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第34談 エロ本編集者が体験した山中怪異

 もし、これを読んでいるあなたが「日常の仕事」と「夜の不気味さ」とをきっちり線引き出来ると思っているのなら……少し警戒したほうがいいかもしれません。


 なぜなら、ある編集者が経験した出来事は、まさにその境界が曖昧に溶け出す瞬間から始まったのです。


 この話を聞かせてくれたのは、私がライターの仕事を通じて親しくなった編集者、山田祐一さん(仮名30代)です。


 数年前、彼は成人向け雑誌を発行する出版社に勤めていました。


 ある日、誌面企画として「読者投稿の体験談を再現する」という仕事が舞い込みます。投稿は、カップルが深夜の山道で性行為に耽ったという内容。祐一さんはその撮影担当に選ばれました。


 女優は青木恵子さん(仮名20代)、男優は坂本武さん(仮名20代)、カメラマンはベテランの千葉康夫さん(仮名50代)。深夜の山中ロケに向かったのはこの四人でした。


 車を降りた時、真っ先に祐一さんを包んだのは「音の無さ」でした。


 夜の山道にしては虫の声すら控えめで、風もほとんど吹かない。暗闇は濃く、街灯は一本もなく、懐中電灯の白い光が土と草に冷たく浮かび上がります。


 息を吸えば、湿った土と枯れ葉の匂い。耳に入るのは、自分たちの靴音だけです。


 (嫌な静けさだ)

 

 心の奥に小さな違和感を抱えながらも、恵子さんと坂本さんが半裸になり撮影は始まりました。


 事前の打ち合わせ通り、恵子さんは目隠しをされ、坂本さんと絡み合うようにポーズを取ります。


 康夫さんがシャッターを切り、祐一さんはレフ板を構える。カメラのストロボが夜気を切り裂き、白い光が草木や石に一瞬影を落とします。


 ところが、その最中、恵子さんの身体に〝誰かの手〟が這う感触がありました。


 乳房を揉む指、尻をなぞる手、そして秘部へと伸びてくる執拗な指先。


 事前の取り決めでは「触れているように見せるだけ」のはず。にもかかわらず、彼女には冷たく湿った掌が、はっきりと自分の体を弄ぶのが分かるのです。


 声を上げようとした瞬間――


「いいよ、その調子! あと少しで撮り終えるからね!」


 康夫さんの声が響き、シャッターの光がまた瞬きました。


 恵子さんは歯を食いしばり、撮影を最後までやり遂げました。


 ロケ終了後、一行は山を下り、ファミレスに入りました。照明の明るさが、さっきまでの闇を嘘のように思わせます。


 だが、席に着いた途端、恵子さんは堪え切れず、周りの目も気にせず坂本さんの胸倉を掴んで怒鳴りました。


 「おい!坂本!ふざけんな!撮影中、私のおっぱいやお尻を触りまくってただろ!」

 

 彼女の声は鋭く、深夜の店内に響き渡りました。数人の客がぎょっとして視線を向けます。


 坂本さんは蒼白になり、慌てて首を振りました。


 「ち、違う! 俺はそんなことしてない!」


 「嘘つくな! 祐一さんも康夫さんも見てたでしょ!」


 だが、二人は同時に首を振りました。祐一さんの視界にも、康夫さんのファインダーにも、坂本さんが必要以上に触れていた様子は映っていなかったからです。


「青木ちゃん、それは気のせいだよ。坂本くんは触っていなかった」


「俺も撮りながら見てた。山田ちゃんの言葉に間違いはないよ」


 二人にそう諭され、恵子さんはしばらく唇を噛み、やがて力なく手を離しました。


 帰路の車内、最後に残ったのは祐一さんと恵子さんだけ。


 走行音が単調に響く中、彼女はポツリと呟きました。


「私は目隠しされてた。でも、確かに“体を触られた”んです。坂本さんじゃないとしたら……一体、誰が私の体を触ってたんですか……?」


 その声は、恐怖よりも困惑と怯えが滲んでいました。


 祐一さんは、何も返せなかったそうです。


 ただ、彼女の話を聞いて、彼には思い当たる節がありました。


 山道で、ストロボの光が恵子さん達を一瞬照らした時、レフ板の端に見慣れない“もう一つの影”が映ったような気がしたといいます。


 その後、雑誌に掲載されたエロ写真には、何の異常も見られませんでした。


 しかし、発売後、祐一さんが恵子さんから聞いた話によれば、彼女の身体には〝冷たい手〟の感触が、しばらくの間生々しく残ったままだったそうです。


 ――この怪異は、山に漂う「死してなお女性の肉体を求める者」の仕業だったのでしょうか?


 古くは『牡丹灯籠』にも登場するように、人ならざる存在が生者の肉体を欲する怪異は、決して珍しくないのかもしれません。


 この体験談を祐一さんから聞いた時、 何より気味が悪いと思ったのは、〝誰も見ていないのに、確かに触れられた〟という証言です。


 人は視覚を遮られると、感覚の信憑性を疑いにくくなるものです。だからこそ、その“触覚の記憶”には嘘が付きにくいと思います。


 もしかすると、この世には写真にも映らず、人の記憶にだけ爪痕を残す存在がいるのかもしれません。


 皆様も、恋人との甘いひと時を過ごす場所には、お気をつけください。

 

 私からの忠告ですが、深夜の山道だけは避けた方が無難です。

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