第5話 村の慢性病
その日の昼前、宿屋の前が妙に騒がしくなった。
「……本当に、あの冒険者の娘が楽になったらしいぞ」
「呪いじゃなかったって……」
「針を刺しただけだって話だ」
噂は、風よりも早かった。
ミナトが焔香の器を片づけていると、マルタが慌てた様子で駆け込んでくる。
「先生……あの……」
言いにくそうに視線を泳がせ、そして決心したように続けた。
「……肩が、もう何年も上がらなくてね。
回復魔法をかけてもらっても、その場だけで……」
ミナトは頷いた。
「見せてください」
マルタは驚いたように目を見開き、すぐに頷いた。
――一人目。
宿屋の一角。
椅子に座らせ、肩に触れた瞬間、ミナトは察した。
硬い。冷たい。
流れが、肩口で完全に滞っている。
「……痛いですか」
「触られてるだけで痛いよ」
「典型的な流滞です」
「……それ、呪いかい?」
「違います」
ミナトは即答した。
「使いすぎです」
針は一本だけ。
深くは入れない。方向を整えるだけ。
数十秒後。
「……え?」
マルタが肩を回す。
「……上がる。
あれ……?」
その場にいた数人が、息をのんだ。
「う、動いてる……」
「昨日まで、あんなに痛そうだったのに……」
マルタは、信じられないものを見るように自分の腕を見つめ、そして――笑った。
「……ああ。久しぶりだよ、この感じ」
――二人目。
「夜、眠れなくてね」
「頭がずっと重い」
「魔法をかけると、逆に気持ち悪くなる」
一人、また一人。
ミナトは、同じ説明を繰り返さなかった。
ただ、触り、確かめ、必要最低限の調律だけを行う。
共通しているのは――誰もが“治療を受けすぎている”こと。
回復魔法。
効くからこそ、何度も使う。
だが、外側だけを整え続けることで、内側の流れが置き去りにされていた。
「魔法が悪いんじゃありません」
ミナトは、集まり始めた村人たちに言った。
「ただ、使いどころが違う」
その様子を、少し離れた場所から見ている人物がいた。
白い法衣。
グラン医師だ。
彼は腕を組み、眉間にしわを寄せたまま、ミナトの動きを一つ一つ追っていた。
――派手なことはしていない。
――詠唱もない。
――だが、結果が出ている。
「……信じられん」
ぽつりと、漏れた言葉。
その直後だった。
「次は、俺だ!」
声を張り上げて前に出てきたのは、鍛冶屋の男だった。
腕は太いが、動きがぎこちない。
「腕が上がらねぇ。
剣も、まともに振れねぇ」
ミナトは、男の前腕と肩に触れ、首を振った。
「今日は無理です」
場が、ざわつく。
「なんでだ!」
「治ったじゃないか、他の連中は!」
「この人は、炎症が強すぎる。
今触れば、悪化します」
鍛冶屋が歯噛みする。
「じゃあ、どうすりゃいい!」
「休む」
「……は?」
「三日。
腕を使わない。冷やして、温めて、流れが落ち着くのを待つ」
不満そうな声が上がる。
だが、ミナトは譲らなかった。
「治療は、都合よく使うものじゃない。
体が“戻る準備”をしてからです」
そのやり取りを見て、グラン医師がゆっくりと前に出てきた。
「……お前」
ミナトが顔を上げる。
「治せる者も、治せないと言うのか」
「はい」
グラン医師は、少しだけ目を細めた。
「……魔法と、似ているな」
ミナトは首を振った。
「違います。
私は、“治しているつもりにならない”だけです」
沈黙。
やがて、グラン医師が低く言った。
「……村の診療所を、貸そう」
周囲がどよめいた。
「条件がある」
「聞きます」
「私の目の前でやれ。
魔法で治らない症状だけだ」
ミナトは、一瞬だけ考え、頷いた。
「構いません」
そのやり取りを、リーシャは少し離れた場所から見ていた。
胸に手を当て、深く息を吸う。
まだ万全ではない。
だが――昨日より、確かに生きている。
「……ねえ、ミナト」
近づいてきて、小さく言う。
「ここ、しばらく離れられそうにないな」
ミナトは苦笑した。
「ええ。どうやら」
村には、
魔法で治らない病が、思っていたより多すぎた。
そしてそれは――
この世界そのものが抱える歪みの、ほんの入口に過ぎなかった。
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