第3談 ひめゆりの塔
今からお話しするのは、私が大学生のときに経験した出来事です。
当時、大学と旅行会社の提携で、沖縄へ三泊四日という格安のプランがあり、私は友人たち数名と参加することにしました。
初めての沖縄旅行に胸を弾ませていた私は、正直、怪異めいたことなど一切想像していませんでした。
初日から二日目にかけては、復興作業中の首里城を見学したり、海で遊んだりと、観光らしい時間を過ごしました。
ただ、その時から、胸の奥にほんの小さな棘のような違和感が刺さっていたのを覚えています。
――夜、部屋に戻ってシャワーを浴びると、ふと窓ガラスに人影のようなものが映った気がする。
もちろん気のせいだと笑い飛ばしました。旅の疲れや高揚感で敏感になっているのだと。
そして三日目。私たちは〝ひめゆりの塔〟を訪れました。
展示室には犠牲者たちの顔写真や名前が並び、壁に貼られた少女たちの遺書の文字は、いまも焼きついて離れません。
私は合掌し、胸の中で(どうか安らかにお眠りください)と祈りました。
その瞬間、背後で小さな咳払いのような音を聞いた気がしました。振り返っても誰もいません。人混みのざわめきに紛れた錯覚だと、自分に言い聞かせました。
旅行最後の夜。
私たちはホテルの一室でささやかな宴会をしていました。下戸だった私はジュースで付き合っていましたが、飲み物が尽きてしまったため、一人で買い出しに出ることにしました。
廊下に出た瞬間、空気が〝ひやり〟と変わったのを覚えています。
宴会の笑い声がドアの向こうに遠ざかるにつれ、妙な静けさに包まれていきました。
冷房の効いたホテルのはずなのに、廊下の奥から湿った風が吹いてくる。どこか地下に降りていくような匂い――
埃と、古い布団のような匂いが混じっていました。
私たちの部屋は廊下の端にあり、自販機は反対側の奥にあります。その手前に階段があり、踊り場の壁が死角を作っていました。
その角から、〝人間の顔半分だけ〟が、ジッとこちらを覗いていたのです。
最初は酔っ払った客がふざけているのかと思いました。
けれど、歩を進めるごとに違和感が強まっていきました。
明々とした照明に照らされているはずの廊下で、その顔の周囲だけが薄墨を流したように暗い。
目だけが赤く充血して浮かび上がり、他の部分は黒く塗り潰されたように判然としない。
――まるで人ではなく、「顔の輪郭をなぞった何か」。
心臓が早鐘のように鳴り、背中に汗が噴き出しました。
足を止めたいのに、勝手に前へ進んでしまう。自分の脚ではなく、誰かに背中を押されているような感覚でした。
その距離が数センチまで迫った瞬間、〝それ〟は音もなく顔を引っ込めました。
私は反射的に踊り場を覗き込みました。
……何もいません。
ただ、階段の下から冷たい空気が、ひゅう、と頬を撫でて通り抜けました。
気のせいではなく、確かに〝何か〟がそこに立っていたはずです。
どんなに俊足の人間でも、あの1~2秒で姿を完全に消すことなど出来ません。
私は飲み物も買わず、逃げるように友人たちの部屋に戻りました。
仲間に必死で説明しましたが、酔った彼らは「夢でも見たんだろう」と笑い飛ばすばかりでした。
私は酒を一滴も口にしていません。夢でも幻でもないのです。
翌朝の飛行機で、私はずっと窓の外の空を眺めていました。
ひめゆりの塔で祈りを捧げたとき、確かに「誰か」がこちらを見ていた。
あの顔半分の存在は、塔に祀られていた犠牲者のひとりの霊だったのか――。
今となっては確かめようがありません。
ただ、あの夜から1~2ヶ月ほど、私は人混みや廊下の曲がり角で、ふいに〝半分だけ覗く顔〟の気配を感じる事がありました。
それが、私の思い込みなのか、あるいはまだ何かを伝えようとしているのか。
真相は今も、謎に包まれたままなのです……。




