第40話 見せるだけの治療
治療は、いつも突然始まる。
「……ここだ」
ミナトは、街道沿いの小さな宿場町で足を止めた。
大きな騒ぎはない。
だが、空気が重い。
若者――ユイと名乗った志願者は、周囲を見回す。
「患者は……?」
「今からです」
ミナトは、宿の裏手に回った。
そこには、一人の男が座り込んでいた。
汗をかき、呼吸が浅い。
「……大丈夫ですか」
ユイが、思わず声をかける。
男は、首を横に振った。
「分からん……
倒れるほどじゃないが、立てない」
ミナトは、男の前にしゃがみ、何も言わずに手を差し出した。
触れる。
離す。
目を閉じる。
ユイは、息を止めて見ていた。
――針は使わない。
――呪文もない。
ただ、呼吸に合わせて、
ほんの一瞬、男の背に手を当てる。
「……今日は、ここまでです」
それだけ言って、立ち上がった。
ユイは、思わず口を開く。
「え?
治療は……?」
ミナトは、答えない。
リーシャが、代わりに言った。
「終わりだ」
男は、ゆっくりと立ち上がる。
「……楽になった、気がする」
確信はない。
だが、呼吸は深くなっている。
宿に戻る途中、ユイが堪えきれずに言った。
「今の、何ですか」
ミナトは、歩きながら答えない。
「……触診ですか」
「流れの確認ですか」
「それとも、誘導?」
沈黙。
リーシャが、ちらりとミナトを見る。
ミナトは、ようやく口を開いた。
「答えません」
ユイは、立ち止まった。
「それじゃ、分からない」
「はい」
ミナトは、振り返らない。
「分からないままで、見てください」
その日の夜。
ユイは、焚き火の前で地面を見つめていた。
「……判断が、早すぎませんか」
独り言のような声。
「もっと、確かめられた」
「治療も、できた」
ミナトは、薪を足しながら答える。
「できました」
ユイが顔を上げる。
「じゃあ、なぜ」
「やらない判断も、治療だからです」
ユイは、言葉を失った。
「やらない、が……治療?」
「はい」
ミナトは、淡々と言う。
「今日、あの人は“自分で立ちました”」
「それは……偶然では」
「そうかもしれません」
ミナトは、否定しない。
「でも、
“治された”とは思っていません」
その違いが、ユイには重かった。
「……俺には、無理だ」
ぽつりと、零す。
ミナトは、即座に否定しなかった。
「分かりません」
「え?」
「無理かどうかは、
真似しようとした後でしか、分かりません」
ユイは、唇を噛む。
「……次は」
かすれた声。
「次は、俺がやってもいいですか」
リーシャが、眉を上げる。
ミナトは、焚き火を見る。
「条件があります」
「何でも」
「失敗しても、言い訳をしないこと」
ユイは、強く頷いた。
焚き火が、静かに爆ぜる。
教えない。
説明しない。
責任も、引き受けない。
それでも、見せる。
それが――
継承できないものを、残す唯一の方法だった。
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