第14談 某遊園地お化け屋敷スタッフが“本物”と遭遇した話
遊園地という場所には、独特な「時間の流れ」があると思います。
昼間は家族連れの楽しそうな笑い声で溢れてますが、照明が落ちる夕方になると客も一人減り、二人減りと徐々に静まり返っていきます。
そんな遊園地の時の移り変わる様に、物悲しさを感じた方もおられるのではないでしょうか?
昼間から夕方へ、時間が顔を変える僅かな〝隙間〟に〝何か〟が、すり抜けてくる――今から綴るのは、そんなお話です。
今回の中心人物となるのは、SNS経由で連絡をくれたユータローさん(仮名)の父親である孝太郎さん(仮名50代)です。
某県にある小さな遊園地。開園から数十年が経ち、昭和の匂いが色濃く残る場所です。 観覧車の軋む音。錆びたジェットコースター。ティーカップの薄れていくペンキの色が、どこか懐かしくも寂しい印象を訪れたお客さんに与えるといいます。
孝太郎さんは、そんな遊園地で30年近く勤務しているベテラン従業員です。 操作パネルの具合や、人の流れを読むカン。 何よりも彼が得意だったのは、小さな子供たちに向けた〝ちょっとした声掛け〟で、優しく誘導する姿は、若いスタッフの間でも評判だったそうです。
しかしある年、遊園地の経営方針が変わりました。 人件費の都合で、ベテランも持ち回りで〝お化け屋敷の中のスタッフ〟を担当するように命令されました。
長年勤めていた孝太郎さんでしたが、園内の施設で唯一お化け屋敷が苦手だったそうです。
「あんな所、雰囲気からして気持ち悪くてしょうがねぇんだよ。子供を怖がらせるなんて、正直やりたくなかったさ。俺は子供たちの笑顔を見るのが好きなんだ」 と、後に息子のユータローさんにポツリとこぼしたといいます。
そのお化け屋敷は、古びた日本家屋を模した建物で、内部は幽霊のメイクを施したマネキン人形や、妖怪の造形物が、ところ狭しと並んでおります。
照明は、意図的に赤みがかっていて、時おり館内に「ギギ……」と軋む音が鳴ります。 不定期に流れる音声ガイダンスは、途切れがちで、何を言っているかよく聞き取れません。
「ギャー!」
屋敷内のスピーカーから、演出の一環である女性の甲高い悲鳴が聞こえてきた時、背筋に冷たい汗が滲むのは、お客さんだけではありません。
スタッフである孝太郎さんも、何度聞いても鳥肌が立ったそうです 彼の持ち場は、コース終盤に設けられた〝隠し部屋〟です。
そこに潜み、客が近づいたタイミングで隠し扉を開けて、幽霊のメイクをした孝太郎さんが飛び出して、お客さんを驚かせるというものです。
飛び出す合図は、館の入口にいるスタッフが監視カメラで客の位置を確認し、壁際に備え付けられた古いインターホンのボタンを二度軽く押すというものでした。
乾いたプラスチック音が壁を伝って響けば、彼は(来たな)と身構えるのです。 最初は嫌々でしたが、しばらく続けるうちに、「キャー!」と悲鳴を上げながらも楽しげに走っていく子供の姿に、少しずつ孝太郎さんもやりがいを感じてきました。
「まあ、慣れって怖いな。気がつきゃ、びっくりさせるタイミングに命かけてたよ」 とは、後の談。
その日は、11月の特に冷え込んだ木曜日でした。
平日であり、学校もある日だったため、園内は驚くほど静かでした。
各所に設置されてる自販機のモーター音や、風が乾いた枯葉を転がす音だけが聞こえていたそうです。
孝太郎さんは、午後の当番として隠し部屋に入ってました。
室内には、小さな椅子と壁に固定されたスピーカー、それに天井の古びた蛍光灯だけ。
座っていると、いつの間にか眠気が襲ってきます。 湿った木材の匂いと、微かに漂う埃の臭い。
空気が冷たく、肌を撫でる風がどこからか吹き込んでいたそうです。
(今日はもう、誰も来ねぇかもな)
そう思った刹那――。
〝プー……プー〟
室内のインターホンの受話器が、二度、小さく鳴ったのです。
その音で眠気が吹き飛んだ孝太郎さんは、慌てて時計を見ました。
もうすぐ閉園時間。最後の来場者かもしれません。
近くのセンサーに連動した幽霊人形が、〝カチャ〟という動作音を立てました。 確かに、〝誰か〟が隠し部屋付近を通っています。
(よし、今だ!)
そう思った孝太郎さんは、隠し扉を勢いよく開け、「うわぁーっ!!」と叫びながら飛び出しました――。
けれど、〝そこ〟には、誰もいなかったのです。
彼は困惑したまま、辺りを見渡しました。
視線の先に、お客さんは見えません。焦ってタイミングを間違えたのかと、一歩踏み出そうとしたその時でした。
「うえぇぇああああぁぁぁ……!!」
真後ろから――低く、濁ったような、中年男性の呻き声が、耳元で響きました。
驚いて振り返る。けれど、そこには何もいません。
空気は冷え切り、近くにある幽霊のマネキン人形も、まるでこちらを見ているような気がしてならなかったそうです。
そして次の瞬間、お化け屋敷内の蛍光灯が一斉に点きました。
(え……?閉園?)
遠くから足音が近づいてきました。お化け屋敷入口の係員スタッフであるタカオさん(仮名20代)でした。
「お疲れ様です! 孝太郎さん、もう閉園です。今日のお客さんはゼロになりました」
「タカオ君。さっきの客は?出てった?」
「は?さっき?何の事っスか?」
「インターホンで合図くれただろ。今、出て行ったばかりの……」
「えっ?いや、今日最後に入ったの、3時間前の親子連れですよ?そのあと誰も入ってませんし、僕も合図なんてしてません」
――孝太郎さんは、その場に立ち尽くしてしまいました。
あの声は?
あの合図は?
すぐ耳元で聞こえた……叫び声は何だったのか?
偶然なのか、ユータローさんのメールによれば、孝太郎さんがこの体験をした時間帯は〝逢魔が時〟――黄昏と夜の狭間、幽と明の境界線でした。
あの声の主は、本当に〝何者〟だったのでしょうか?
誰も入っていないはずなのに、どうして隠し部屋付近のセンサーが反応したのでしょうか?
さらに不可解なのは、閉園後の点検作業で隠し部屋内のインターホンは配線が切れていて、故障していた事が判明しました。
しかし、彼は故障していたはずのインターホンから〝カチ……カチッ〟という音を聞いたのです。
今も、その遊園地は営業を続けていますし、お化け屋敷の隠し部屋も、まだ使われているそうです。
もし、アナタが訪れることがあれば―― 隠し部屋の中から出てくる幽霊スタッフに遭遇した後、背後から〝男の声〟が聞こえたら、くれぐれも振り返らないでください。
……ユータローさんのメールは、以下のような一文で締めくくられていました。 「この出来事とは別に、お化け屋敷で変な事が起きたらしいんですよ。続きは近いうちに送りますね」 彼の言う〝別の変な事〟というのは、まだ私にも全く分かりません。
ユータローさんからのメールが届き次第、皆様に紹介したいと思います。
※作者注 遊園地および、お化け屋敷の描写については、特定防止のため一部脚色してあります。




