第44話 名前のない仕事
町の掲示板には、相変わらず紙が貼られていた。
「回復魔法師募集」
「臨時治療員求む」
「資格保持者優遇」
ミナトは、その前を素通りした。
リーシャが、少し意外そうに言う。
「……見ないのか」
「見ました」
「嘘つけ」
「文字として、です」
リーシャは苦笑した。
その町には、治療師が足りていなかった。
正確には、“すぐに治す人”が足りていなかった。
宿の主人が、食事を運びながら言う。
「最近はなあ、
治療師が来ても、長く居ない」
「なぜですか」
「割に合わんのさ」
主人は、肩をすくめる。
「治しても、また無理する」
「注意すると、嫌われる」
ミナトは、頷いた。
「それで、いいと思います」
主人は、箸を止めた。
「……あんた、治療師じゃないのか」
「分かりません」
ミナトは、正直に答えた。
リーシャが、横目で見る。
「最近、それ多いな」
「肩書きが、邪魔になってきました」
ミナトは、静かに言う。
翌日。
市場の端で、一人の女が座り込んでいた。
荷を抱え、顔色が悪い。
「……診ますか」
リーシャが、低く聞く。
「診ます」
ミナトは、女の前にしゃがむ。
触れる。
確かめる。
そして――何もしない。
「……立てますか」
女は、驚いたように顔を上げる。
「……ええ」
「では、今日は帰ってください」
「治療は……?」
「しません」
女は、戸惑いながらも立ち上がる。
「……お金は」
「いりません」
女は、深く頭を下げて去っていった。
それを見ていた少年が、近づいてくる。
「ねえ、兄ちゃん」
「はい」
「治療師?」
ミナトは、少し考えた。
「違います」
「じゃあ、何者?」
ミナトは、答えなかった。
代わりに、少年に問い返す。
「あなたは、何者ですか」
少年は、目を瞬かせる。
「……分かんない」
「それで、いい」
リーシャが、後で言った。
「名前、捨てたな」
「はい」
ミナトは、歩きながら答える。
「役割も、減らしています」
「不安じゃないのか」
「なります」
即答だった。
「でも……
私がいなくても、回る場所が増えています」
丘の上から、町を見る。
人は、相変わらず忙しそうだ。
倒れる者も、いるだろう。
それでも――
すぐに“誰かが何とかする前提”ではなくなりつつある。
「治療師がいない世界を、目指してるみたいだな」
「はい」
ミナトは、認めた。
「治療師が必要な世界は、
どこか、壊れています」
リーシャは、しばらく黙っていた。
「……お前がいなくなったら、どうなる」
「分かりません」
ミナトは、空を見上げる。
「でも、
それで壊れるなら――
それは、私の仕事じゃありません」
風が吹く。
名前のない仕事。
肩書きのない役割。
それでも、
確かに“誰かが楽になる瞬間”は残っている。
ミナトは、思う。
もう、自分が前に立つ必要はない。
境界に立つだけで、いい。
それができるなら――
名前なんて、最初からいらなかった。
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