第35談 母と息子
私の友人に、編集者の山田祐一さん(仮名30代)という方がいます。
彼は、数年前まで成人向け雑誌の編集部に在籍しておりました。
今回、紹介するのは、彼が成人向け雑誌の仕事の関係で知り合った楓さん(仮名および年齢非公開)という女性の体験談です。
余談ですが、祐一さんからは、別の体験談も取材させてもらいました。
その時の話は、前話「エロ本編集者が体験した山中怪異」をご参照ください。
20代後半の頃。楓さんは都内の某キャバクラ店で働いていました。
店内は、タバコの煙と香水が混ざった甘いような苦いような匂いに満ち、夜が来るたび彼女は笑顔を貼りつけて客の酒に付き合いました。
そんなある日、彼女は、興味本位で入ったホストクラブで、一人のホストと出会ったそうです。
彼は言葉巧みに楓さんを口説き、いつしか彼女は好意を抱くようになりました。
気がつけば、彼のために金をつぎ込み、数百万円の借金を背負っていました。
借金返済のため、楓さんは風俗の道に足を踏み入れました。
そんな折、彼女は一回り以上年上の常連客と親しくなり、やがて妊娠。風俗店を辞め、その男と結婚し、男の子を出産しました。
楓さんは、夫と息子の太郎くん(仮名)で、慎ましくも温かな家庭を築いていました。
しかし、その幸せは長くは続きませんでした。
夫が、育児で疲労した楓さんが、夜の生活に付き合わなくなったという理由で、別の女性と不倫するようになりました。
家には帰らない日々も多くなり、次第に家庭は壊れていったそうです。
やがて、離婚。当時専業主婦だった楓さんの収入面が不安定な事を理由に、夫側が子供を引き取る事になりました。
それから三年後。太郎くんが、急な病で亡くなったとの知らせが届きました。
その夜、楓さんは一晩中、風呂場に膝を抱えて座り込んでいました。
泣いているつもりはなかったが、湯船に浮かぶ水滴の輪が、いつまでも消えずに広がっていたそうです。
生活のため、そして最愛の太郎くんを亡くしたショックで自暴自棄になった楓さんは再び風俗業に戻りました。
年齢の壁はありましたが、過去の経験が買われ、細々と仕事を始めました。
ある雨の日の夜。
久しぶりに来たリピーターの客が、帰り際に言いました。
「楓ちゃん。さっきさ、風呂場の隅に誰かいなかったか?」
湯気にまみれた小さな個室。その室内には当然ながら、客と彼女の二人しかおりません。
薄気味悪いと感じた彼女は「そんな事あるわけないじゃないですかぁ」と笑って誤魔化そうとしました。
しかし、その客は「そうだよなぁ」と言いながらも、少し首を傾げながら、こう続けたそうです。
「一瞬だったんだけど、ヨレヨレのTシャツと半ズボン姿の裸足で、幼稚園児くらいの男の子が、ジッとこっちを見てた……ような気がするんだ」
その瞬間、楓さんの背筋に、ヒヤリとしたものが走ったそうです。
「あ、アハハ!お客さ~ん!こんな所に子供なんかいるわけないじゃないですか」
だけど、彼女は自分自身に言い聞かせるように愛想笑いを浮かべて、不審がる客に言いました。
後日。別の新規で入った客からも、こんな話がありました。
「部屋に入ってすぐ、誰かが横切った気がした。あれ、子供じゃない?」
また別の客は、鏡に映る湯気の中で――
「小さな子供がいたように見えた。あと風呂に入ってた時、耳元で『ママ』って呼ぶ声が聞こえたような気がした」と言い残して帰っていったそうです。
彼女の部屋は清掃も徹底されており、誰かが隠れるようなスペースもありません。また店内に子供が侵入したのを目撃したスタッフもいません。
けれど、同じような事を言う客が、徐々に増えていきました。
中には、彼女ではなく、スタッフにクレームを入れる客まで現れる始末でした。
彼らの話を纏めると、目撃されるのは4〜5歳くらいの男児というのが共通点です。
それは、奇しくも彼女の息子さんが亡くなった時の年齢と一致しておりました。
彼女自身は、霊感と呼ばれるものはないそうです。
ある休日の晩、シャワーを浴びていた時でした。
ふいに、足の指の隙間を、小さな指が撫でたような気がしたのです。
驚いて足元を見ましたが、誰もいません。ですが、目の前の鏡の奥に、小さな人影が揺れたように思えました。
それは〝水滴〟だったのか、それとも――
「太郎くん……なの?」
楓さんは、思わず亡くなった息子さんの名前を呟いた直後、自分の声に凍りつきました。
その時、彼女は確信しました。見える・見えないに関わらず、太郎くんは、〝自分の側〟にいるのだと。
何かを訴えるわけでも、叫ぶわけでもない。
ただ、風俗店の湯気が漂う個室の中で、見ず知らずの男に抱かれる母親の姿を悲しそうな顔をしながら、ジッと見つめていたのではないか?……と、楓さんは思いました。
それは、ただの思い込みかもしれません。
しかし、この時、楓さんは決意しました。
(あの子のためにも、風俗の仕事は辞めよう)
彼女は夜の仕事を辞め、昼間の光の中で働くことにしました。
近所のスーパーでの仕事は決して楽ではありませんが、疲れは心地よく、夜はよく眠れました。
それから1ヶ月くらいが経過した日の夜。楓さんは、湯船に浸かりながら、こう思いました。
(太郎くんは、今の私を見て安心してくれたのだろうか?)
夜風が、窓を撫でますが、水音は静かでした。
ですが、風呂場の湯気がフワリと揺れたその時。
耳元で微かに「ママ」と呼ぶ声が聞こえた気がしました。
辺りを見渡しますが、浴室には誰もいません。
けれど、楓さんは、そっと目を閉じて微笑みました。
何故ならば、その声には(ありがとう)という、亡き太郎くんの感謝の気持が込められてるような気がしたからでした。
この体験談は、ただの「怖い話」という枠を超えて、楓さんの人生そのものと深く結びついた怪談だと思います。「湯気の中の幼い影」や「耳元のママという声」は、読者にとっては心霊現象としての恐怖を想起させますが、楓さんにとっては亡き太郎くんの存在を確信させる〝優しさ〟の証でもあったのでしょう。
怪談でありながら、一組の親子の愛情譚でもある――そこに、この体験談の独自の美しさがあると感じました。




