕を掴まれて、誘拐されそうな事件があったんだよ。子供が泣き叫んだから、大人たちが駆けつけた。そしたら、その女は逃げるように山の方へ走っていったんだと。でも、その子いわく「とても‶大きな女の人〟だった」という話は聞いたことありますね」


 その話を聞いた私は、背筋がゾッとするのを感じました。


 直人さんが目撃した嘆き女と、子供を誘拐しようとした〝背の高い女〟は同一人物なのか?それとも、偶然似た特徴を持つ別人なのか?


 定食屋を出た私は、老婆の証言と嘆き女の関連性を確かめたい一心で、実際に廃村へ向かう決意を固めました。


 集落の入口に着いたのは、午後三時を少し過ぎた頃でした。


 秋の陽射しが残っていたものの、谷間にあるせいか辺りは既に薄暗く、影が伸びる速度ばかりが早く感じられました。


 車を降り、カメラを首に下げて歩き出すと、獣の体臭と木々の混じったような匂いが漂ってきました。


 遠目にも、朽ちた木造家屋や石垣が点々と残っており、人の暮らしが途絶えて久しいことが一目で分かります。


 けれど――不思議なことに、そこには言葉では説明できない‶気配〟がありました。


 誰もいないはずなのに、視線の端に人影があるような錯覚。耳を澄ますと、風が梢を揺らす音の合間に「ギィ……ギィ……」と古い扉の軋むような音が混じっているように感じて、思わず足を止めました。


 しばらくその場で立ち尽くしましたが、すぐに静寂が戻り、音の正体も掴めないまま消えてしまいました。


 勇気を振り絞ってさらに数十メートル進み、とある廃屋の前に立ちました。


 板壁は穴だらけで、内部は薄暗く、土間には落ち葉が降り積もっています。


 カメラを構えて数枚撮影しましたが、レンズ越しに覗く景色はただの廃墟でしかなく――〝嘆き女〟の姿はどこにもありませんでした。


 それでも、不思議なことにカメラを握る指先は小刻みに震えていました。


 頭では(誰もいない)と理解しているのに、心の奥底では(確かに誰かがこちらを見ている)と囁く感覚が消えなかったのです。


 結論から言うと、私は廃村の奥へ進むことなく引き返しました。


 その決断に至ったのは――どうしても説明のつかない「気配」のせいでした。


 廃屋の前に立ち、レンズ越しに内部を覗いた瞬間、背筋に冷たいものが走ったのです。


 暗がりの奥に人影があるわけでも、声が聞こえたわけでもありません。


 しかし、確かに‶誰か〟の視線が、板壁の隙間や割れた窓からこちらをじっと窺っているように思えてなりませんでした。


 振り返っても、周囲には誰もいません。風も止み、草木すら動いていない。


 それなのに、視線だけが背中に突き刺さる感覚が消えず、心臓の鼓動がやけに早まっていきました。


 (このまま一歩でも奥に入れば、もう戻れない)


 そう囁くような直感が胸を支配し、カメラを持つ手が汗ばんで滑りそうになりました。


 ――結局、私はそれ以上先へ進む勇気を持てませんでした。


 足を踏み込むどころか、むしろその場から逃げ出すようにして踵を返したのです。


 残されたのは、静まり返った廃墟を写した数枚の写真と、あのとき背後から突き刺さってきた不可解な視線の記憶。


  ‶嘆き女〟には遭遇しませんでした。


 けれど、あの集落には確かに〝何か〟が潜んでいるという感覚だけは、今も私の胸に強く残っています。


  直人さんの体験談と、その後の調査を経て、私自身も考え込まざるを得ませんでした。


 全国的に知られる八尺様とよく似た存在が、地方ごとに形を変えて現れているのかもしれません。


 そう考えると、ネット上で北海道や茨城県で八尺様の目撃情報があったのも納得できます。


 あくまで仮設ですが、彼らは八尺様に〝類似したモノ〟を誤って、そう‶認識〟してしまったのではないでしょうか?


  ――誰もいないはずの集落の朽ち果てた家屋に「得体の知れない‶何者〟かが、まだいる」としたら、背筋が冷たくなりませんか?


 ‶嘆き女〟は、本当は生きた人間なのか?それとも土地に縛られた怪異なのか?


 その真相は今だ不明です。 ただ一つ言えるのは、今もあの廃村のどこかで、拳を地に叩きながら誰かを待ち続けているのかもしれない……ということです。

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