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第41談 クローゼットの中で待つモノ

 これは、私が大学生時代に体験した話です。


 普段なら笑い話で済ませられたはずなのに、思い出すたび背筋が冷たくなる出来事でした。


 大学の同じゼミの友人A君と、その彼女B子ちゃん。


 二人が同棲を始めることになり、私は彼女のアパートの引っ越しの手伝いを頼まれました。「手伝ってくれたら寿司を奢る」——そんな軽い条件でしたが、内心ではB子ちゃんに憧れていた私は、(彼女の役に立ちたい)という一心で、寿司に釣られたフリをして引き受けました。


 当日は秋晴れの午後。段ボールのガムテープを剥がす音が部屋に響き、窓からの光が白く床を照らしていました。


 ——ただ、部屋に入った瞬間、私は思わず足を止めました。


 暗闇の奥で何かが静かに腐り続けているような気配を帯びた匂いが、ふわりと鼻を掠めたのです。


 埃ともカビとも違う、言葉にしがたい臭気。胸の奥にまとわりつくようなその感覚を「気のせい」と自分に言い聞かせ、作業を続けました。


 昼過ぎ。私はふざけてクローゼットの前にしゃがみ込み、出川哲朗さんのモノマネで


 「ヤバいよ~!ヤバいよ~!ここに霊がいるよ!」


 と叫んだのです。


 B子ちゃんは「もー!ふざけてるとお寿司は無しだよ」と笑い、私は内心で(やった!)と喜びました。


 ところが次の瞬間、背後から肩を強く掴まれました。振り返るとA君が蒼白な顔で私を見ていました。


 「おい……ひらやま、今なんて言った?」


 彼の声は、切羽詰まったように震えていました。


 玄関先まで引きずられるように連れ出され、私は困惑しながら問い返しました。


 「今の言葉は、どういう意味だよ?」


 A君は低い声で囁きました。


 「……もしかして、お前にも見えたのか?クローゼットの中の〝アレ〟が」


 最初、私は彼が何を言っている理解できませんでした。


「なあ?アレって何のことだよ?」


「お前には見えてなかったのか?あのクローゼットの隙間から……真っ赤な目玉みたいなのが、二つ……俺を睨んでたんだよ!!」


 前々から彼は霊が〝見える体質〟だったらしく、私は以前からこの類の話は聞いていました。


 そして、この時の彼が嘘をついているようには見えませんでした。


 よくよく聞くと彼は、彼女の部屋に初めて入った時から、寒気がして何となく嫌な気配を感じていましたが、〝気のせい〟だと思い込むようにしていたそうです。


 しかし、クローゼット内に目玉を目撃した上に、私も同じ場所で霊が見えるような発言をしたため、自分と同じモノが見えたのかを確認したかったそうです。


 私は彼に先程の発言は、悪ふざけだったと正直に言って謝りました。


「ひらやま。彼女を怖がらせてはいけないから、今の俺の話は聞かなかったことにしといてくれ」


 その時、背後から声がしました。


 「二人とも、今の話は本当なの?」


 振り向くと、蒼白な顔のB子ちゃんが立っていました。私たちの会話を聞いてしまったようです。


 「この部屋に住んでから、夜中に金縛りになったり、視線を感じたりしてた。ずっと気のせいだと思ってたけど……」


 彼女の震える肩を見て、私の中の冗談は崩れ落ち、背筋に氷のような冷たさが走りました。


 結局、A君の提案でB子ちゃんは近くのファミレスに避難。私とA君だけで荷物をまとめました。


 しかし、作業中、背中に張りつくような視線が消えることはありませんでした。


 クローゼットを閉めたはずなのに、隙間から冷たい風が頬を撫でる。


 段ボールを持つ腕は重く、指先から体温が奪われていく。


 私たちは無言のまま、一刻も早く作業を終わらせようと焦るばかりでした。


 数日後、二人は不動産業者に確認し、そこが事故物件だったことを知らされました。


 業者の言い分では「お知らせするのを失念していた」と釈明したそうです。


 今となっては真相は分かりませんが、不動産業者は一刻も早く入居して欲しかったので、故意に事故物件だった事を彼女に言わなかった可能性もあります。


 それにしても、クローゼットに〝真っ赤な人間の目玉〟が浮かぶ要因となったのは、どれほど凄惨な事件だったのでしょうか⋯⋯?


 もう大分昔の話ですが、私は今でも考えることがあります。


 A君が見た〝真っ赤な目玉〟とは、誰のものだったのか?


 彼の幻覚や見間違いなら笑い話で済みます。


 しかし、あの時の彼の鬼気迫る様子は、それらの言葉では片づけられない〝何か〟を感じました。


 もしも、夜ごとに彼女を縛りつけていた正体が、彼が目撃したという〝真っ赤な目玉〟だとしたら……?


 最後にクローゼットの戸を閉めた時、私は確かに聞いた気がするのです。


 暗闇の奥から「ギシ……ギシ……」と木が軋むような音がしたのを。


 まるで、何かが中から身じろぎしたかのように——。

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