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その病、魔法じゃ治らない。異世界で鍼灸師をやることになった  作者: 夜凪レン


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第4話 焔香と調律

 夜明け前、宿屋の空気は静まり返っていた。


 外はまだ薄暗い。

 鳥の声もなく、遠くの森が眠っている時間帯。


 ミナトは、卓の上に小さな器を並べていた。

 乾燥させた薬草。樹皮。淡く光る粉末――焔香の材料だ。


 火を入れると、かすかな音を立てて煙が立ち上った。

 熱は弱く、煙だけが柔らかく部屋を満たす。


「……変な匂いだな」


 ベッドの上で、リーシャが小さく呟いた。


「嫌ですか」


「嫌じゃない。ただ……懐かしい」


 ミナトは彼女の様子を確認した。

 呼吸は昨日より深い。顔色も、ほんの少し戻っている。


 ――流れは、まだ乱れている。

 だが、暴れてはいない。


「今日は、触ります」


 リーシャの視線がこちらを向く。


「治療?」


「調律です」


「違いは?」


「……分かるようになります」


 ミナトはそう言って、彼女の横に腰を下ろした。


 まずは、触診。

 手首。肘。肩。首。

 表面は冷え、内側は熱を持っている。

 流れが、あちこちで途切れ、渦を巻いている。


 ――これを、一気に戻すのは無理だ。


「今日は三か所だけ使います」


「三か所?」


「多いと、体が混乱する」


 ミナトは、リーシャの左手首に触れた。

 わずかに凹んだ、硬い点。


「ここ。呼吸と関係が深い」


 次に、肘の内側。

 そして――胸骨の下、少しだけ下がった位置。


 リーシャが、息を呑む。


「そこ……苦しい」


「流れていない証拠です」


 ミナトは、深く息を吸った。

 焔香の煙を感じながら、指先の感覚に集中する。


 針を取る。


「呼吸に合わせます。

 吐くときに、少しだけ力を抜いて」


 リーシャが頷く。


 ――今だ。


 針が、皮膚を越えた瞬間。

 昨日と違い、重い抵抗があった。


 硬い。詰まっている。

 無理に進めば、逆流する。


 ミナトは角度を変え、わずかに引き、再度進めた。


 その瞬間。


「……っ!」


 リーシャの体が震えた。


「痛いか」


「違う……胸の奥が……動いた」


 ミナトは、針を固定したまま、もう一方の手で焔香の煙を送り込むように動かした。

 熱と香が、針を通して伝わる。


 ――流れろ。


 言葉にはしない。

 ただ、戻るべき方向を邪魔しない。


 数十秒。


 リーシャの呼吸が、変わった。

 浅く、速かったものが――ゆっくり、深く。


「……息が……入る」


 ミナトは、静かに針を抜いた。


 次の一点。

 同じように、慎重に。


 最後の一本を抜いたとき、リーシャはしばらく黙って天井を見ていた。


「……なあ」


「はい」


「胸の中で、ずっと鳴ってた音が……止まった」


 ミナトは、小さく息を吐いた。


「それが、調律です」


 焔香の火を落とす。

 煙が薄れ、部屋に朝の気配が入り込む。


 リーシャは、ゆっくりと上体を起こした。

 顔をしかめることなく、深く息を吸う。


「……痛くない」


 その声は、震えていた。


「全部じゃない。でも――」


「ええ」


 ミナトは頷いた。


「今日は、流れを“思い出させただけ”です」


 リーシャは、自分の手を見つめた。


「……治った、って言っていいのか」


「まだです」


 ミナトは即答した。


「でも、ここからは進めます」


 しばらくして、扉の向こうが騒がしくなった。

 噂は、もう村中に回っている。


 老女マルタが、そっと顔を出した。


「……リーシャ、どうだい」


 リーシャは立ち上がり、深く息を吸った。


「……生きてる感じがする」


 マルタが目を見開き、そして――涙ぐんだ。


 その様子を、廊下の奥から見つめる影があった。

 白い法衣。銀の紋章。


 グラン医師は、無言でその光景を見ていた。


 ――魔法を使わずに、ここまで戻した。


 理解できない。

 だが、否定もできない。


 ミナトは視線を上げ、医師と目が合った。


 何も言わない。

 ただ、事実だけがそこにあった。


 回復魔法が効かない理由。

 そして――魔法では届かない場所があるという現実。


 その日、村で初めて、

 「呪いではない病」が、呪いではなくなった。

本話もお読みいただき、ありがとうございました!


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