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第15談 パチンコ店女子トイレの噂

 大学を卒業した私は、K県のF駅から徒歩5分ほどのパチンコ店に正社員として勤めていました。


 駅前の商店街に紛れるその店は、昼間は誰もが気軽に立ち寄れる明るい場所に見えたが、内部で働く者にとっては過酷な労働と喧騒に満ちた職場でした。


 ドル箱を運ぶたび、手のひらは金属の匂いでざらつき、耳の奥では閉店後も電子音が鳴り響いていた。


 最初の三ヶ月は「もう辞めたい」と思い続けたが、不思議なことに人は慣れてしまうものです。


 常連の顔を覚え、同世代のアルバイトと冗談を交わすようになった頃――あの出来事は起こりました。


 ある日、巡回中に常連の沼田さん(仮名)に呼び止められました。


 七十代ほどの小柄な女性で、普段は朗らかな人なのに、その日は血の気の失せた顔で震えていました。


 「ねえ……トイレの清掃ロッカー、変なのよ」


 話を聞けば、女子トイレで手を洗っていた時、中から〝カタカタ〟と音がしたという。開けようとしたが鍵がかかっており、まるで誰かが中に潜んでいるかのように感じたと。


 私は合鍵を持って行き、室内に客がいないのを確認して開けてみました。


 しかし中にはモップと漂白剤だけ。誰もいません。


 ただ、内側の壁に、湿った手の跡のような模様が残っていた。見間違いかと思ったが、指の形が微かに浮かんでいる気がしました。


 彼女を心配させたくないと思い、私は「気のせいですよ」と告げると、安心した様子で遊戯を再開しました。


 一ヶ月後、出勤すると店の前にパトカーが止まっておりました。


 信じられないことに、沼田さんが手錠をかけられ、連行されていたのです!


 店内で包丁を振り回し、「全財産を失った!ここで死ぬ!!」と叫んでいたそうです。


 同僚によれば、その顔はまるで鬼女のようで、誰も近寄れなかったといいます。


 以来、彼女を見かけることはありませんでした。


 数ヶ月後、千鶴ちゃん(仮名 当時20代)という新人が入社しました。


 明るい性格で、閉店後に恋愛のノロケ話をよく聞かされました。やがて常連の若い客と交際し、妊娠を報告してきたときには、私も驚きと不安を覚えました。


 そんなある夜、閉店後の清掃中、彼女が蒼ざめた顔で私を呼んだのです。


 「ひらやまさん、女子トイレを一緒に見てもらえませんか?」


 話を聞くと、清掃ロッカーの扉が僅かに開いていて、そこから〝人影〟が覗いていたそうです。

 

 「人影って?」と尋ねると、彼女は声を震わせて答えました。


 「黒い髪みたいなのが、隙間から垂れてて……一瞬、白いもの、目の玉みたいなのが……こっちを見たんです」


 私は必死に「見間違いだよ」となだめ、一緒にロッカーを開けました。


 中にはやはり何もいなかった。けれど、漂白剤の匂いに混じって、生臭い鉄の匂いが鼻を刺したのは、今でも覚えています。


 それ以来、千鶴ちゃんはトイレ掃除に行くのを極端に嫌がるようになったのです。


 一週間後、彼女はスタッフルームで泣き崩れていました。


 妊娠を告げた途端、恋人の常連客は姿を消し、彼女は中絶を余儀なくされたのです。


 やがて店も辞め、二度と会う事はありませんでした。


 私は、今でも考えます。


 沼田さんと千鶴ちゃんの不幸は偶然だったのか?


 それとも、女子トイレのロッカーに潜む〝何か〟の仕業ではないのか?


 彼女達の出来事があった閉店後、女子トイレ前を通ると、時たま「カタリ」と扉の金具が鳴る音が聞こえました。


 そして、その度にロッカーを開けた瞬間――そこから冷気が漏れ出すような感覚は今でも忘れられません。


 ……もしあの時、私も“目”をはっきり見てしまっていたら?


 今頃は、同じように取り返しのつかない不幸に飲み込まれていたのかもしれません。

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