無音の世界
今日も尊と連んでいる。
「最近湊見かけないよな?家にもいないし、電話も出ないしどうしたんだろう」
僕は微笑みながら言う、
「みなともそろそろこの遊びに飽きたんじゃない?」
尊は「そんなわけないだろ?こんなに快楽を感じれるんだから、一生飽きないよ!」
と平然と言ってのけた。
僕は「尊はあれから快楽指数上がったことあるか?」
「あるよ?大したことしてないから八百ぐらいだけどな」
平坦な感情に少しだけ、灯火が光った。
そっと置いてあったスティックを取り出す、尊が後ろを向いている隙に。
ぐしゃっ、めぎょっ、ぐしゃっ。
何度も何度もスティックを振り下ろす、顔も何もかも原型を留めなくなるまで。
装置の音が鳴らない。
快楽指数零と表示されている。
尊をもっと殴ってみる、横に倒れていた死体を殴ってみる。
何をしても表示は変わらない。
尊の遺体に灯油をぶっかける、ライターで火をつける、表示は変わらない。
快楽が感じられなくなる。
すると装置のランプがふっと消えていく。
周り中どこを見渡してもなんの音もしない、世界に一人だけになったような気分だ。
尊を殺しても、反応しないのか……
もう快楽はどこにも存在しない。
あれから数日、最早電気は全て停止している、食料供給も完全停止状態だ、恐らく復旧することはないだろう。
道に転がる死体は処理されることもなく、腐敗していく。
とても耐えられないような匂いが、どこへ行ってもついて回ってくる。
猫や犬の動物さえ全く見なくなった。
何も回らなくなった世界で、僕だけが回っている。
快楽指数装置、この装置は他人の存在があってこそ、反応する装置だった。
誰もいなくなったこの世界では数値零から電源が消えた、これしかない。
他の国もきっとこんな風になっているんだろう。
空腹を僅かに感じたが、それすらもすぐに消え失せる。
自分が骨にしがみついた皮のような姿をしているのを、街中のショーウィンドウで見た。
最後かもしれない人類として、自ら紙を選ぼうと考える、尊を殺した時に盗んだバタフライナイフで、あの時みたいに手首を切ってみる。
何も感じない。
どこも反応しない。
その辺の死体に火をつけて、そこに飛び込んでみる。
熱いという感情すらなくなったようだ。
失敗した。
また僅かに空腹を感じた、何も苦しくない。
食べなくても生きていけるのはどれくらいだっけ?
水は公園の水道で飲んでいる。
僕は、生きている意味すら快楽だった世界で、何も感じない存在になってしまった。
快楽のパラドクスという言葉がある、求めた快楽が満足をもたらさず、逆に苦しみを引き起こす現象を指す言葉だ。
快楽指数装置は電源が消えたままだ。
どこかに誰かがいるかなんて考えも浮かばない。
死ぬことすらしたくない、何に対しても感情が湧かない。
快楽すら必要としない所へ来れたのだ。




