第19談 深夜、窓の外に ~線路沿いの怪~
これは、私の知人から紹介された金沢淳一郎さん(50代・仮名)が体験した話です。
金沢さんは地方出身で、いわゆる転勤族でした。30代後半の頃、会社の命令で都内支社へ勤めることになり、住まいを探しました。
家賃の高い都内で、彼がようやく見つけたのは、線路脇に建つ格安の一軒家。電車が通るたびに窓ガラスが震え、食器棚がカタカタ鳴るほどの立地でしたが、真面目な彼は「会社に余計な負担はかけられない」と、迷わずその家を借りました。
最初のうちは不眠に悩まされましたが、一ヶ月も経てば振動にも慣れ、やがて電車の音は生活の一部になっていきました。
――そう、不思議なことが起こるまでは。
ある平日の午前、珍しく有給を取って家にいた金沢さんは、午前十一時頃、いつもと違う音で目を覚ましました。
耳に刺さる「キキーッ!」という甲高いブレーキ音。まるで鉄が悲鳴をあげるような異様な響きでした。
慌てて窓を開けると、電車が家の真横で停止しており、空気の匂いまでいつもと違うことに気づきました。油の焦げる匂いと、どこか鉄錆を湿らせたような生臭さ。
ほどなくパトカーや救急車が集まり、外の声に耳を澄ませると――飛び込み自殺、だったそうです。
「よりによって、なんで俺の家の前で」
その夜は気味悪く、なかなか寝つけませんでした。
数日後。深夜、寝ていた金沢さんは突然の〝重さ〟で目を覚ましました。
身体が動かない。呼吸さえ苦しい。耳の奥で「ぐぅぅ……うぶぁぁ……」と呻き声が響いている。
汗が皮膚を伝う感覚だけが妙に鮮明で、布団の湿った匂いが鼻につきました。
力を込めて首を横に向けると、二階の窓の外に〝何か〟が張りついていました。
それは、男の顔でした。
目を見開いたまま涙を流し、口を開けるたびにゴボゴボと血を吐き出す。窓越しにこちらを見つめ、声にならない何かを訴えている。
……だが、金沢さんの寝室にベランダはありません。生者が立てる場所など存在しないのです。
その瞬間、視界が闇に沈み、意識は途切れました。
次に目覚めた時には朝日が差し込み、身体は自由に動きました。
(夢だ!そうに違いない)と自分に言い聞かせ、出勤の支度を整えようと階下に降りた金沢さんは、居間の窓を見て凍りつきました。
そこには、赤黒く乾いた〝手形〟が、べったりと残っていたのです。まるで外から必死に窓を叩き割ろうとしたように、複数の指跡が重なり合っていたといいます。
(夢じゃなかった……あの生首男の霊が、この家に)
金沢さんは恐怖に駆られ、すぐに荷物をまとめ、その家を引き払いました。
不動産会社には「線路脇の音がどうしても我慢できなかった」とだけ告げたそうです。
しかし彼は後になって気づきました。あの日から、なぜか電車のブレーキ音が耳に残り、ふとした拍子に金属の軋む匂いまで蘇ってくるのだと。
――今もその家には、新たな入居者が住んでいるのでしょうか。
それとも、格安物件としてずっと空き家のままなのでしょうか。
金沢さんが見たという男の顔は、本当に自殺者の霊だったのか。
あるいは「線路脇の家」に、もっと古い時代から取り憑いている、別の何かなのか……。
この話を直接聞かされたとき、私は妙に背筋が冷える思いをしました。
何故ならば、金沢さんが語った「鉄錆のような匂い」や「耳に残るブレーキ音」は、実は私自身も体験した事がある感覚だったからです。
以前、私も線路付近のアパートに住んでいたのですが、夜中にふと目を覚ますと、電車が通っていないはずの時間に――窓ガラスがカタリと揺れ、金属が軋むような音を耳にした事がありました。
その時は「気のせいだろう」と思い込もうとしましたが、いま改めて金沢さんの話を聞くと、あの音の正体が別のものだったのではないか?……と、考えてしまうのです。
金沢さんの家に現れたものは、果たして〝あの日の自殺者〟だったのか?
それとも、線路沿いという場所そのものに宿る、もっと得体の知れない存在なのか?
電車のブレーキ音や、金属の軋む匂い。
アナタも、ふとした夜にそんな違和感を覚えたことはありませんか?
もしも、それが現実の音でなかったとしたら……その時、窓の外には何が覗いているのでしょうか?




