第49話 役割を置く
五日目の朝、ミナトは立ち上がった。
身体は軽い。
呼吸も整っている。
壊れてはいない。
それでも、以前のように
「触れなくても分かる感覚」は戻っていなかった。
リーシャが、黙って様子を見ている。
「……歩けます」
「知ってる」
「診ることもできます」
「それは、やめとけ」
ミナトは、少しだけ笑った。
村の広場では、
一人の男が腕を押さえていた。
「少し、痛めた」
そう言って、こちらを見る。
以前なら、
自然にしゃがみ込み、
触れていた。
今日は、違った。
「どうしますか」
ミナトは、男に問い返した。
男は、戸惑う。
「どうって……診てくれるんじゃ」
「診ることはできます」
静かな声。
「でも、今日は」
「あなたが決めてください」
沈黙。
男は、腕をゆっくり動かしてみる。
「……折れてはいない」
「はい」
「動かせる」
「はい」
男は、しばらく考え、
やがて言った。
「今日は、休む」
ミナトは、頷いた。
「それで十分です」
男は、拍子抜けした顔をし、
やがて笑った。
「何だ。自分で決められた」
リーシャが、横で腕を組む。
「……それでいいのか」
「はい」
ミナトは、広場を見渡す。
誰も困っていない。
誰も呼ばない。
必要とされていないのではない。
**依存されていない**。
それだけだった。
夕方、リーシャが焚き火の前で言った。
「終わりか?」
ミナトは、しばらく答えなかった。
火の揺れを見つめる。
「……はい」
「何が」
「私の役割が」
リーシャは、目を細める。
「引退か」
「宣言はしません」
ミナトは、穏やかに言う。
「ただ、診ないだけです」
「それで、壊れたら?」
「そのときは」
少しだけ、間。
「そのときは、私の仕事ではありません」
静かな夜だった。
誰も倒れない。
誰も呼びに来ない。
ミナトは、自分の手を見つめる。
多くを触れてきた手。
多くを止めてきた手。
今は、何もしていない。
それでも、
世界は回っている。
「……置いたな」
リーシャが、ぽつりと言う。
「ええ」
ミナトは、頷く。
「置きました」
肩書きも、
役割も、
境界の外側も。
今、残っているのは――
ただの、一人の旅人。
焚き火が、静かに燃え尽きる。
明日は、歩く。
診るためではなく、
ただ、歩くために。
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