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第22談 〝その後の〟母の遺した人形

 これは、前話でお話しした〝母の形見の人形〟に纏わる出来事から、三年後の事となります。

 

 不思議な話とは時間が経ってから、続きがやってくる事があるんですね。


 私が、この作品を連載してるポストをX(旧Twitter)で見かけたQさん(仮名 女性 年齢非公開)が、再び連絡をくれたので、先日取材をさせて頂きました。


 Qさんが、以前語ってくれた話については、「第21談 母の遺した人形」をご参照ください。


 昨年のお盆に、Qさんは親友であるFさんのお墓参りに行きました。1人だけではありません。


 彼女の忘れ形見である娘さん(以下、A美さん(仮名)とします)も一緒です。


 お墓参りの帰り道、一緒に入ったファミレスで、A美さんは〝自身の体験談〟をQさんに静かに語り出したそうです。


「ひらやまさん。あの子、また会ったんですって、〝お母さん〟に」


 都内の喫茶店で久々に再会したQさんは、目の前のコーヒーにも手を付けず、私にそう前置きしてから、話を続けてくれました。


 A美さんは社会人として忙しい毎日を送っていました。


 朝は満員電車でギュウギュウに押し込まれ、夜はオフィスの明かりが消えてからやっと解放される。


 そんな〝普通の大人〟の生活に埋もれていく中で、母の面影や、かつて大切にしていた母の形見の日本人形の記憶も、少しずつ遠くに感じられるようになっていました。


 しかし、ふとした瞬間にだけ〝あの匂い〟がすることがあったそうです。


 線香の香りと、柔らかい髪に触れた時のような、あの〝ぬくもりを感じる母の匂い〟。


 それは、〝決まって彼女の気持ちが折れそうな時に、そっと鼻先に漂ってきた〟と言います。


 ある日の事です。


 A美さんは仕事で大きなミスをしてしまい、暗い気持ちのまま会社を出たそうです。


 人通りの少ない路地裏を歩いていた時……。


 突然、街灯が〝パチン〟と消え、周囲が暗闇に包まれました。


 心細くなったその瞬間、不意に風が吹いて、彼女の頬を撫でました。


 その風の中に、〝母の匂い〟が、確かに混じっていたのです。


 思わず立ち止まった彼女のすぐ横で、〝チリン〟と小さな鈴の音が鳴りました。


 辺りを見回すと、道の先に小さな公園があるのが見えました。


 A美さんは、まるで‶誰か〟に呼ばれるように、誘われるように。


 足が自然と公園へ向かっていたのです。


 公園は静まり返っておりました。遊ぶ子供の姿も、誰かの気配もない。


 月明かりだけが、砂場とブランコを淡く照らしています。


 「あれは?」


 ブランコのひとつに、小さな影がちょこんと腰かけているのが見えました。


 それは‶人間〟ではありません。


 中学時代に突然姿を消してしまった母の形見の日本人形だったのです!


 無表情な人形が風に揺られながら、ブランコに座っている。不思議と怖さはありませんでした。


 むしろ、胸の奥に眠っていた何かが、じわじわと溶けていくような……そんな気持ちだったといいます。


 次の瞬間です。


 彼女の背後から、そっと手を添えるような温もりが、肩に触れました。


 驚いて振り向いた先に……母が立っていたのです。


 白いワンピースを着た母は、穏やかな笑みを浮かべていました。


 それは、彼女が子供の時と同じように、優しくて温かいままでした。


 (大丈夫。A美の事は、見守ってるからね)


  A美さんは、母のその言葉を耳で聞いた訳ではありませんでした。


  自分の心の中に直接響いてきた感覚だったそうです。


  A美さんが母の言葉に軽く頷いた直後、その姿は闇夜に溶け込むように消え

てしまいました。


 母の霊が、A美さんの前に姿を現したのは、時間にすると僅か10秒程だったそうです。


 しかし、間違いなく現実の出来事だったのです。


 彼女は、ふと視線をブランコへ向けました……日本人形も、いつの間にか消えてしまったのです。


 ただ、その直後、一陣の風が、優しく彼女の体を通り抜けたのです。


 それから、数日後の週末の昼間の事です。


 父は朝早くから友人とゴルフに出かけてしまったので、A美さんは1人で家の掃除をしておりました。


 母の寝室を掃除中に、鏡台と箪笥の隙間から〝ある物〟を見つけました。


 それは、小さな白いハンカチで、見覚えのある花模様が刺繍されていました。


 (このハンカチ、どこかで見たような……?思い出した!)


 A美さんは、子供の頃、母が毎日バッグに忍ばせていたハンカチと同じ柄である事を思い出しました。


 今まで、母の寝室は数え切れないくらい掃除しました。


 時には、鏡台と箪笥の隙間も掃除した事もあったのですが、このハンカチを見たことはありませんでした。


 もしかしたら、今まで自分が気づいていなかっただけかもしれない。


 でも、その時の彼女には、ハンカチは十分すぎるくらいの〝励まし〟だったのです。


 そっと手に取ったハンカチは、うっすらと母の香りがしました。


 A美さんは、しばらく〝それ〟を握ったまま、寝室で涙が出るままに泣いたといいます。


 「お母さんありがとう!ありがとう!もう私は大丈夫だから……」


 あのハンカチと匂いが「見ているよ」、「大丈夫だよ」と伝えてくれた気がした……と、彼女はQさんに語ってくれたそうです。


 その日以降から、A美さんは線香を「2人分」立てることはなくなりました。


 母のために1人分は立ててますが、無くなった人形のための〝1人分〟を立てるのを止めたのです。


 A美さんは、


 (あの子(日本人形)は、もうお母さんの腕の中に帰っていった。ずっと探していた〝お母さんの腕の中という帰り道〟に、ようやく辿り着けたんだもん。だから、もう大丈夫だよね?)


 と、思ったからです。


 それ以来、彼女は社会に立ち向かう強さを手に入れました。今では転職をして福祉関係の仕事に就いています。


 「たぶん、A美ちゃんが体験した〝奇跡〟って、〝運命〟みたいな大きな事じゃないのよ。あの子の母親が、あの人形に〝愛情〟と〝想い〟を込めただけなのよ。それだけで、奇跡なんて起きてしまうのよね。そんな気がするわ」


 Qさんは、私にそう言って話を終えました。


 ……アナタにも、きっと〝誰か〟の想いが込められた〝何か〟があると思います。


 それは、A美さんのような人形だったり、幼少期に買ってもらった洋服や本だったりと、人それぞれなのでしょう。


 たとえ今は形が無くなったとしても、たとえ姿が見えなくても、たとえ声が聞こえなくても、ふとした香りや、風の手触りの中に〝想いは存在〟しています。


 「〝何か〟に想いを託して帰っていった者」たちは、きっと、アナタをずっと見守っている。


 静かに、そっと。そして、いつかまた必ず会える。


 もしかしたら、今夜にでも〝何かの形〟でアナタに会いに来るかもしれません。

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