第46話 見えにくい流れ
違和感は、音もなく混じる。
その日も、いつもと同じように歩いていた。
小さな村。川沿い。風は穏やか。
倒れている者はいない。
怒号もない。
ただ、一人の男が腰を下ろしていた。
「……少し、息が浅いですね」
ミナトはそう言い、手を差し出す。
触れる。
いつもなら、分かる。
重さ。詰まり。滞り。
線のように、境目が見える。
――今日は、輪郭が曖昧だった。
間違いではない。
ただ、確信が薄い。
「……どうですか」
男が不安そうに聞く。
ミナトは、ほんの一拍、答えを探した。
「今日は、様子を見ましょう」
その言葉に、男は頷く。
「そうか。なら、帰る」
立ち上がる足取りは、悪くない。
壊れてはいない。
リーシャが、隣で小さく言う。
「……珍しいな」
「何がですか」
「迷ったろ」
ミナトは、首を振る。
「迷っていません」
だが、歩き出した後も、
さきほどの輪郭の曖昧さが残っていた。
夜。
焚き火の前で、リーシャが薪を放る。
「今日のあれ、本当に様子見でよかったのか」
「壊れていませんでした」
「そういう話じゃない」
沈黙。
炎が揺れる。
「……前なら」
リーシャは、言葉を選ぶ。
「前なら、もう少しはっきり言ってた」
ミナトは、火を見つめる。
前なら。
確かに、もっと早く決めていたかもしれない。
だが。
「決め急ぐ方が、危険です」
声は、揺れていない。
「今日は、境界が薄かっただけです」
「境界が、動いた?」
「いえ」
ミナトは、わずかに目を細める。
「……見えにくかっただけです」
それ以上は言わない。
焚き火が静かに爆ぜる。
夜は、何事もなく過ぎた。
翌朝、昨日の男は畑に出ていた。
普通に働いている。
壊れていない。
間違っていない。
それでも。
歩き出したとき、
ミナトは一瞬だけ、足を止めた。
流れが、遠い。
触れても、かつてほど近くない。
気のせいかもしれない。
疲れかもしれない。
壊れてはいない。
――だから、問題ではない。
そう、判断した。
境界は、まだそこにある。
ただ、少しだけ。
前より、見えにくいだけだった。
本話もお読みいただき、ありがとうございました!
少しでも続きが気になる、と感じていただけましたら、
ブックマーク や 評価 をお願いします。
応援が励みになります!
これからもどうぞよろしくお願いします!




