第26談 倒れる机
これは、私の知人で警備会社に勤めているKさん(仮名30代男性)から聞いた話です。
Kさんの先輩に、Oさんという60代の男性がいました。話の舞台は、今から25年以上前――平成の初め頃の出来事です。
当時、OさんはS県にある小規模のオフィスビルの警備を担当していました。
そのビルの一角には、地域の子どもたちが通う小さな学習塾が入っており、夕方になるとランドセルやスポーツバッグを背負った子どもたちが元気よく駆け込んでいくのを、彼はいつも見守っていたそうです。
「お疲れ様です!」
「こんばんは!」
最初は遠慮がちだった子供たちも、次第にOさんに笑顔で挨拶するようになり、その中でも特に人懐っこい少年がいました。それは、小学5年生のG君(仮名)という子でした。
彼は年齢の割に肩幅が広く、日焼けした腕は引き締まっていて、何かスポーツをしているのが一目でわかりました。
そして、彼はいつもOさんを見ると大きな声で挨拶をしました。
「あ!Oさんだ!ウィース!!」
その声は、真夏の夕立が一気に空気を洗い流すように、聞いた人間の心を晴れやかにする力を持っていました。
それから数か月が経ったある夜勤の日、Oさんは定例の巡回で、件の学習塾の教室を覗きました。
夜の教室というのは妙なものです。昼間には子供の声が響き渡っている場所が、蛍光灯の白い光だけを残して、静まり返っている。
窓の外の街灯が反射して机の縁を淡く光らせると、まるで無人の空間がこちらを見ているかのように感じられるのです。
――その時でした。
教室の一番奥の机と椅子が、床に倒れているのを目撃しました。
「あれ?」
Oさんは一瞬、誰かが悪戯でひっくり返したのかと思いました。
机が倒れる時に床を擦ったような跡が残っており、懐中電灯に照らされたその部分だけが不自然に白く浮かび上がっていたのを覚えているそうです。
少し首を傾げながらも、彼は机と椅子を元に戻しました。
「ま、子供のやることだ」
自分にそう言い聞かせ、巡回を終えると仮眠室に戻りました。
夜明け前の午前三時過ぎ、Oさんは再び塾のあるフロアを巡回しました。
廊下の空気は昼間より湿り気を帯びており、壁にかかった時計の針の音だけが、やけに大きく響いていたといいます。
そして、問題の教室を覗いた瞬間――
彼は思わず息を呑みました。
……あの机と椅子が、また同じ場所に倒れていたのです。
さっき直したばかりなのに。
倒れた拍子に散らばったプリントの端が、風もないのにふわりと揺れた気がしました。
Oさんは一気に背中に冷や汗が伝うのを感じました。
(誰か……まだいるのか?)
懐中電灯を片手に、塾の隅々まで探しました。教壇の裏、収納棚、トイレ、非常口――。
しかし、人影はどこにもありません。
妙に張り詰めた静けさの中で、彼の耳には自分の心臓の鼓動と、遠くで鳴るはずのない子供の笑い声のようなものが、微かに混じって聞こえた気がしたそうです。
「風で倒れたんだろう……」
そう呟いて、Oさんは自分を無理やり納得させ、教室を後にしました。
この不可解な出来事から2週間ほどが過ぎた頃のこと。
彼はふと気づきました。あれほど元気に声をかけてくれていたG君の姿を最近見ていないことに……。
ある日、G君と仲の良い別の男子生徒を呼び止め、尋ねました。
「なあ、最近G君を見かけないけど、どうしたんだい?」
その少年は、何かを堪えるように唇を噛み、やがて震える声で答えました。
「Oさん、知らないの?G君さ、この間……交通事故で死んじゃったんだ」
彼の話によれば、放課後、友達と遊んで帰る途中、信号を無視した車にはねられ、その日の夜に息を引き取ったのだという。
そして――その事故があったのは、Oさんが〝机と椅子が繰り返し倒れる〟という奇妙な出来事を体験した、まさにその日の夜だったのです。
あの夜、何度も倒れた机と椅子は何を意味していたのでしょうか?
Oさんは今でもはっきりと説明できないと言います。
それが、ワンパクだったG君なりの最後の挨拶だったのか?
それとも、もっと別の何かが――机を通して現れていたのか?
答えは分かりません。
ただ、あの日を境に、その学習塾では二度と机や椅子が勝手に倒れることはなかったそうです。
これは、私個人の見解ですが、子どもが亡くなった夜に、学習塾の机と椅子が何度も倒れる――そんな偶然が本当に重なるのでしょうか?
それを「風のせい」と片づけるには、あまりにも不自然で、そしてあまりにも出来すぎていると感じます。
人の死が突然訪れるとき、私たちには理解できない‶別れの仕草〟が、この世に刻まれるのではないでしょうか?
この話を聞いて以来、私は夜の無人教室を覗く時には、必ずどこかに子供の気配が残っているのではないか?と考えるようになりました。




