第24談 境界を蹴る者
これは、私の知人であるアキトさん(仮名40代男性)の体験談です。
彼は数年前、S県に新しく家を建てました。
実家は同じ県内にあったのですが、諸事情で引っ越すことになり、土地を探して、静かな住宅街に落ち着いたのだそうです。
その日は、妻とまだ幼い子供を連れて帰省していました。
夜も更け、家族はひとつの部屋で川の字になり、布団に横たわります。
奥さんと子供はすぐに眠りに落ち、寝息が規則的に響くなか、彼は天井に映る街灯の淡い光をぼんやり見つめながら、スマホを弄っていました。
静けさに包まれた部屋。窓の外からは時折、風が電線を揺らす低い唸りだけが響いています。
時間を確認すると、深夜1時を少し回った頃。
瞼が重くなってきたアキトさんは、スマホの電源を落とし、暗闇に身を委ねるように目を閉じました。
その直後――
〝ガン!〟
乾いた衝撃音と共に、頭に鈍い痛みが走ったのです。
アキトさんは反射的に飛び起きました。
頭を押さえると、そこには蹴られたような痛みと、驚くべきことに〝生きた人間の温もり〟が、まだ残っていたと言います。
(子供の寝相が悪くて蹴とばされたのか?)
そう思い、慌てて電気をつけました。
ところが、子供は小さな身体を丸め、布団の中で静かに眠っています。奥さんも同じです。二人とも布団から出た様子はなく、顔には安らかな寝顔が広がっていました。
彼はしばらく呆然と立ち尽くしました。
部屋の隅や天井を目で追い、押し入れの戸まで開けましたが、他に誰かがいる気配はありません。
それでも頭に残るのは――確かに蹴られた感触。骨に響く衝撃と、生暖かい肌の温度。
幻覚や夢では、とても片付けられない感触でした。
アキトさんは後になって、こう振り返っています。
「最初は幽霊かと思った。けど、あまりに生々しいんだ。だから、もしかすると別の世界と繋がってしまったんじゃないか?」と。
彼は元々SF映画が好きで、パラレルワールドの話を信じやすい性格でもあります。
その夜以来、彼は〝あの瞬間〟だけ、この部屋と別次元の世界が重なり合い、誰かに蹴られたのではないか?”と考えるようになったのです。
ただし、この土地には、別の因縁めいた話もありました。
アキトさんの実家が建てられた場所には、かつて老舗の料亭がありました。
格式のある店で、地元の名士や市議会議員が足繁く通い、テレビにも紹介されたほどの繁盛ぶりだったそうです。
ところが、ある日を境に突然閉店しました。
夜逃げだとか、不正をして逮捕されたとか、祟りだとか――近隣の人々の口にする噂はまちまちで、真相は誰も知りません。
ただひとつ、奇妙な一致があります。
その料亭が閉店したのも、ある年の真夏の深夜――「真っ暗な店内から人が騒ぐ声を聞いた」と近隣の人が噂した直後だったのです。
この話を聞いたとき、私は「火のないところに煙は立たぬ」という言葉を思い出しました。
料亭にまつわる黒い噂。土地に残る影。あるいは、次元の狭間の出来事。
本当に蹴られたのは誰だったのか?
アキトさんか、それとも――別世界の〝誰か〟の方だったのか?
今でも、彼は夜になると必ず寝室のドアを少しだけ開け、廊下の明かりを灯したまま眠るそうです。
……さて、この話を読んでいるアナタはどうでしょう?
スマホを置き、画面を閉じたとき――
すぐ隣にいるはずのない〝足音〟が、アナタの布団の脇で立ち止まるかもしれませんよ。




