第45談 白装束の影──心霊体験DMから始まった不可解な夜
あれは、2015年12月27日のことでした。
その日、テレビの前に、どれほどの人が集まっていたのでしょうか?
特番『ビートたけしの超常現象㊙Xファイル』が放送されていた夜、私は心霊雑誌のライターとして、わずか五分間だけ番組に出演しました。
霊能者でもタレントでもない、一介の取材者が地上波に姿を出すなど初めての経験でしたが……その「わずか五分」が、思いもよらない出来事を引き寄せることになるとは、そのときの私は想像もしていませんでした。
放送直後から、私のX(旧Twitter)には全国から心霊体験談が次々とDMで送られてくるようになりました。
中には、夜中に長文が届くこともありました。今回は、その中でも妙に胸に残った体験談をご紹介します。
送り主は、N県の山間部に住む男子高校生・村岡さん(仮名)。
彼の話は、淡々としているのに、読んでいるだけで背筋に冷たいものが走りました。
村岡さんの実家は、最寄りの駅から車で30分以上、さらに細い山道を上った先にあります。夜になると人通りもなく、二十時を過ぎれば街灯はすべて落ち、集落全体が墨を流したような暗闇に沈むのだといいます。
虫の声すら遠のき、代わりに山の斜面をなでる風の音だけが、静かな夜気に混じっていたそうです。
そんな環境の中でも、彼にとっての夜は案外いつも通りでした。
その夜も、翌日は学校が休みということで、深夜のゲームに没頭していたといいます。
時間は、日付が変わる少し前。耳の奥に残る電子音の余韻の中——
〝ドン……ドン……〟
突然、何かが木を叩くような音が響きました。最初は、風が古い板塀を揺らしたのかと思ったそうです。けれど、音は一度きりでは終わりませんでした。
〝ドンドン!ドンドン!〟
鼓膜に直接ぶつかってくるような、間を置かない打撃音。彼はゲームを一時停止し、音の方向に意識を集中させました。どうやら、音は自分の家ではなく——隣家のほうから聞こえてきます。
ただし、その隣家は七、八年前から空き家になっているはずでした。夜ともなれば、人気どころか、犬一匹も通らないような場所でした。
なのに、まるで誰かが戸を乱暴に叩いているような音が、闇の向こうからしつこく鳴り続けていたのです。
奇妙な緊張感が、じわりと部屋の空気を重くしました。
その時、鼻先に微かに湿った土の匂いが漂ってきたといいます。山の夜気に混じるそれは、雨上がりの地面を掘り返したような、どこか生臭い匂いだったそうです。窓は閉めていたのに、なぜ——?
彼は恐る恐る窓を少しだけ開けました。
ひんやりとした空気が頬を撫でた瞬間、ゲーム画面の光が外へ漏れ、闇の輪郭をぼんやりと浮かび上がらせます。そして、視線の先に——“それ”は立っていました。
白い。
月明かりではない、淡く青白い光に包まれた、白装束のような服をまとった女の人が、隣家の雨戸を、無言で叩き続けていたのです。
まるで、そこに彼女だけの別の光源があるかのように、その姿がハッキリと見えたといいます。
黒く長い髪が、風もないのにわずかに揺れていました。
痩せこけた頬は影になり、表情までは見えません。しかし、背筋に伝わる“何かがいる”という感覚だけは、いやに鮮明だったといいます。
時間にして、五、六秒。
彼は、息を呑んだまま見つめていました。すると——その女が、雨戸を叩く手を止め、ゆっくりと首をこちらに向けたのです。
目が、合った。
いいえ、正確には「合った」とは言い切れない。
女の顔には、目も口も——あるはずの場所が、ぽっかりと黒い空洞になっていたのです。底なしの井戸を覗き込んでいるような、暗く、湿った穴。
その“空洞”が、確かに彼を見たと感じた瞬間、女は両手を胸の前で合わせ、祈るような仕草をしました。
音もなく。笑いもせず。静かに——。
次の瞬間、視界が一瞬ふっと揺らいだように感じたそうです。風の音も、虫の声も消え、世界が水の底に沈んだような静寂が訪れました。そして、女の姿は、そのまま夜の闇に滲み、消えていったのです。
その後、隣家に人の出入りはなく、女が再び現れることもありませんでした。
ただひとつ——彼は窓を閉める直前、思わずスマホでシャッターを切ったといいます。送られてきた画像には、青白い光の中で祈るように立つ人影が、確かに写っていました。
ぼやけていて輪郭は曖昧ですが、何か“写ってはいけないもの”が写っている、としか言いようがないものでした。
村岡さんは、DMの最後にこう書いていました。
「隣家のどこかに、死体が埋まっているのかもしれません。あの女は、自分を見つけてほしかったんじゃないかって……」
私は、そのメッセージを読み終えた後も、しばらく画面を閉じることができませんでした……。




