第41話 真似できない判断
失敗は、静かに起きた。
叫びも、血もない。
だからこそ、気づくのが遅れる。
小さな集落だった。
旅人が数日休むための、川沿いの村。
「……ここ、重いですね」
ユイが、足を止めて言った。
空気が澱んでいる。
前なら、見過ごしていた違和感だ。
「ええ」
ミナトは、短く答えた。
集会所で、一人の女性が横になっていた。
年は三十前後。
意識はあるが、顔色が悪い。
「昨日から、立てなくて……」
村人が説明する。
「回復魔法は?」
「効きません」
ユイの喉が鳴る。
「……俺が、診てもいいですか」
ミナトは、何も言わない。
止めない。
許可もしない。
ユイは、それを「任された」と受け取った。
膝をつき、女性の前に座る。
手を差し出す。
――触れる。
――確かめる。
――流れは、確かに重い。
「……止めた方がいい」
心の中で、ミナトの声を真似る。
だが。
「でも……このままじゃ、立てない」
ユイは、針を取り出した。
ミナトは、動かない。
リーシャも、動かない。
誰も、止めない。
針は、浅く。
力も、弱く。
理屈上は、問題ない。
数分後、女性は息をついた。
「……少し、楽です」
ユイの胸が、軽くなる。
「ほら……」
その瞬間だった。
女性の顔色が、急に落ちる。
呼吸が、浅く速くなる。
「……あ?」
ユイが、手を引く。
「ちがう……」
「違う、違う」
流れが、崩れている。
ミナトが、静かに立ち上がった。
「……下がってください」
声は低いが、迷いはない。
ユイは、動けなかった。
「俺が……」
「下がってください」
繰り返し。
その言葉で、ユイの足が動いた。
ミナトは、女性の前に座る。
針は使わない。
手を当て、呼吸を合わせる。
時間が、伸びる。
五分。
十分。
女性の呼吸が、ゆっくりになる。
「……大丈夫です」
「今日は、これ以上しません」
村人たちが、安堵の息をつく。
ユイは、その場に立ち尽くしていた。
夜。
焚き火の前で、ユイは俯いていた。
「……失敗、ですよね」
声が、震える。
「はい」
ミナトは、はっきり答えた。
逃げ道は、与えない。
「でも……」
「理屈は、合ってた」
「やり方も……」
「判断が、違いました」
ミナトは、短く切った。
「……どこが」
ユイは、顔を上げる。
「**あなたは、“立たせたい”と思った**」
ユイの目が、見開かれる。
「私は、
“今日は立たせなくていい”と思いました」
沈黙。
「それだけの差です」
「……それだけで」
「十分です」
ユイの拳が、震える。
「俺は……」
「助けたかった」
「はい」
ミナトは、否定しない。
「それが、失敗の理由です」
言葉が、胸に刺さる。
「……じゃあ」
「俺は、向いてない」
ミナトは、すぐには答えなかった。
焚き火の音だけが、響く。
「向いているかどうかは、
私が決めません」
「……じゃあ、誰が」
「**あなたが、次に何を選ぶかです**」
ユイは、目を閉じた。
助けたい。
立たせたい。
結果を出したい。
その全部が、
今日の失敗に繋がった。
リーシャが、静かに言う。
「真似できないって、こういうことだ」
ユイは、深く息を吸った。
「……もう一度、ついて行ってもいいですか」
ミナトは、炎を見る。
「止めません」
「……教えても、くれませんよね」
「ええ」
ユイは、苦く笑った。
「……それでも」
顔を上げる。
「逃げずに、見ます」
ミナトは、頷いた。
失敗は、教科書にならない。
言葉にも、できない。
だが――
**線を越えた感覚だけは、体に残る。**
それが、唯一の継承だった。
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